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第1章 着任挨拶 - 02

乗り込んだバスは森に入り、坂道を登りはじめた。どうやらこの峠を超えた先に基地と街があるそうなのだが、ずいぶん長いこと森を通っている。

ガクン、とバスが大きく揺れ、光が目に飛び込んできた。

開けた車窓から、帝国本土にはない不思議な光景が広がった。

無数に空いた大小のクレーター。所々は稼働中なのか、細く煙を上げている。かと思えば廃坑なのか、水を湛えて鏡のように景色を写すものも見える。

「―――?」


見たことのない景色に圧倒されていると、ふと違和を感じた。

――街と飛行場はどこだ?


そう、見当たらないのだ。普通、航空機を管制する管制塔をはじめ、特徴的な建造物と、何より広い滑走路が、真っ先に目について当然のはずである。


「―――!」


しかし徐々に近づくにつれ、それらは姿を現しだした。

巧妙な配置と、塗装による隠蔽の中に、あった。

バスが停まる。

海軍にありがちな荘厳華麗な営門はなく。重厚な耐火コンクリートの扉が私を迎えた。門衛は無礼や反発を働かなったが終始無口で、手にした鈍色の警備機関銃を手放さなかった。


―――――――――――――


門をくぐって驚いた。

人の気配どころか物音一つしない。普通、駐機場で飛行機の試運転の一つでもして良さそうなものである。不気味な静けさに身が冷える。

――ひとまず本部に挨拶へ行かなくては

ともあれここでの生活のことや業務の引き継ぎのこともある。小隊本部へ向かう。


同じ形状の建物ばかりで、道を訊こうにも兵卒一人おらず、随分迷ってなんとか11小隊本部にたどり着いた。入り口には看板らしいものはなく、ペンキで書かれたのみの簡素なものだ。扉の窓はスリガラスになって中は見えない。悪酔いのような気持ち悪さが喉奥にせり上がってくる。勇気を出してドアノブに手をかけた。


―――――――――――――


私は小隊員への挨拶案内もそこそこに、防虫薬臭い夏制服に着替え、隊長室のドアをノックする。

中からどうぞ、と返事があり、ドアを開けた。


「入ります!」

敬礼。

おや、そばの応接ソファには誰かが座っている。

隊長は眼前の指揮官机から立ち上がった。窓からの逆光でその表情は陰って見えない。ひるむな。

「第4航空艦隊付、トリイ・タペス中尉は帝暦899年11月10日、第4航空艦隊 西南洋護衛隊 第1航空隊第11小隊・小隊副長を命ぜられ、只今着任致しましたッ!!」

敬礼!


「――よし、休め」

姿勢を休ませる。逆光が薄れて、航空隊司令の相貌が現れた。思わず目が丸くなった。

「ようこそ、中尉。私が1空隊司令、リセラ・フォン・ヴルド三世、准将だ。ここの防衛を担う者だ、よろしく」

常夏に灼かれた髪と肌はきれいな金と麦色に染まって、胸には幾重にも記章をまとっていた。豪傑、という言葉が現世に現れたかのような、自信に満ちた態度。これが将の風格か。

しかも――

「…? どうした、女の軍人がそんなに珍しいか」

そう、女性軍人なのだ。だが、女性が軍に採用されるようになってもう長い。兵学校の同期にもいたし物珍しさはなにも無いのだが、ここまで立派な方は御目に掛かったことはない。しかも若い。素直に驚嘆していた。

「いえ、女性軍人にはもう馴れているつもりですが、ここまで将たる風格といいますか、雰囲気をまとった方を自分はお目にかかったことがなく、驚嘆と光栄に浴していたところでした」

司令は目を細めて、

「そうかそうか、それはありがたいことだ。我々はともに部隊を率いていくことができるだろう」

 満足そうに椅子に腰掛けた。パイプに火を入れて、一服された。

「―――ふう。疲れるな。肩肘張るのは」

パイプを置いて。

「さて中尉、形式的儀礼はここまでだ。私のことはセラでいい。中央で何を聞かされたかは知らんが全部忘れろ。ここは最前線だ。無能はいらない」

眼光が鋭くなり、赤い瞳に火がついたように錯覚した。

「海軍がその驕りで帝国を滅ぼそうとしているのをお前は身を以て知っているはずだ」

 無言で首肯する。

「全力で事に当たれ。ここには人員も、飛行機も、まだ十分にある」

続けて

「偵察機乗りだろうが関係ない。大小両局を見ろ」

「はい」

「なにかあるか」

「1つよろしいですか」

「なんだ」

「11小隊長はどなたが補されましたか」

「ああ、それなら」

「私が11小隊長です」

「? ――――!」

「はじめまして、ではありませんね。さっきぶりです、トリイ・タペス中尉」

「あなたは・・・、いえ、あなた様は…」

 さっき飛行艇で隣だった新人研修員! ではなかった。特務中尉の階級章に、右胸に輝く金色の八芒星は、何人が付けられるものではない。

「よしてください、いえ、よしなさい中尉。ここでそれら敬称で私と接するを禁じます」

「いや・・・はい」

「焦燥されていますね。無理もありません。ですが受け入れなさい」

「そういうこった。まあ、しっかりやンな」

…うせやん。

「まじかー」

しまった、つい本音が。血の気が引く自分とは反対に司令は、お、素が出たな。いいぞ、はやく慣れろ、とニンマリ笑っている。

「引き継ぎ内容は書類にまとめさせてある。受領して先任下士官のガイダンスを受けろ」

そのまま書類を渡された。

「始業前だし、私が直接案内してやろう」

始業前?? 今、司令は始業前と仰ったか? なんと、今日は部隊が夜間飛行任務についているというのか。さっきから頭の中が「?」と「!」で弾け飛びそうだ。


前途多難だな…とほほ


今度こそ心のなかでひとりごちた。


―――――――――――


司令部を出て、改めて11小隊本部へ向かう

照り付ける太陽はようやく傾き出し、モノクロの滑走路を紅く染める。

すると、先程までとは違い、駐機場にぽつぽつと飛行機が並び始めた。


整備員たちが牽引車で手際よく並べていく。その中の一つの前で司令は止まった。

「これがお前たちのあつかう白梟(シロフクロウ)偵察機だ」 

 おお…思わず、嘆息する。

形式名のとおり、白銀の翼にキュッと絞られたカウル。ずんぐりとした胴体はまさにシロフクロウのようであった。

その胴体には大出力の空冷エンジンと偵察用の電信機械を積むための苦心したあとが随所に見られた。座席は直列の複座で、後部の偵察席は、7ミリ旋回機銃の銃座が備えられてある。他にも、偵察用の下部カメラ、逆探を兼ねた試作小型電探が所狭しと装備されており、大柄な機体に比して操縦席は狭めだった。

前方視界が悪そうで少し気になる。

「クセはあるがいい機体だぞ。14型なら巡航300ノット、最速330ノット出せる。昇るなら1万3千、降りるなら50度まで耐えられる。曲芸飛行もお手の物だ」

どうやら司令はこの機体がお気入りのようで、愛おしそうに機側を撫でながら教えてくれる。

「…まあ、こいつもそろそろお払い箱なんだがな…」

寂しそうに付け加える。

「さあ、小隊本部と整備小隊の方へ向かおう。」


機体、飛行分隊、整備小隊と基幹配置部隊を案内されて解散となった。


()と小隊長はそのまま、食堂に向かう。もう、畏まらくていいと言われたので、取り繕うのはやめだ。オレは俺でいく。


「お疲れ様でした、でんか――小隊長」

「ふふ、おつかれさまでした、副長」

席に付き、一息ついた。移動から何から何まで衝撃の連続だった。

時間も遅く、士官食堂にはもう俺たち二人しかいない。

「…」「――…」

会話が途絶える。というか俺は王族との接し方とか知らんわ…。あ、そういえば

「そういえば、小隊長の前任地はどこでしたか?」

「私ですか、わたしは高速戦艦『ガルギン』の通信長補――」

「おお、あのガルギンですか」

「――に就く予定でした」

「あ、そうなんですね…」

「着任する艦が沈んで、入れ替えでなってここになったので、実質初任地ですね」

「ああ…、そうでしたか…」

 しまった藪蛇だったか…。気まずくて目をそらしてしまう。どうやら相手はどこ吹く風のようで、眉ひとつ変えず食事を摂っている。

しかし奇麗な御顔されてらっしゃる。軍服よりも髪と同じ白いドレスのほうが似合うだろうな。不思議な人だな。

「? なにか」

「いえいえ、若くておきれいなのに、立派な人だなぁ―と思いまして」

「ふふ、司令にも似たようなことを仰ってましたわね、副長」

「あ、いや」

「口説き文句はそう何度も通用するもんではないですよ、では、お先に」

 いや、そんなつもりはないんだけどなぁ…。

 直属の上司が二人ともひとクセ以上もありそうだ。

 あと、言語表現については勉強しよう。


こうして、タペス中尉の11小隊初日は、とりあえず終わった。


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