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クロードが紋章術を学ぶことを、ユハスが時間の浪費と言うのも理解できる。
魔力切れとは無縁なほどの内包魔力を持つクロードにとっては、その膨大な内包魔力を使う現代魔法の方が効率的だし効果的なのだ。紋章術の実戦における価値はないに等しい。
けれど、才能だけではないという矜持から始めた紋章術をことのほかクロードは気に入っていた。
「紋章術は面白い。サザーラ先生の術の使い方も興味深いし。紋章術の勉強は、趣味みたいなものかな。」
「……そうして無駄に極めた、と。」
冷めた目を向けてそんなことを言うユハスに、クロードは苦笑する。
「俺としては他にないほど意欲的に取り組んいる。だけど極めたとまでは言えないな。」
「自己魔導まで使いこなしておいてか?」
自己魔導とは魔導水を使わずに自らの魔力で紋章を描く、紋章術において最も難易度が高いと言われる技術で、使える者は世界で数人しかいないと言われるものだ。
クロード自身も興味のある魔術だけに他のことより時間を費やしてきたし、意欲的に取り組んだこともあって紋章術には自信がある。――否、自信があった。
「俺が何より1位を取りたかった授業が紋章術だったんだが……俺もまだまだ未熟なようだ。」
「へえ。おまえが狙った授業で一位を取り逃すとは。まあ、おまえは1年だしな。実技はともかく筆記ならおまえを越える奴もいるだろ。」
「逆だ。」
「逆?」
「筆記は1位をとれたが、実技でとり逃した。」
「……は?まさか学院内に自己魔導を使いこなす奴が他にいるのか?」
アルデルト学院の紋章術の教師であるサザーラ・モンティーは、世界的にも著名な紋章術の使い手である。
しかしそのサザーラすら、紋章術において最高難易度の技術とされる自己魔導は、使いこなすまでには至らない。
「そのまさからしいぞ。しかも、同じ魔法科の1年らしい。」
卓上魔術と揶揄される紋章術において実戦レベルまでに至るには、術者独自の工夫が必要だと言われている。
瞬時に発動できるように紋章を予め何らかの形で仕込んでおくのが紋章術では一般的で、術者独自の工夫は魔力値の低い魔法使いにとって自らの成功のための生命線といえることから秘匿されることが多く、実技の試験は公開されずに教師から直接成績を伝えられる。
「俺は実技は2位だと言われた。」
優秀すぎる生徒に対し、時に実際より低い順位を伝える教師もいる。
けれどクロード同様紋章術の授業をとっているユハスは、サザーラがそういうタイプの教師ではないことを知っている。
「……今年の1年に、お前の他にそんな優秀な奴いたか?」
「魔力値が低くて噂にならないのかもしれない。名前は教えてもらえなかった。だがそれだけ紋章術が使える1年なら、このクエストを受ける可能性は高いと思わないか?」
【サザーラ・モンティーの院内クエスト、リードリーフの採取】
「まさかおまえがこのクエストを何度も受けてるのって……」
「おまえも興味があるだろう?」
才能だけで一流の魔法がつかえてしまうような天才より――並以下の魔力しかない魔法使いが、どう魔法をつかいこなすかがユハスの興味の対象である。
そしてクロードは例外中の例外であり、紋章術をとる生徒はそのほとんどが現代魔法では魔法使いとして大成できない魔法値しか持たない――並以下の魔力しかない魔法使いである。
「……確かに。ぜひその紋章術、見てみたいね。」




