03
アルデルト学院には、3つの学科が存在する。
最も生徒数が多いのが『武闘科』。
武器を使用しての戦闘技能を主として学ぶ科であり、魔力や特殊な才能を必要とせず、一定以上の身体能力さえあればよいことから入学希望者が最も多く、実際の生徒数においても他の学科を圧倒する。
次いで生徒数が多いのが『魔法科』。
対魔獣戦において大きな火力となる魔法を使いこなす術――魔術を学ぶ科である。
入試において高い魔力値か、一定レベル以上の魔法を見せる必要があるため、武闘科に比べて入学時のハードルが高くある程度人数は絞られる。
それでも高い魔力値さえあればほぼ無条件で入学できることから、生徒数は武闘科に次いで多い。
そしてもう一つが『特殊技能化』――通称『特科』。
特殊な才能を磨くための科であり、異能を持つ生徒のみで構成されている。
生まれ持った特別な能力を伸ばすことに焦点をあてており、生徒数は少ないが、異能の種類は多岐にわたり生徒の異能に合わせた訓練が行われる。
ちなみにこの物語の主人公――仮面の不審人物こと、ガルディウスはというと……
仮面で表情は見えない。
それでもはっきりわかるほどに落ち込んでいた。
「うう……。ま、また単位貰えなかった……」
入学して半年。
テストというテストでことごとく赤点を取り続けたガルディウスは、すっかり劣等生という名のレッテルをはられていた。
「まあ一年のうちは魔法科なんて、ほとんどが筆記試験だものね。」
すっかり落ち込んでしまったガルディウスを見て、アルティナは苦笑する。
立て続けの赤点。さらにダメ押しと言わんばかりに、ガルディウスの魔力値はとんでもなく低い。
悪目立ちする仮面のせいもあって、ガルディウスの落ちこぼれぶりは学院の誰しもが知るところとなってしまった。
アルティナはガルディウスの能力を高く評価しているが、学院の人間のほとんどがガルディウスのことを劣等生として認識してしまうのも無理はないとは思う。
けれど、それは知らないからだ。
普通の物差しでは測れないガルディウスの凄さを。
(まあ、一番分かってないのはガル本人なんだけど。)
「うう……。このままじゃ僕、一生卒業できません。早くご主人様のところに帰りたいのに……」
「あんな奴の所になんて帰らないほうがガルの為だと思うけど……そんなに早く卒業したいなら、いっそのこと転科したら?ガルの一番の問題は筆記試験なわけだし。」
ガルディウスの赤点ラッシュは、読み書きの能力の低さによるところが大きい。
孤児であるガルディウスは今までまともな教育を受けておらず、読み書きに関しては簡単な単語がかろうじて理解できる程度なのだ。
どの科も1年生は上級生に比べてると筆記試験の割合が高いが、中でも魔法科の筆記テストの割合はずば抜けている。
「ガルの身体能力だと武闘科は無理でしょうけど、異能持ちなんだから特科になら転科できるでしょう?」
「でも僕は紋章術を学ぶ為に入学したから……」
ガルディウスが得意とする魔法は『紋章術』。
かなりマイナーではあるがそれは魔術であり、ガルディウスが目指すのは魔法使いの高みだ。
だからこそガルディウスは、魔法科に入学したのである。
「別に魔法科じゃなくても魔術の勉強はできるでしょ?確かに魔術の授業は魔法科の生徒が優先されるけど、紋章術なんてマイナーな授業が定員オーバーなんて有り得ないんだし、特科でも授業は取れるわ。別の科の授業だと単位は半分しか貰えないけど、足りない単位は特科の授業で補えばいい話だし。そもそもガルって、魔法科の授業だと紋章術の実技以外は単位とれないんじゃないの?魔力値だって50しかなかったんでしょ?」
「ううっ。それは言わないでください。」
魔力値。
それは魔力の大きさを数値化したものであり、この数値が高ければ高いほど魔力が高いということになる。
魔法科において、ガルディウスの『魔力値50』というのは極端に低い数値だ。
魔法科生徒であれば平均7000~8000程度の魔力値はある。
それがたったの、50。
それは、比較対象を魔法科に限らずとも相当低い。
一般人の平均的な魔力値は200~300程度であり、その半分にも満たないのだから。
「ここまで低いなんて、もはや異常よね。まさかガルの魔力値がこんなに低いなんて思ってもみなかったわ。」
「僕も思ってなかったです。」
魔力の感知に優れた者ならば、自分より相手の魔力が高いか低いかはわかる。
けれどそれは高いか低いかであり、魔力値ほど正確に把握するには専門の道具が必要だ。
知人の魔法使いから魔力が低いと言われていたから、ある程度は覚悟していた。けれどそれは『魔法使いとしては』であって、普通に一般人の平均くらいはあると思っていたのだ。
魔法はかなりの頻度で使っていたし、特に魔力が足りないと感じたことはなかったから。
「僕が今まで魔力切れになったことがなかったのって、紋章術だからだったんだと痛感しました。」
マイナーとされる紋章術の利点――それは、消費魔力の低さにある。
一般的な魔法が自らの魔力――内包魔力を使うのに対し、紋章術は主に自然界に漂う魔力――外遊魔力を使って魔法を発動するのだ。
「初級の精霊魔術一発で倒れたんでしょ?」
「……はい。」
魔法科の生徒であるガルディウスは、紋章術以外の魔術の授業もとってはいるが、将来的にそれを使いものにできるかといえば――魔力値を思えば絶望的と言えた。
紋章術はマイナーで、精霊魔術を代表とする内包魔力を用いた魔術が現代の魔法の主流である。
やり方さえ覚えれば一般人でも普通に使える初級の精霊魔術で一発で魔力切れを起こし倒れるような人間が魔法使いを目指すなど、普通に考えて無謀でしかない。
それでも、ガルディウスは転科を考えない。
「僕は……ご主人様みたいな立派な魔法使いになりたい。無謀でもなんとか魔法科で頑張ります。」
「あいつが立派……ね。」
ガルディウスが主人と慕いう人物こそが、ガルディウスとアルティナの縁を結んだのだが、アルティナがその人物に寄せる評価は地の底よりも低い。
(あんな奴を評価するなんて、本当にガルって人を見る目がないわよね。)
だからこそ、放っておけない。
さらに言えば、ガルディウスを散々に振り回す人物――ガルディウス当人は嬉々としているが――は、アルティナにとって肉親であるのだから、フォローぐらいしなくてはという思いもある。
「まあいいわ。ガルの場合実戦なら問題ないんだから、授業以外で単位をとればいいんだしね。」
「授業以外で単位を?そんなことが可能なんですか?」
「ええ。学院案内にも載ってるわよ。」
そんなアルティナの言葉に、ガルディウスは項垂れる。
「……僕、学院案内は読めなかったんです。」
「そうだろうと思ってたわ。」
学院案内には、学院内のあらゆることが記載されている。
だが、読み書きに不自由なガルディウスが、堅苦しい文章で長々書かれている案内を読むのは無理があるのだ。
「ガルが単位をとるには、単位クエスト制度の活用が一番の近道よ。」