13
シモンの洞窟上層部にて最もよく遭遇する魔獣、キラーバット。
人肉を噛み千切りその血を飲み干す凶悪な魔獣だ。
一撃で人を屠るほどの高い攻撃力はなく、魔獣の中では守備力も低い。だが、飛びまわるその俊敏さと、群れをなして襲い掛かる習性は厄介極まりなく、いくつもの村を死の村に変えてきた忌むべき魔獣である。
しかしアルティナの動きは、キラーバットの厄介な俊敏さを上回り圧倒していた。
地面に割れ目を作るほどの強力な踏込みで宙を舞った彼女は、高所に逃げたキラーバットを学院印の魔装で斬り裂く。
紙のように容易く裂かれ事切れた残骸には目もくれず鮮やかに身を翻し、アルティナは迫りくる天井を踏み台に今度は自らより低い位置にいる残りのキラーバットへと斬りかかる。
5メーム*ほどはある高さの天井まで迫る跳躍、その後の身のこなし――そのすべてが常人の域を超えている。
ただの生身では、どれほど鍛えたところで彼女の細い手足から成せる動きではない。
自らの手足、肉体を魔力で強化しながら戦っているのだ。
アルティナは魔法を使わないが――魔力を使わないわけではない。
魔法を使わない武闘家はこうした使い方をする魔力を魔力と呼ぶことを嫌い『気』という表現をする。
自らの気を操り、身体能力を向上させるアルティナの技能の高さは、流石は優秀でなければ上がれない二年生であると言えた。
そんなアルティナの数メーム後ろで、ガルディウスは両手をワキワキと動かしていた。
一言で評すれば――怪しい。
群れを成すキラーバッドだが、完全にアルティナに圧倒されているそれらが後衛であるガルディウスまで迫ることはない。
華麗に魔獣を翻弄する美少女を少し離れたところからじっと見つめ、ただただ無言で両手をワキワキと動かしている不気味な仮面を被った一年生――その光景はとんでもなく怪しく、不気味だ。
ガルディウスは、両手をワキワキ動かしながら、やっぱりアルティナとの共闘は楽でいいと思う。
魔法使いの多くは接近戦は苦手である。
ガルディウスもそれは同じだ。
アルティナのように魔力で身体能力を底上げはするけれど、そもそもの基本となる身体能力が低い。
それに能力を上げても、身体を動かすことに関しては素人と変わらない――武闘スキルなどないガルディウスはどうしたって攻撃を避けるだけで精一杯だ。
落ち着いて魔法を使える後衛で、敵の接近を防ぎながら前衛を援護して戦うのが理想である。
その点、戦闘で主役に立ちたがるアルティナは敵を存分にひきつけ、後衛を援護に専念させてくれる――ガルディウスにとって最高の前衛なのだ。
敵を一掃する派手な魔法よりも、地味と言われる援護系の魔法が好きなため、全ての見せ場をアルティナに奪われようともガルディウスに否はない。
戦力差からあまり援護の必要は感じないが、気持ちよくアルティナが動けるように援護を続ける。
傍目には、ただ両手をワキワキさせる不審な動きしか見せていないガルディウスだが、それがガルディウスの魔法だった。
通常、魔力は目には見えない。
しかしまれに、それを見ることができる目の良い人間もいる。
そうした目は、『神眼』あるいは『魔眼』などと呼ばれているが――その持ち主が今のガルディウスを見れば、目を見張るだろう。
ガルディウスの指先に集う魔力。
その軌跡が描く複数の複雑な紋章。
落ちこぼれと呼ばれる仮面の新入生が、その指先でいとも容易く自己魔導を使いこなしているのだから。
*1メーム=1メートル
ちなみに、1シーム(=センチメートル)、1キーム(=キロメートル)です。




