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第1章 帰還招聘 - 01

 ぐらり、くらり、と揺れる空母の中。巨大な船倉の隅、小さな窓からさす日差しに目を覚ます。

「ぅあ……」

 疲労が溜っていたのだろう。丸1日眠っていたようだ。腕時計は既に昼近くを指していた。

 しかし船倉の中は薄暗く、足の踏み場のないほどの兵士たちが階級に関わらず雑魚寝している。皆一様に疲れ、あるいは傷つき、眠っている。


 指定された海域に向えばそこは既に戦場と化していた――帝国軍側が圧倒的不利な状況で。


 最終的にあの海域を離脱できたのはこの中型空母だけ。

 甲板にも航空機と人員を満載させ、いち早くこの空母が離脱していく中、


海は、重油と鮮血で、空は、硝煙と重雲で、『真黒』に、染まっていた。

 

 甲板の上、犇めき合う傷まみれの、それでも安堵した表情の兵員たち。その中に突っ込んでくる閃光を、私は忘れられない。


――動員兵数3万人。作戦参加艦艇40隻、航空機数1万機。

 うち、戦死者は2万人ときいた。

 しかしそれも戦地、まだ私たちが活躍していた頃だ。

 今この状況に、生存者が1万人いるとは思えなかった。


足を削がれ目潰されて呻く者。

五体満足の自身を持て余す者。


転進に悔し涙を流す者。

内地への帰還を喜ぶ者。


酒を飲んで周囲に八つ当たりする者。

寝食を惜しんで武器の整備をする者。


 それぞれが入り乱れ、空母内は静寂とも喧騒とも言えない、猥雑な空気が漂っている。


 唐突な目眩を覚え、そして私は再び睡魔に襲われた。


◇◇◇


 強烈なGが体を叩きつける。

「はぁ…。はぁ…、なんでっ」

 ラン神国天空騎士団の中尉、ホー・ルックは焦っていた。最新鋭戦闘機を駆り、圧倒的数の敵戦闘機を前に次々にそれを撃破し、帝国の南洋戦線の戦果から『撃墜王』と呼ばれたほどの腕が、今、冷や汗で滲む。

彼は今、逃げていた。逃げる羽目になっていた。


…どうしてこうなった?

 ホーは自問自答する。

――いつもの様に哨戒に出て、

――いつもと同じ仲間と共に、

――いつもとは違った空域を、

 そうだ、

――いつも通り。いつも通りの筈なのに、、


「はぁ…。はぁ…、なんでっ」


甲高いエンジン音と影が自機に重なる。


「うそ……、だろっ!?」

 こいつだって630キロも出してるんだぜ?それを超えるって言うのかよ…、心の中で毒づく。

 事前の情報では、帝国の技術ではせいぜい580キロが限界といわれ、実際にそうだった。


――いつも通り。いつも通りの筈なのに、、


 だが、それ以上に彼を驚かせたものがあった。

 黒に近い濃紺の機体カラー、側面に描かれた白くかたどられた深紅の丸。

(あいつは――まさか、だがあれは…)

――滅んだはずだ。しかもかなり古くに。

今や歴史の教科書にしか載ってないような国の名を思い出す。が、すぐにその雑念を振り払う。

 今は逃げることに専念しなければいけない。味方の空域に入ってしまえば奴はいくらなんでも袋の鼠だ。もちろん、それ以前に振り切ってしまうのが一番いいわけだが。

 ジグザグ航法を行いながら、しばらく近寄っては逃げ、逃げては近寄られ、というのが行われた。だが決して相手は襲ってこない。あたかも自分を嬲るように、じりじりと詰め寄ってくる。

(―――こいつ、おちょくってやがるのか)そう考え、憎悪が募る。

しかし実際、次第に追い詰められている感は否めない。現に、この追跡が始まって燃料は一気に半分も失ってしまった。

「―――くそっ、埒があかねぇ」

 逃げ切れるような雲もない。なら一戦交えるのみ。そう思い立ち、すっと雲の陰に隠れた瞬間機体をぐるりと左へ旋回させた。

おおん、とエンジンがうなり曲がりながら急速に高度を上げ始める。丁度この地位からは雲に隠れ、敵からは見えないはずだ。そう踏んでさらにスロットルを前に倒す。

 空における戦いで、相手より高い位置へ、より月に近い位置向かう事が一般的に相手に優位に立つ方法である。

「―――『撃墜王』の腕前を思い知らせてやる」

丁度月光に背を向ける形で弧を描き、ぴくりときた勘で機首と前翼の13.2ミリ機関銃の引き金を思いっきり引いた。空薬莢が飛び散り、弾丸が空を裂く。

 このやり方で落とさなかった機体はない。余裕の表情で振り返る。

(―――どうだ、ざまあ――!!?)

さっき、一瞬前まであった機体がない! 墜落したわけではない。かといって火を噴いたような煙の跡も残ってない。

「どこだ!?どこ行きやがった!!?」

 咄嗟に、野生の勘が機体を右に逸らさせた。果たして、そこを弾丸と思しきものと機体が後を追うように急降下していた。

(やばい、ただものじゃない)

 さっきまでの余裕の表情はどこへやら、彼は急いで操縦桿を握り直す。機体をひねり、降下していく先を読む。

(ここだ―――!!)

 再び彼の機銃が猛然と火を噴く。

「えええっ!?」

 またしてもそこに機影はなかった。

(くそっ、どこ行きやがったんだ―――)


うおおおおおん


「?」

 丁度真上に、そいつはいた、翼の機関砲をいっぱいに構えて。

(やられてたまるかよ―――っ)

降下体勢に入ってた機体を無理に左上に曲げさせて避ける。

瞬時に判断を下す。それが『撃墜王』たる所以だろう。


「ぬうっぅぅ―――」

 凄まじいGにブラックアウトしかけ、機体は折れるのかと思うほどビリビリ震える。

 一方敵は敵で機体を反転させ、水平に向かってきた。見事に彼は機体の腹を敵に晒すことなり、そして―――

「うわぁぁぁっ」

 ごんごんごん、という衝撃が機体に走る。体が全方向に揺すられて、吐きそうになる。

幸い、操縦席には当たってないようだ。

しかし、機体を立て直そうとして、操縦桿を引き、スロットルを開けるが、機体は落ちてゆくままだ。

(!!!)

言いようのない恐怖に襲われて、必死に計器類を確かめる。

「燃料が、――」

 高度計とともに急速にその数値を下げてゆく。

――11、


――05、



――02、






――00。


 さらに追い打ちをかけるように上空から弾丸が降ってくる。

 そしてそれは皆吸い込まれるように翼に命中し、砕いていく。

「くそっ、くそっ――――――――――――――――――」

 彼は錐揉み状態で落ちてゆく機体の中で罵詈雑言を叫び続けた。




――海に溶けた青に鮮血の丸の描いた機体と出会ったならば、決して(・・・) 戦うな(・・・) 。すぐに引き返せ。

――青い海から、奴らは、現れる。


 空には紅丸。悠然と舞う一つの翼。


◇◇◇


 次に目が覚めた時、

 果てしない沼地から逃れる夢から覚めた時、

 沼から伸びる幾多無数の手に捕まった時、

 

「――!!」


 視界に入ってくる光景に、明らかな既視感があった。

 聴覚に入ってくる騒音に、明らかな違和感があった。


 小さな窓から入る空はきれいな青色で。


「何事だ!?」


 慌てて飛行甲板に飛び出した。

 しかし、そこにあったのは、爆装した戦闘機群と油臭い整備兵ではなく。

――歓喜に満ちた人たちが。


 皆一様に前方甲板により、その方向へ叫んでいる。


――そうか、


「着いたのか」


 私の故郷にして、帝国最大の軍港、レクレに。

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