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ユハスが提案したのは、院内クエストではない通常クエストだ。
「ヴェスタ平原の討伐クエストですか?」
ヴェスタ平原は学院の南西に広がる広大な平原である。
年間を通して変動の激しい気候と魔獣の活動が活発であることから、定住する人間は少ない。
魔獣の種類も多様だが、学院そばであれば定期的な魔獣討伐の影響もあって、それほど高位の魔獣は出没しない。
学武会が近いことを考えれば学院そばを離れることはないだろうことも踏まえれば、一年生が実戦を積む場所として、レベル的に問題はないエリアである。
「ああ。平原という開放的な場所であることに加え、時期的に今は学生からの人気がないから、人目につかないところがいい。」
「時期的に人気がない……ですか?」
学武会を控え実戦を積みたいペアも多いだろうこの時期に、学院から近いにもかかわらず人気のないところと言われる理由がわからずに首を傾けるガルディウスに、バーデルが口を開く。
「今が一番乾燥する時期だからだろ。」
「乾燥ですか?ええと……お肌が乾燥するのが嫌だから?」
「阿呆か!そんな乙女な理由なわけないだろ!」
「……ええと、じゃあ何でですか?」
ガルディウスの疑問に、ユハスが答える。
「一年生の魔法科の生徒が最も良く利用する攻撃魔法は、火属性だ。低級の中で最も攻撃力が高く、扱いやすい魔術が多いからな。攻撃魔法の入門といえば火属性の魔術であると言ってもいい。おまえも魔法科の生徒なら、授業を見ていればそれくらいはわかるだろ?」
「確かに授業でも火属性についての授業が多いです。火属性の魔術が一番使う機会が多いから、学院に来てからは一番馴染みのある属性魔法といわれれば納得です。」
「そうなれば当然、学武会での魔法の主役は火属性。もちろん例外はあるが、大半の生徒が火属性の魔術を使うはずだ。その訓練として乾ききったこの時期のヴェスタ平原は不向きだ。ヴェスタ平原に多く自生するフレム草やバンダム草はこの時期は水分が少なくて引火性が高い上、玉珠草に至っては火がつくと爆発する。下手に火属性の魔法を使えば、一面火の海だ。」
そんなユハスの説明に、バーデルは呆れたように肩をすくめた。
「この時期のヴェスタ平原は火気厳禁ってのは有名な話だぞ。知らなかったのか?」
「はい。」
「おいおい。うっかり使うなよ。」
「大丈夫です。僕、もともと滅多に火属性の魔法は使わないですから。」
「そうなのか?だって一番使いやすい魔法なんだろ?」
「使いやすいんですけど、疲れるんです。最近理由がわかったんですけど、火属性って魔力コストが高いんですよね。僕、魔力値が低いんで火属性は不向きなんです。」
「へえ。そうなのか。じゃあ、安心――いてっ!?」
ガルディウスが火属性を使わないと知って安心したバーデルの頭を、ユハスは魔法書の角で容赦なく叩いた。
「何するんだよ!!」
「おまえが馬鹿すぎて叩かずにはいられなかっただけだ。気にするな。」
「こんだけ痛けりゃ気になるよ!!」
「うるさい。文句があるならその馬鹿を直してからなら聞いてやる。入試筆記最下位め。」
「なっ!?何で知ってるんだよ!!」
顔を真っ赤にするバーデルに、ガルディウスは目を見開いた。
「…………僕より下がいたんだ。」
「お、おまえは魔法科なんだから俺よりできてあたりまえなの!」
ちなみに、入試の筆記は単に学力レベルを学院が把握するためだけのもので、どんな結果でも入学には響きません。
極端な話、0点でも入学はできます……が、バーデルの名誉のために(?)、筆記最下位といえど0点ではないです。




