第1章 着任挨拶 - 03
翌朝。
タペス中尉は起床ラッパが吹鳴されるよりも早く目が覚めた。
明朝の0500。
顔を洗い髪を梳いて歯を磨き、軽く体を動かして寝床を片付ける。
新兵の頃染み付いた習慣は、もうその必要がなくなった士官に任官してからも抜けずにいた。
制服に着替え、外に出た。少し早いが、食堂には灯が点っている。
外気はまだ冷たい(とはいえ本土に比べればずっと暑いのだが)。
食堂への道すがら、少し思案する。
-今日の朝礼の自己紹介、うまくいくかな
元来研究者肌の中尉は、何度も頭の中で原稿を練り直し、朝礼の流れをシュミレートしながら歩いた。
ともしていると食堂に着いた。人が多いのは、夜間勤務に就いてた人間が勤務を終えて食事を摂るからだ。
普通の部隊とは逆に夜間飛行任務が多いこの基地らしい光景である。
夜勤者にとってはこれが夕食に当たるため、おかずの品数とボリュームが意外と多い。
分厚いハムステーキに千切りキャベツ、
ベーコンと胡椒たっぷりのジャーマンポテト、
あっさりしたハーブとキノコのスープ、
山盛りのパンたち。
クエン酸たっぷりのレモネードは疲れに効きそうだし、
香ばしい麦茶がまだ飲めるのも嬉しい。
あ、向こうにはちゃんとシリアルとヨーグルトもあったんだ…。
まあ、いいか。
腹もそこそこに満たして職場に向かう。
第11小隊本部。
「おはようございまーす…」
ちょうど勤務交代が終わって食事にでも行ったのか、室内はガランとしていた。
「あ、おはようございます」
早出の兵卒がお湯を沸かしていた。
「ええと…、コーヒー飲まれますか?」
「いや、いいよ。ありがとう。みんなの分をこさえてあげて」
ああ、向こうは私をまだ知らないか。私も彼のことを知らない。不思議そうな顔をするのも当然だろう。
辞令は昨日付けで発令されているが、部隊員との顔合わせは今日の朝礼の紹介行事を経てからだ。
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午前7時30分、全隊朝礼、開式。
まず、航空隊司令のリセラ准将が挨拶し、各隊から連絡事項が示される。最後が新着任者の紹介である。
「ーーです、これからよろしくお願いします。」
小隊長が、千人の参列者に慄くことなく、淡々と挨拶を述べ終えた。
司会はそれを受けて、ルーラ特務中尉に盛大な拍手を、と呼びかけ、式は拍手に包まれる。
いよいよ自分の番だ。
いつだって大勢の人前に立つのは緊張する。周りに悟られないように深呼吸を一つして、壇上へ向かう。
「おはようございます、同じく11小隊にて、副長を拝命致しました、トリイ・タペス中尉です。403偵察航空隊を経て、ここが3配置目となります。職種は操縦、特技は早食い、です。早速今朝ここの食事を頂いたのですが、美味しくて自己最短記録を更新してしまいました。どうじょ、っ、宜しくお願いします!」
ダダ滑りである。しかも噛んだ。
参列者の目線が怖くて合わせられない。
やってしまった・・・。
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全隊朝礼が終われば、隊朝礼、そして11小隊朝礼である。全部で3回自己紹介せねばならないのだが、小隊長のルーラ中尉はすべて同じセリフで通した。
対して、そう開き直ることもできない俺は少し台詞を変えてみたのだが、すべった空気は挽回できなかった。
すべての朝礼が終わり、足取り重く、小隊副長の机にたどり着く。部隊は既に任務についており、本部内はがらんとしていた。小隊長室は別にあり、また、当の本人は、航空隊本部(お上)に申し受けに行ってしまっている。
たまらず安堵のため息をついた。
そこへ一人、軍曹長がやってきた。
「副長、はじめまして。ここで総括兼ねて先任をしております、ステジ・ネッツ曹長です。前任からの引き継ぎや業務の補佐を命ぜられております。よろしくお願い致します」
この地域らしい小麦色の肌に、深く刻まれた皺とが如何にも叩き上げの曹長らしい。
「ありがとう、ネッツ曹長。これから宜しく」
精一杯の笑顔を作って挨拶に答える。
「色々と仕事はありますが、まずはここの施設の案内から始めましょう、おーい、ナイサ! ナイサ伍長!」
伍長は、恐る恐る、といった様子でこちらに来た。顔色を伺い、少しの失敗も許されぬ不安を瞳に湛えている。
「ナイサ・エンス伍長であります」
端的に言って口を閉じる。
「副長のタペスです。案内よろしくね」
できるだけ柔らかい口調と笑みを浮かべて委ねた。
「はい」
伍長は僅かだけれど安堵を浮かべ、頷いた。
「では、まず控室エリアから」
そうして、私達は小隊ツアーへと向かった。
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