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魔法の属性については諸説あるが、精霊魔術が脚光を浴びるこの時代において最も一般的な区分は、四大精霊『ウンディーネ』、『シルフ』、『サラマンダー』、『ノーム』に対応する四大元素『水・風・火・土』に、『光』と『闇』を加えた六属性区分だ。
セット85――これは、風属性と土属性の複合魔術を使う命令系。
複合魔術は難易度が高く威力も高い傾向にあるが――初級の精霊魔法しか使えないゴーレムにおいて威力は期待できない。
「サンドストーム」
魔術名のみの短縮詠唱とともに、ゴーレムが生み出した小規模な砂嵐。
サンドストームは、魔獣との戦闘においては攻撃というよりも、目くらましとして使われる極めて攻撃力の低い術であり――たとえ人間がノーガードで直撃を食らっても、目さえ閉じていれば無傷とはいかずともかすり傷程度ですむものだ。
(だからって直撃をくらい続ければ……体力のない魔法使いはつらいよな?)
小柄でやせ形――高い運動能力を持ち合わせている様子もないガルディウスは、典型的な体力の乏しい魔法使いのようだし、強風に煽られ続けることも、砂嵐で術を使うだけの集中力を奪われることも嫌うはず――馬鹿でなければ、必ずなんらかの防御策を出すはずだ。
スピードに優れた術が多い風属性だが、反属性である土属性との複合魔術であるサンドストームにおいてはその特質は失われているが――この術には追尾効果がある。
避けても徐々に迫りくる術に、ノーガードはないだろう。
相殺はただ防ぐ以上の高等技術。
単一属性ならともかく、合成魔術を実戦で相殺するなどまずありえない。
絶対不可能とは言わないが、あえて想像を絶する難易度の相殺に挑まずとも、もっと簡単な防御法はいくらでもあるのだ。
(さて、今度はどう防ぐ?)
迫る砂嵐にガルディウスの足はその場から動かないが――その手は素早く動き続けている。
そして――
ボボッ
ボッ
ボボボボボッ
砂嵐はガルディウスの数十シーム前で喰われるように姿を消していく!
フレイムアローを阻んだ時と似た現象にユハスは目を見張る。
(これは……相殺じゃなくて無効化か!)
ガルディウスから数十シームの距離に、魔術を無効化する壁がある。
同威力の反属性魔法をぶつける相殺ではないから、術の属性は関係ない。
魔術を編む魔力そのものを解体してしまう無効化は、属性を問わないのだ。
「こんな風に無効化を使う奴がいるとはな。」
無効化自体は、さほど難易度の高い魔術ではない。
精霊魔術と同様に脚光を浴びる神聖魔術においては、無効化など初級魔術に分類されるものだ。
しかし、防御魔術としてこの術を使う魔法使いは少ないだろう。
何故なら、無効化は打ち消す魔法が発動してからでなければ効果を持たないのだ。
つまり敵が攻撃魔法を発動した後、術を編まなければならないのだ。難易度が低い魔術とはいえ、魔法が発動してからその身に迫るまでの短時間で無効化を発動するのは難しい。
それに加え、無効化は術者の技量に依存する。
消費魔力こそ初級レベルで少ないが、無効化は自分より練度の低い魔法使いには有効だが――熟練の魔法使いには効果をなさない場合が多い。
魔力値ではなく、練度――魔力操作の技量の高さがものをいう術であり――魔力値が低い無名の魔法使いが有名な魔法使いの術を無効化することもある、極めれば至高になりえる術だが目に見えない技量に依存するため、防御魔法として使うには防げるかどうかの見極めが難しくリスクが高すぎる。
一般的に無効化は、呪いなどの状態異常の魔法を解いたり、身体機能を上げる補助魔法の効果を打ち消すことに使われるため、治癒や補助魔法の領域とされる術なのだ。
(神眼で練度が見極められるのか?……だとしても、とんでもないな。)
ゴーレムという基本的に魔法を不得手とする敵であるため練度が低いと判断し、無効化を使ったとすればまだわかる。
だが、神眼で見極め無効化を常用しているとすれば、ある程度の魔法使いの術を無効化できるだけの練度に自負があるということになるのだ。
無効化なんていうコストの低い魔術で、上位魔術をことごとく防がれる可能性があるとすれば、魔法使いにとってはとんでもない難敵だ。




