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フレンドカードを渡してアルティナ達と別れたユハスたちは、学院を目指していた。
「……良かったのか?」
「フレンドカードを渡したことか?俺にとってはそう珍しいことでもないだろ。」
研究家色の強い魔法使いの生徒には、学院への貢献度によって研究室が与えられる。
研究家色の強い魔法使いは魔法科の平均より低い魔力値の持ち主が多く、そのハンデを覆すための研究は魔法使いとして自らが成功するための生命線であり、多くの場合その内容は秘匿される。
その為魔法使いが自らの研究室への入室を許すフレンドカードを渡すことは珍しいのだ。
しかし、ユハスはあまり自らの研究を秘匿しようとしない。
他者が真似できる程度の研究にはあまり興味がなく、盗めるものなら盗んでみろと公言さえするため、他の魔法使いに比べて格段の気安さでフレンドカードを渡す。
「でも、初対面の……それも実力も知らない相手に渡すのは珍しいだろう?」
ユハスがフレンドカードを渡すのは、それなりに実力を認めた相手だけだ。
「魔力値50。それで試験をパスしただけでも興味深いさ。」
「それはそうだが……実力を見るだけなら、二人に同行すればよかったんじゃないか?」
シモンの洞屈の中層より深くに立ち入る生徒は、サザーラの院内クエストを受けた生徒であると断じてほぼ間違いない。
シモンの洞窟で達成できるクエストは、サザーラの院内クエストのみなのだ。
学院の管理下にある修練場の中で、シモンの洞屈の人気は低い。達成できるクエストは、人気のない紋章術の授業の受講が条件になっているサザーラのクエストのみ。
加えて魔獣の種類は少ないが、キラーバッドやウインドウルフなどの群れる上に俊敏な敵ばかりで、一度に多くの魔獣を相手にしなければならないからだ。
洞窟では崩落を恐れてあまり大きな魔法を使うわけにもいかないため、多くの魔獣を相手取るのはやっかいなのだ。
洞窟という使える魔法を限定された環境での多数の魔獣との戦闘訓練を目的とする生徒たちは、上層部から中層部までで、深層部まで立ち入ることはめったにない。
奥を目指す二人の目的がリードリーフの採取であることはあきらかで、それに付き合えば魔獣との戦闘もあるはずだ。
自然とそこでガルディウスの魔法を見ることもできるだろう。
「俺たちはリードリーフの採取は済ませている。また奥へ戻るのは御免だ。それにどうせ見るなら、見る準備もしたいんだよ。」
入試において高い魔力値か、一定レベル以上の魔法を見せる。
魔力値4200。
ガルディウスに比べれば70倍――しかし、魔法科の生徒の平均の半分程度の魔力値しか持たないユハスもまた、後者で魔法科に入学した生徒だ。
試験で求められるのは中級レベル以上の魔法。
平均の半分とはいえ、一発発動するだけならばユハスの魔力値でも十分だ。
魔法の種類や個人差はあるが、現代魔法における中級魔術の1発に必要とされる魔力コストは800前後であるから、5発は使える計算である。
しかしただ中級レベルの魔法を使って見せても、あまり評価は高くない。
低い魔力値しか持たない魔法使いに求められるのは、少ない魔力コストで大きな魔法を発動させる技術だからだ。
だから試験では、いかに少ない魔力コストで中級レベル以上の魔法を見せるかが評価される。
ユハスの場合入試の際は、300程度の魔力コストで中級魔法を発動して見せた。
魔力値が半分程度であろうとも、通常の半分以下の魔力コストで魔法をつかう技術があることを示したのだ。
(今の俺なら、100程度で中級魔法を使えるが……50以下のコストとなるとさすがに厳しいな。)
魔力値は消耗しても、体力同様徐々に回復していく。
しかし、使い切ればある程度回復するまで倒れてしまう。
魔力値50というのなら、実際使えるのは40程度までだろう。
魔力コストが40以下の中級魔法がないわけではない。
例えば紋章術。
クロードは自己魔導を使いこなすが、一般的には魔導水を用いて使う魔法である。
自己魔導は高等技術ではあるが、現代魔法に比べれは微々たるものとはいえ術者の魔力を消費する。
それに対して魔導水はそれ自体が魔力を帯びており、術者はほとんど魔力を使う必要がない。
とはいえ魔導水を用いた紋章術は、卓上魔術と揶揄されるような術だ。
実技試験で与えられる時間は5分。
試験管の監視の元、その中で精密な――中級以上の紋章を描き魔法を発動できるかといえば――難しいだろう。
魔導水を用いた紋章術で中級以上の魔法を発動させるには、一般的には十分以上必要と言われている。
魔導水を用いた紋章術の使い手は、事前に時間をかけて描いておいた紋章を何らかの形で仕込んでおき、それを用いて使うのが一般的なのだ。
しかし試験には、事前に仕込んでいた紋章は持ち込めない。
紋章術以外の外遊魔力を使う魔法も、何らかの仕込みを必要とするものが多い。
精霊魔術などの現代魔法ならば仕込みは不要だが――魔力値50では、それは不可能だ。
「どう考えたって、普通の魔術じゃ不可能だ。何らかの仕掛けがあるはずだが……それがただ見ただけでわかるとは限らないだろ?」
ユハスの研究室には、ありとあらゆる魔法具があふれている。
たとえどんな魔法であろうと、解析できるだけの環境があると自負している。
「どうせなら、落ちこぼれ君の魔法を丸裸にしてやりたいからね。」
ユハスもクロードも、ガルディウスが紋章術の実技一位の生徒だとは気付いていません。




