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何十匹目かになるホーンラビットを倒したバーデルは、感嘆の声を上げる。
「おおっ!すげえ!こんな手があったなんて!」
味方への物理的な攻撃回数ゼロ。
普通に人には当たり前だが、バーデルにとっては記録的な快挙を3戦連続で達成したのだ。
「この手袋すげえ!」
興奮した様子でバーデルが称える手袋は――紋章術の使い手には馴染み深い、魔力を通さない性質を持った絶魔手袋だ。
「まさかこいつの無駄なバカ魔力とお粗末魔力制御が影響していたとはな。」
ガルディウスの目があってこそ、気が付いた原因の一つ。
それはバーデルの魔力と、魔装の魔力の反発だった。
「普通の人に比べて、バーデルさんの中間魔力はものすごく多いのでひょっとしたらと思って。」
個人の魔力はそのほとんどが体の中に収められている。体の外を覆うように漏れ出た魔力――中間魔力は、意図的に操作した場合は別だが、通常無意識下では個人から1メーム以上離れることはめったにない。
しかし、高い魔力値とは裏腹に魔力制御があまり得意でないせいか、バーデルの中間魔力はむしろ1メーム内に納まっていることの方が稀なのだ。
魔装の魔力と、個人の性質の異なる魔力の無意識下でのぶつかり合いとその反発――そのせいで、バーデルの手元は狂いやすいのだ。
「この手袋は装備者の魔力を外に漏らさないから、反発を防ぐにはもってこいだと思ったんです。」
「ああ。これで俺の悩みは解消だな!」
心からの笑顔でそう言ったバーデルをユハスは嘲笑う。
「あくまで一時凌ぎにしかならないことをわかっているのか?」
「い、一時凌ぎ?」
解決したとばかり思っていたところに告げられた冷やかの言葉に、バーデルは顔をしかめた。
「まず、そもそもその手袋――絶魔手袋は、採取や調合向けで戦闘向きじゃない。そう何度も戦闘に耐えられる強度はない。すぐ穴でもあくだろう。」
「それは特注で丈夫な物をつくればいいだろ!」
「作ったところで、最大の問題は別にある。魔装を最大限生かすためには、魔装のへ持ち手の魔力を送り込むことが必要だが、絶魔手袋ではそれができない。魔装に魔力を流しこんで戦うことは――武闘科では、基本のはずだが?」
魔装の魔力は有限だ。魔装のみの魔力に頼っていては、すぐに魔力が尽きて魔装としての機能を失いなまくらと化す。
短期戦ならまだしも、長期戦――ましてや高位の魔獣ともなれば、魔装の魔力のみに頼った戦い方など無謀以外の何でもない。
ユハスのもっともな指摘に、バーデルは言葉を詰まらせる。
嬉しさのあまり有頂天になって失念していたが、相手がホーンラビットならともかく――これから先も見据えた場合、解決とは到底言えない手段だった。
バーデルが無言で項垂れるのを見下しつつ、ユハスは肩をすくめる。
「とはいえ、学武祭限定とするなら使えないわけではない手だがな。」
学武祭は、対人戦限定だ。
魔装が魔力切れになろうとも対魔獣戦に比べてさしたる影響はない。
とはいえ――
「褒められた手段でもないがな。貴重な魔法具枠を絶魔手袋で最低一つは使うことになる。」
学武祭のペア戦闘において、魔装や魔法道具の持ち込みには2つの制限がある。
一、ペアで併せて4つまでの数量制限。
二、品質は中級まで――高ランクの魔法具は不可とする品質制限。
「しかも学武祭までに特注は間に合わないだろうから、破れた場合の予備が必要になるが……はたして限界の4組みまで絶魔手袋を用意したとしても、勝ち進めば足りるかどうか……」
人の悪い笑みを浮かべたそんなユハスの指摘に対し、ガルディウスがある意味どうでもいいような追い打ちをかける。
「あ、魔法具枠の一つは僕の仮面ですから、絶魔手袋は3組までにしてください。」
「おまっ!制限あるのに学武祭でもその仮面つける気かよ!?」
「もちろんです。」
あっさりとした肯定にバーデルは絶句する。
「武器にこだわるバーデルさんなら、もちろん理解してくれますよね?」
手放した方がいいとされる武器を断固として使うことを主張するバーデルにとっては、拒否の難しい――しかし、理解はしたくない主張だ。
「お、おまえのその仮面、戦闘に何か役に立つのかよ?」
せめてここで肯定が返ってくれば救いはあるが……
「いえ、全然。でもカッコイイでしょう?」
返ってきたのは過去の自分の発言を彷彿とさせるそんなもので――
『だって、武器つかうのってカッコイイだろ!』
そう言った自分に怒ったり呆れたりした面々の心境が、嫌というほど理解できた。
(『自業自得』って……こういうことか?)
怒るに怒れない。
呆れても拒否できない現実に、バーデルは乾いた笑みを浮かべたのだった。




