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ステップ・バイ

手が届かないやつ ~ステップ・バイ

作者: 時司 龍
掲載日:2026/06/07

 鈴木(すずき)はウイスキーを喉に流し込みながら、少し離れた場所にいる(ひびき)雅臣(まさおみ)へ視線を向けた。自分より幾つか若いだけのはずなのに、不思議なくらい変わらない。


 もちろん細かく見れば違う。目尻には年齢相応の皺が刻まれたし、若い頃の尖った輪郭も少しだけ柔らかくなった。それでも整った顔立ちは健在で、柔らかな笑みを浮かべているだけで自然と人の視線を集める。談笑していた若手タレントが響に気づいて会釈をしていく。派手な美形ではない。だが、気づけば目で追ってしまう不思議な華があった。


 フライデー・ミュージック・パレス。

 鈴木が初めて一から立ち上げた番組。


 二時間生放送の音楽番組など正気の沙汰ではない。それを毎週やるなんて、頭がおかしいのか。季節ごとの特番でいいだろう。そんなもの続かない。企画を持ち込んだ当時、会議では何度もそう言われた。

 視聴率が取れない。スポンサーが集まらない。今の時代に長尺の音楽番組なんて無理だ。誰も見ない。

 本当に散々だった。反対意見ばかり。


 それでも番組は今も続いている。

 20年ちょっと。


 前半は数組のアーティストを迎え、1曲ずつ披露してもらう。後半は1組に焦点を当て、数曲のライブとトークをじっくり届ける構成だ。


 生放送だからこそのハプニングもあった。

 生ならではのトンデモ発言で翌日のニュースを賑わせたこともあれば、ステージ上では見せない素顔に新たなファンがついた事もある。

 視聴者は見続けてくれた。一応台本はある。アーティストもCDやライブの宣伝のためにやってくるのだ。だが、生だからこその本人の飾らない言葉も、予定調和では終わらない空気も、生放送だからこそ生まれる熱量として受け入れられてきたのだ。


 ここまで続いた理由を一つ挙げろと言われたら、鈴木は迷わず響雅臣の名前を出す。相方の局アナは何人も変わった。若手もいた。ベテランもいた。女子アナだけじゃなく、男性アナウンサーが担当した時期もあった。

 だが、響だけは変わらなかった。変われなかったのではない。変わる必要がなかったのだ。


「何をそんなに見てるんです?」

 隣から声がした。

 振り返ると、響本人がグラスを片手に立っている。いつの間に移動してきたのか。こういうところも昔からだ。


 気づけば人の懐に入り込んでいる。

「いや」

 鈴木は小さく笑った。

「改めて考えると、よく続いたなと思って」

「ああ、番組?」

「二時間の音楽番組なんて、企画書出した時は全員反対だった」

「俺も反対した記憶ありますけど」

「お前は初回会議で『長いですね』って言っただけだろ」

「十分反対じゃないですか」


 響が肩をすくめながら、「失礼」と言って向かいの席に座る。

 その仕草に、鈴木は思わず吹き出した。

「でも結局やった」

「仕事ですからね。何だってやりますよ」

「それだけじゃないだろ」

 鈴木はグラスを軽く揺らした。


「当時のお前、まだ中堅に片足突っ込んだくらいだったな」

「そんな頃でしたっけ」

「そんな頃だよ」

 今でこそ誰もが知る司会者だが、当時はまだ評価が定まっていなかった。俳優としてもそこそこは売れていた。バラエティもまあ出ていた。売れていないわけではない。そこそこ。主役級でもなければ、絶対的な視聴率男でもない。

 業界内の評価は悪くなかったが、二時間生放送の顔に据えるには実績が足りない。少なくとも周囲はそう考えていた。


 だから反対された。


 鈴木自身も成功を確信していたわけではない。それでも響に賭けた。

「正直言うと」

 鈴木は少しだけ声を落とした。

「顔で選んだわけじゃない」

「失礼だなぁ。鈴木さん」

「イケメン枠にしては少し違うし」

「さらに失礼だなぁ」

「三枚目にするには格好良すぎる」

「褒めてます、それ?」

「褒めてる」

 響は苦笑した。

 鈴木は続ける。

「でも、お前には華があった」

 響が少しだけ黙る。

「それも、若手特有のギラギラした華じゃない」

「・・・」


 鈴木は何人ものタレントを見てきた。

 スターは大勢いた。出るだけで視聴率が取れるような人間もいたし、ステージに立つだけで視線を集めるような人間もいた。だが、スターと司会者は違う。スターが強すぎれば、番組そのものが乗っ取られる。その人のためだけの舞台装置に成り下がる。

 司会者には、絶妙な均衡が求められた。目立ち過ぎてもいけない。目立たな過ぎてもいけない。ちょうどいいバランス。


 響はちょうど良かった。自分が目立ちながら、相手も目立たせる。簡単そうでいて難しい才能だった。話しやすい空気を作り、見せ場を引き出し、気付けば視線の中心を相手へ移している。

 それでいて、自分の存在感は決して消えない。


「だから起用した」

「へぇ。初めて聞きましたよ」

「もっと俺に感謝しろ」

「十分してますよ。おかげで妻子を食わしていけるし。子供も学校にやれている」

 響は笑う。その顔は、昔と変わらない。いや、少し違うか。若い頃はやっぱり、自分が前へ出る事しか考えていなかったと思う。


 今は違う。

 周囲を見ている。番組全体を見ている。人を見ている。気づけば司会者というより座長だった。最近はパレスの支配人と呼ばれている事も知っている。


「最近の若い子達も面白いですよ」

 響が不意に言った。ふと視線を横へ流し、軽くグラスを持ち上げる。 誰かへの挨拶らしい。

 鈴木は眉を上げた。

  「誰かいたの?」

  「ちょっとね」

 響は曖昧に笑う。その笑い方は昔から変わらない。誤魔化す時の顔だ。

 鈴木は何となく後ろを振り返った。そして納得する。

  「ああ」

 そこにいたのは九条(くじょう)薔子(しょうこ)だった。芸能界には美人もイケメンも掃いて捨てるほどいる。だが、ごく稀に説明のつかない存在がいる。画面越しでも目を引くのに、実物を見るとさらに目が離せなくなる人間。


 九条薔子はまさにそれだった。


 派手なドレスを着ているわけでもない。むしろ装いは上品で落ち着いている。それなのに、その場の空気が自然と彼女を中心に回っているように見える。


 こういうのをオーラがあると言うのだろう。


 その隣には、ひときわ背の高い若い女性が立っていた。モデルかと思うほど手足が長い。華奢なのに存在感がある。薔子の隣に立っても埋もれていない。

 こちらの視線に気づいたのか、その女性はぺこりと頭を下げた。


 どこかで見た顔だ。確実に知っているはず、なのに名前が出てこない。

「誰だっけ?」

 鈴木が首をひねると。

「ボケるには早いよ、鈴木さん」

 響が呆れたように笑った。

「ミュージック・パレスで転びそうになって、佐伯(さえき)君に抱っこされた子」

「あーっ!」

 思わず声が出た。 周囲の視線が一瞬こちらを向く。 鈴木は慌てて口を押さえた。

「すまん、思い出した」

 氷室(ひむろ)結流(ゆきる)。若手女優。今や知らない人間の方が少ない。

 だが鈴木の脳裏に浮かんだのは、ドラマじゃない。

 ほぼほぼ管理職側に回されるようになっても、ミュージック・パレスの現場には未だに足を運んでしまう。


 その時見た、あの日。

 階段を下りる途中で、氷室結流の足がわずかに乱れた。一瞬だった。緊張からか、段差を踏み外しかけたのだ。


 鈴木の背筋が冷える。

 怪我するぞ、足首捻挫くらいで済めばいいけど、どこの事務所だったか? 社長は誰だっけ? 放送後、すぐ謝罪の連絡を入れて・・・菓子折り持って事務所に挨拶に・・・瞬時にそう思った。


 その瞬間、隣にいた佐伯(さえき)(つむぎ)が反射的に手を伸ばした。倒れかけた結流の身体を支え、そのまま抱き留める形になる。まるで計算された演出のようだった。もちろん実際は違う。


 ただの偶然。


 たった数秒。


 本当にそれだけだった。


 だがテレビというのは時に恐ろしい。それだけで人の記憶に残る。幾らオールドメディアと皮肉られようと、まだまだその影響力は捨てたものじゃない。


「瞬間視聴率、すごかったな」

「らしいね」

「らしいねじゃないだろ」

 響は他人事のように言う。


 だが現場は大騒ぎだった。放送終了後には切り抜き動画が瞬く間に拡散された。関連ワードが一気にトレンド入り。ネットニュースもこぞって取り上げた。

 氷室結流が出演していたドラマ『ステップバイ』の公式サイトにはアクセスが殺到し、一時的に閲覧しづらくなったという報告まで上がった。翌週の会議資料にも数字が載っていたはずだ。サイト流入数。関連動画の再生回数。どれも異常な伸びを示していた。


 鈴木は思わず苦笑する。

 制作側が何週間も頭を悩ませて作った企画より、たった数秒の偶然が大きな反響を呼ぶ事がある。

 だからテレビは面白い。

 そして厄介なのだ。

「スポンサー連中は、喜んでたぞ」

「それは良かったね」

「オマエな」

 鈴木は呆れたように笑う。

 この男は昔からこうだ。自分の周りに無頓着すぎる。


「しかし」

 鈴木は再び氷室結流へ目を向けた。

 九条薔子と話している姿は自然だった。ただ可愛いだけではない。ただ綺麗なだけでもない。場数を踏んできた人間特有の落ち着きがある。 まだこの業界に入って1年2年だったはずなのに。

「売れたな」

 ぽつりと呟く。

「今からでしょ」

 響も同じ方向を見ながら言った。


 鈴木は横目で響を見る。なるほど。さっき薔子のところにいた理由も何となく分かった気がした。

「にしても、響さんが珍しい」

 鈴木がそう言うと、響は小さく首を傾げた。

「何が?」

「若い子をそこまで気に掛けるの」

 昔から後輩の面倒見は悪くなかった。だが、どちらかと言えば向こうから寄ってくるタイプ。仕方ないなって顔して、出来る事くらいはしてやっていたはずだ。

 自分から近づいていく印象はあまりない。

 響はグラスをくるりと回した。


「そんなわけじゃないけど」

 一拍置いてから続ける。

「最近は一人でステージに立てる子、少なくなったでしょ」

 鈴木は思わず黙った。その言葉だけで、脳裏に幾つものグループ名が浮かぶ。男性グループならSTELLA(ステラ)-Roots(ルーツ)Antidote(アンティドート)。他にも何組か。女性アイドルグループも同じだ。

 人気はある。ファンも多い。視聴率も取れる。

 ドームを埋めるグループだっている。


 だが・・・。

「グループの時代だからな」

 鈴木がそう言うと、響は小さく頷いた。

「感傷だと笑ってくれても構わないんですけど」

 響はグラスを口元へ運ぶ。琥珀色の液体を一口含み、静かに飲み込んでから続けた。

「今のグループの子達って、昔と違って気合の入り方が違うなあって」

「気合?」

「勿論、今の子達は今の子達で大変な事はあると思いますよ」

 響は少し考えるように言葉を選ぶ。


「でも昔はもっと・・・何というか、剥き出しだった気がするんです」


 鈴木は苦笑した。自分の事も含めて、の発言だろうな。その感覚は分からなくもない。

「熱があっても出てきて、周りにうつさないようにギリギリまで楽屋にこもって」

「ああ」

「何なら急遽、屋外ステージに移された子とか」

「あー、いましたねぇ」

 思わず声が漏れた。鈴木の脳裏に幾人かの顔が浮かぶ。感染症対策が今ほど整っていなかった時代。

 それでも番組は止まらない。

 本人も休まない。

 スタッフも休ませない。

 今なら問題になるような話も少なくなかった。


「まあ、人間だから」

 響が肩をすくめる。

「体調を崩す事もある。出られなくなる事もある」

「ありますねぇ。そういう時、事務所は大変なんですよ。慌てて頭を下げに来る。土下座された事もあります」

 鈴木の口元に笑みが浮かぶ。


「代わりに使ってくださいって」


 響も笑った。

「あったあった」

「売り出し中の子とか」

「事務所の四番手、五番手あたりな」

「そうそう」

 完全に同じ記憶を思い出していた。


 生放送の2・3時間前。スタジオではもうリハも始まっている。スタッフはタイムスケジュールと睨めっこをしながら走り回り、音声や照明も最終調整に入っている。


 だが、来ない。


 そんな時だ。連絡の電話が入る。嫌な予感しかしない。

 そして大抵、その予感は当たる。

『申し訳ありません』

『出演が難しくなりまして』

 急な体調不良。移動トラブル。時には本人の怪我。理由は様々だが、結果は同じだ。


 出演キャンセル。


 現場の空気が一瞬で変わる。制作陣は差し替えの段取りに追われ、進行表は真っ赤になる。誰もが時計を見る。時間だけが容赦なく迫る。


 そこへ飛び込んでくるのだ。

 顔面蒼白になった事務所のマネージャーが。


『代わりならいます!』


 そう言って、まだ世間にはほとんど知られていない若手を連れてくる。事務所が大事に育てている期待株。あるいは、なかなか芽の出ない中堅。デビューしているのに代表作がない。才能があると言われているのに、あと一歩が届かない。


「Tシャツ、ジーンズで。私服そのままとかね」

「いたねぇ。私服ですみませんって言いながら、楽屋に挨拶に来た子とか。本当に、捕まえられてきた感じで」


 そんな勢いで。


「で、その子達も」

 響は少し楽しそうに言った。

「せっかくのチャンスだから、ものすごい実力以上で歌ったりしてね」

「いましたねぇ」

 鈴木は思わず笑う。


 本当にいた。


 リハーサルなんてしている余裕もない。音合わせも出来ない。

 本当に本番直前に飛び込んできて、そのまま。

 衣装もないままステージに上がった。


 青い顔をして大階段の上に立っていたから、大丈夫かと少し心配になったくらいだ。手は震えている。今にも逃げ出しそうな顔をしている。


 それなのに、本番になった途端に化けた子。人生で一度しかないかもしれない機会を前に、信じられない集中力を見せた。


 そんな覚悟が、才能を無理やり引きずり出す。そんな瞬間を何度か見てきた。


 あの頃の現場には、そういうむき出しの執念があった。


「そうやって注目されて」

 響が静かに言う。

「売れた子もいたねぇ」

「いたなぁ」

 鈴木も頷いた。

 代役から始まったスターはあの子だけじゃない。


 たまたま巡ってきた五分。


 チャンスの女神は前髪しかない。


 その前髪を掴んだ子達。その僅かな時間を掴んで人生を変えた子達。そのままなら誰にも知られず、消えていっただろう。今では誰もが知るアーティストになった者もいる。実力があっても才能があっても、それだけじゃ足りないのが、この業界だ。


 しばらく二人の間に静かな時間が流れた。


 会場のあちこちで笑い声が上がる。

 グラスがふれ合う音。

 誰かの談笑。

 華やかな空気の中にいても、響だけは少し違う場所を見ているように思えた。

 鈴木は横目でその表情を見る。

 懐かしんでいる。

 そんな顔だった。

 昔の栄光を語りたいわけではない。今を否定したいわけでもない。ただ、あの頃、確かに存在した熱量を思い出している。

 そんな風に見えた。


 響はしばらくグラスの中の氷を眺めていた。

 その横顔を見ながら、鈴木は響の言葉を思い返す。


 一人で立てる子。

 今は少ない。


 響が言いたかったのは、単純な実力の話ではないのだろう。

 ステージに立つ覚悟。あるいは、自分一人で評価も責任も背負う覚悟。

 そういう話だ。


「グループ自体は悪くないんだけどね」

 響がぽつりと言った。

「時代だから」

「ああ」

「グループの良さもあるし」


 鈴木も頷く。

 実際、今のグループアイドル達のレベルは高い。歌も踊りも上手い。仲の良さも魅力になる。個性の違う人間が集まる事で、幅広いファンを獲得できる。

 それは間違いなく時代に合った形だった。


「ただ」

 響が少しだけ肩をすくめる。

「今はグループの時代だから、誰か一人いなくても何とかなるわけよ」

「まあな」

「体調を崩しても、グループ自体は出演できてるしね」

「そう」

 鈴木は苦笑した。

「グループが残っていれば、休んでも一応戻ってくる席は残っている」

 その言葉には責める響きはなかった。ただ事実として語っているだけだ。


「熱が出てても出てこいとは言わないけどさ」

 鈴木はグラスを傾ける。

「昔の子達とはやっぱり覚悟が違うかなぁ」

 響が吹き出した。

「鈴木さん」

「ん?」

「パワハラ、モラハラって言われるよ」

「響さん相手以外には言わないよ」


 二人とも笑う。

 実際、その手の価値観が通用しない時代になった事くらい分かっている。鈴木自身、若手スタッフの前でこんな話をするつもりはなかった。ただ、長く同じ業界にいる人間同士だからこそ出る昔話というだけだ。


「まあ」

 鈴木はグラスをテーブルへ戻した。

「スターって言われる子はいなくなったね」

 響が少しだけ眉を上げる。

「グループ内でわちゃわちゃして?」

「そうそう」

 鈴木は頷いた。


「ガチ恋とかリア恋とかって言葉ができたのも最近でしょ」

「ああ」

「昔から芸能人に恋してる子達はいたよ」

 アイドルのポスターを部屋に貼る。ブロマイドを集める。コンサートへ通う。出待ちする。追っかけする。

 そういうファンは昔からいた。


 だが。

「本気で恋人になれるなんて、誰も思ってなかったでしょ」

 響が笑う。

「高嶺の花ってやつね」

「そう」

 鈴木は深く頷いた。

 昔のスターは遠かった。テレビの向こう側にいる存在だった。今のように毎日写真投稿もしない。動画配信もしない。本人が本当に何を好きなのか、休日何をしているかも知らない。知る必要もなかった。雑誌インタビューの作られたQ&Aが全て。


 会えるかもしれない。話せるかもしれない。そんな期待すら持たせないほど遠くにいた。

 だからこそ憧れられた。だからこそ眩しかった。追いかけた。


 そして、夢を見た。


 スターとはそういう存在だった。現実の人間でありながら、どこか現実ではない。まるで物語の登場人物のような。本物の、偶像(アイドル)だった。


 鈴木は少し考える。言葉を選びながら続けた。

「今はちょっとだけ可愛い子達を寄せ集めたって感じなんだよな」

「厳しいなあ」

「でも事実でしょ」

 響は否定しなかった。

 鈴木も別に悪く言いたいわけではない。今のアイドル文化を否定したいわけでもない。距離が近いからこそ生まれる魅力もある。実際、それで救われているタレントも大勢いる。目指している場所が違うのだ。


 ただ・・・。

「スターじゃないのよ」

 鈴木は静かに言った。


「親近感があるのが売りだから」

「うん」

「隣にいてくれそうな子達」

「うん」

「手が届きそうな子達」

 響は小さく笑う。

「相川さん辺りにでも聞かれたら、『オタクの番組に、うちのグループは今後一切出しません』って言われますよ」

 鈴木も笑う。

「やめてくださいよ。あそこのグループも少しは出てもらわないと番組が困るんですから」


 響は小さく笑いながら、視線を横へ流した。

 その先を追うように、鈴木も会場を見渡す。華やかな顔ぶれだった。今をときめくアイドル。若手俳優。タレント。名前を聞けば誰もが知っている人間ばかりだ。


「でも、たまにいるんですよね、まだ」

 響が静かに言った。

「手が届かないやつ」

 その言葉に、鈴木は隣を見る。


 響の目がわずかに細められていた。獲物を見つけた、というほど露骨ではない。だが、この男が誰かに興味を持った時の顔だった。

 鈴木はその変化を見逃さない。

 長年付き合ってきたから分かる。響雅臣は人を見る目がある。売れる人間。伸びる人間。消える人間。その見極めは驚くほど外さない。


 視線の先には九条(くじょう)薔子(しょうこ)がいた。

 そして、その隣に立つ氷室(ひむろ)結流(ゆきる)

 いつの間に合流したのか、阿久津(あくつ)(じゅん)霧島(きりしま)シャルルの姿も見える。


 四人とも自然に談笑している。

 誰かが主役というわけではない。だが、不思議と周囲の空気がそこへ引き寄せられていた。

 鈴木は小さく息を吐く。


 なるほど、と。


 一人でステージに立てる子。

 響が言っていたのは、こういう人間達のことなのだろう。


 九条薔子は言うまでもない。

 阿久津潤も霧島シャルルも、それぞれが主役を張れるだけの実績を持っているし。名脇役として主役を支える事も出来る。


 そして氷室結流もまた、その輪の中で少しも見劣りしていなかった。


 顔がいい人間なら幾らでもいる。歌が上手いのも。ダンスが上手いのも。芝居が上手いのも。バラエティで気の利いた発言できるのも。この業界には本当に掃いて捨てるほどいる。

 才能がある。そんな言葉だけでは説明がつかない。同じ芸能人でも、どこか種類が違うのだ。


 人気者とも違う。売れっ子とも違う。


 ただそこに立っているだけで目を引く。何か特別な事をしているわけではない。声を張り上げるわけでも、派手に振る舞うわけでもない。

 それなのに視線が吸い寄せられる。

 その場の空気を変えてしまう。

 そんな存在。

 鈴木はグラスを傾けながら思う。


 今の時代にも確かにいる。

 数は少ないが。

 スターという言葉が古いのなら、別の呼び方でもいい。

 だが鈴木には、それ以外の言葉が思い浮かばなかった。


読んでくださってありがとうございます(*_ _)

ポイントを入れてもらえると、嬉しいです。

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