手が届かないやつ ~ステップ・バイ
鈴木はウイスキーを喉に流し込みながら、少し離れた場所にいる響雅臣へ視線を向けた。自分より幾つか若いだけのはずなのに、不思議なくらい変わらない。
もちろん細かく見れば違う。目尻には年齢相応の皺が刻まれたし、若い頃の尖った輪郭も少しだけ柔らかくなった。それでも整った顔立ちは健在で、柔らかな笑みを浮かべているだけで自然と人の視線を集める。談笑していた若手タレントが響に気づいて会釈をしていく。派手な美形ではない。だが、気づけば目で追ってしまう不思議な華があった。
フライデー・ミュージック・パレス。
鈴木が初めて一から立ち上げた番組。
二時間生放送の音楽番組など正気の沙汰ではない。それを毎週やるなんて、頭がおかしいのか。季節ごとの特番でいいだろう。そんなもの続かない。企画を持ち込んだ当時、会議では何度もそう言われた。
視聴率が取れない。スポンサーが集まらない。今の時代に長尺の音楽番組なんて無理だ。誰も見ない。
本当に散々だった。反対意見ばかり。
それでも番組は今も続いている。
20年ちょっと。
前半は数組のアーティストを迎え、1曲ずつ披露してもらう。後半は1組に焦点を当て、数曲のライブとトークをじっくり届ける構成だ。
生放送だからこそのハプニングもあった。
生ならではのトンデモ発言で翌日のニュースを賑わせたこともあれば、ステージ上では見せない素顔に新たなファンがついた事もある。
視聴者は見続けてくれた。一応台本はある。アーティストもCDやライブの宣伝のためにやってくるのだ。だが、生だからこその本人の飾らない言葉も、予定調和では終わらない空気も、生放送だからこそ生まれる熱量として受け入れられてきたのだ。
ここまで続いた理由を一つ挙げろと言われたら、鈴木は迷わず響雅臣の名前を出す。相方の局アナは何人も変わった。若手もいた。ベテランもいた。女子アナだけじゃなく、男性アナウンサーが担当した時期もあった。
だが、響だけは変わらなかった。変われなかったのではない。変わる必要がなかったのだ。
「何をそんなに見てるんです?」
隣から声がした。
振り返ると、響本人がグラスを片手に立っている。いつの間に移動してきたのか。こういうところも昔からだ。
気づけば人の懐に入り込んでいる。
「いや」
鈴木は小さく笑った。
「改めて考えると、よく続いたなと思って」
「ああ、番組?」
「二時間の音楽番組なんて、企画書出した時は全員反対だった」
「俺も反対した記憶ありますけど」
「お前は初回会議で『長いですね』って言っただけだろ」
「十分反対じゃないですか」
響が肩をすくめながら、「失礼」と言って向かいの席に座る。
その仕草に、鈴木は思わず吹き出した。
「でも結局やった」
「仕事ですからね。何だってやりますよ」
「それだけじゃないだろ」
鈴木はグラスを軽く揺らした。
「当時のお前、まだ中堅に片足突っ込んだくらいだったな」
「そんな頃でしたっけ」
「そんな頃だよ」
今でこそ誰もが知る司会者だが、当時はまだ評価が定まっていなかった。俳優としてもそこそこは売れていた。バラエティもまあ出ていた。売れていないわけではない。そこそこ。主役級でもなければ、絶対的な視聴率男でもない。
業界内の評価は悪くなかったが、二時間生放送の顔に据えるには実績が足りない。少なくとも周囲はそう考えていた。
だから反対された。
鈴木自身も成功を確信していたわけではない。それでも響に賭けた。
「正直言うと」
鈴木は少しだけ声を落とした。
「顔で選んだわけじゃない」
「失礼だなぁ。鈴木さん」
「イケメン枠にしては少し違うし」
「さらに失礼だなぁ」
「三枚目にするには格好良すぎる」
「褒めてます、それ?」
「褒めてる」
響は苦笑した。
鈴木は続ける。
「でも、お前には華があった」
響が少しだけ黙る。
「それも、若手特有のギラギラした華じゃない」
「・・・」
鈴木は何人ものタレントを見てきた。
スターは大勢いた。出るだけで視聴率が取れるような人間もいたし、ステージに立つだけで視線を集めるような人間もいた。だが、スターと司会者は違う。スターが強すぎれば、番組そのものが乗っ取られる。その人のためだけの舞台装置に成り下がる。
司会者には、絶妙な均衡が求められた。目立ち過ぎてもいけない。目立たな過ぎてもいけない。ちょうどいいバランス。
響はちょうど良かった。自分が目立ちながら、相手も目立たせる。簡単そうでいて難しい才能だった。話しやすい空気を作り、見せ場を引き出し、気付けば視線の中心を相手へ移している。
それでいて、自分の存在感は決して消えない。
「だから起用した」
「へぇ。初めて聞きましたよ」
「もっと俺に感謝しろ」
「十分してますよ。おかげで妻子を食わしていけるし。子供も学校にやれている」
響は笑う。その顔は、昔と変わらない。いや、少し違うか。若い頃はやっぱり、自分が前へ出る事しか考えていなかったと思う。
今は違う。
周囲を見ている。番組全体を見ている。人を見ている。気づけば司会者というより座長だった。最近はパレスの支配人と呼ばれている事も知っている。
「最近の若い子達も面白いですよ」
響が不意に言った。ふと視線を横へ流し、軽くグラスを持ち上げる。 誰かへの挨拶らしい。
鈴木は眉を上げた。
「誰かいたの?」
「ちょっとね」
響は曖昧に笑う。その笑い方は昔から変わらない。誤魔化す時の顔だ。
鈴木は何となく後ろを振り返った。そして納得する。
「ああ」
そこにいたのは九条薔子だった。芸能界には美人もイケメンも掃いて捨てるほどいる。だが、ごく稀に説明のつかない存在がいる。画面越しでも目を引くのに、実物を見るとさらに目が離せなくなる人間。
九条薔子はまさにそれだった。
派手なドレスを着ているわけでもない。むしろ装いは上品で落ち着いている。それなのに、その場の空気が自然と彼女を中心に回っているように見える。
こういうのをオーラがあると言うのだろう。
その隣には、ひときわ背の高い若い女性が立っていた。モデルかと思うほど手足が長い。華奢なのに存在感がある。薔子の隣に立っても埋もれていない。
こちらの視線に気づいたのか、その女性はぺこりと頭を下げた。
どこかで見た顔だ。確実に知っているはず、なのに名前が出てこない。
「誰だっけ?」
鈴木が首をひねると。
「ボケるには早いよ、鈴木さん」
響が呆れたように笑った。
「ミュージック・パレスで転びそうになって、佐伯君に抱っこされた子」
「あーっ!」
思わず声が出た。 周囲の視線が一瞬こちらを向く。 鈴木は慌てて口を押さえた。
「すまん、思い出した」
氷室結流。若手女優。今や知らない人間の方が少ない。
だが鈴木の脳裏に浮かんだのは、ドラマじゃない。
ほぼほぼ管理職側に回されるようになっても、ミュージック・パレスの現場には未だに足を運んでしまう。
その時見た、あの日。
階段を下りる途中で、氷室結流の足がわずかに乱れた。一瞬だった。緊張からか、段差を踏み外しかけたのだ。
鈴木の背筋が冷える。
怪我するぞ、足首捻挫くらいで済めばいいけど、どこの事務所だったか? 社長は誰だっけ? 放送後、すぐ謝罪の連絡を入れて・・・菓子折り持って事務所に挨拶に・・・瞬時にそう思った。
その瞬間、隣にいた佐伯紬が反射的に手を伸ばした。倒れかけた結流の身体を支え、そのまま抱き留める形になる。まるで計算された演出のようだった。もちろん実際は違う。
ただの偶然。
たった数秒。
本当にそれだけだった。
だがテレビというのは時に恐ろしい。それだけで人の記憶に残る。幾らオールドメディアと皮肉られようと、まだまだその影響力は捨てたものじゃない。
「瞬間視聴率、すごかったな」
「らしいね」
「らしいねじゃないだろ」
響は他人事のように言う。
だが現場は大騒ぎだった。放送終了後には切り抜き動画が瞬く間に拡散された。関連ワードが一気にトレンド入り。ネットニュースもこぞって取り上げた。
氷室結流が出演していたドラマ『ステップバイ』の公式サイトにはアクセスが殺到し、一時的に閲覧しづらくなったという報告まで上がった。翌週の会議資料にも数字が載っていたはずだ。サイト流入数。関連動画の再生回数。どれも異常な伸びを示していた。
鈴木は思わず苦笑する。
制作側が何週間も頭を悩ませて作った企画より、たった数秒の偶然が大きな反響を呼ぶ事がある。
だからテレビは面白い。
そして厄介なのだ。
「スポンサー連中は、喜んでたぞ」
「それは良かったね」
「オマエな」
鈴木は呆れたように笑う。
この男は昔からこうだ。自分の周りに無頓着すぎる。
「しかし」
鈴木は再び氷室結流へ目を向けた。
九条薔子と話している姿は自然だった。ただ可愛いだけではない。ただ綺麗なだけでもない。場数を踏んできた人間特有の落ち着きがある。 まだこの業界に入って1年2年だったはずなのに。
「売れたな」
ぽつりと呟く。
「今からでしょ」
響も同じ方向を見ながら言った。
鈴木は横目で響を見る。なるほど。さっき薔子のところにいた理由も何となく分かった気がした。
「にしても、響さんが珍しい」
鈴木がそう言うと、響は小さく首を傾げた。
「何が?」
「若い子をそこまで気に掛けるの」
昔から後輩の面倒見は悪くなかった。だが、どちらかと言えば向こうから寄ってくるタイプ。仕方ないなって顔して、出来る事くらいはしてやっていたはずだ。
自分から近づいていく印象はあまりない。
響はグラスをくるりと回した。
「そんなわけじゃないけど」
一拍置いてから続ける。
「最近は一人でステージに立てる子、少なくなったでしょ」
鈴木は思わず黙った。その言葉だけで、脳裏に幾つものグループ名が浮かぶ。男性グループならSTELLA-Roots。Antidote。他にも何組か。女性アイドルグループも同じだ。
人気はある。ファンも多い。視聴率も取れる。
ドームを埋めるグループだっている。
だが・・・。
「グループの時代だからな」
鈴木がそう言うと、響は小さく頷いた。
「感傷だと笑ってくれても構わないんですけど」
響はグラスを口元へ運ぶ。琥珀色の液体を一口含み、静かに飲み込んでから続けた。
「今のグループの子達って、昔と違って気合の入り方が違うなあって」
「気合?」
「勿論、今の子達は今の子達で大変な事はあると思いますよ」
響は少し考えるように言葉を選ぶ。
「でも昔はもっと・・・何というか、剥き出しだった気がするんです」
鈴木は苦笑した。自分の事も含めて、の発言だろうな。その感覚は分からなくもない。
「熱があっても出てきて、周りにうつさないようにギリギリまで楽屋にこもって」
「ああ」
「何なら急遽、屋外ステージに移された子とか」
「あー、いましたねぇ」
思わず声が漏れた。鈴木の脳裏に幾人かの顔が浮かぶ。感染症対策が今ほど整っていなかった時代。
それでも番組は止まらない。
本人も休まない。
スタッフも休ませない。
今なら問題になるような話も少なくなかった。
「まあ、人間だから」
響が肩をすくめる。
「体調を崩す事もある。出られなくなる事もある」
「ありますねぇ。そういう時、事務所は大変なんですよ。慌てて頭を下げに来る。土下座された事もあります」
鈴木の口元に笑みが浮かぶ。
「代わりに使ってくださいって」
響も笑った。
「あったあった」
「売り出し中の子とか」
「事務所の四番手、五番手あたりな」
「そうそう」
完全に同じ記憶を思い出していた。
生放送の2・3時間前。スタジオではもうリハも始まっている。スタッフはタイムスケジュールと睨めっこをしながら走り回り、音声や照明も最終調整に入っている。
だが、来ない。
そんな時だ。連絡の電話が入る。嫌な予感しかしない。
そして大抵、その予感は当たる。
『申し訳ありません』
『出演が難しくなりまして』
急な体調不良。移動トラブル。時には本人の怪我。理由は様々だが、結果は同じだ。
出演キャンセル。
現場の空気が一瞬で変わる。制作陣は差し替えの段取りに追われ、進行表は真っ赤になる。誰もが時計を見る。時間だけが容赦なく迫る。
そこへ飛び込んでくるのだ。
顔面蒼白になった事務所のマネージャーが。
『代わりならいます!』
そう言って、まだ世間にはほとんど知られていない若手を連れてくる。事務所が大事に育てている期待株。あるいは、なかなか芽の出ない中堅。デビューしているのに代表作がない。才能があると言われているのに、あと一歩が届かない。
「Tシャツ、ジーンズで。私服そのままとかね」
「いたねぇ。私服ですみませんって言いながら、楽屋に挨拶に来た子とか。本当に、捕まえられてきた感じで」
そんな勢いで。
「で、その子達も」
響は少し楽しそうに言った。
「せっかくのチャンスだから、ものすごい実力以上で歌ったりしてね」
「いましたねぇ」
鈴木は思わず笑う。
本当にいた。
リハーサルなんてしている余裕もない。音合わせも出来ない。
本当に本番直前に飛び込んできて、そのまま。
衣装もないままステージに上がった。
青い顔をして大階段の上に立っていたから、大丈夫かと少し心配になったくらいだ。手は震えている。今にも逃げ出しそうな顔をしている。
それなのに、本番になった途端に化けた子。人生で一度しかないかもしれない機会を前に、信じられない集中力を見せた。
そんな覚悟が、才能を無理やり引きずり出す。そんな瞬間を何度か見てきた。
あの頃の現場には、そういうむき出しの執念があった。
「そうやって注目されて」
響が静かに言う。
「売れた子もいたねぇ」
「いたなぁ」
鈴木も頷いた。
代役から始まったスターはあの子だけじゃない。
たまたま巡ってきた五分。
チャンスの女神は前髪しかない。
その前髪を掴んだ子達。その僅かな時間を掴んで人生を変えた子達。そのままなら誰にも知られず、消えていっただろう。今では誰もが知るアーティストになった者もいる。実力があっても才能があっても、それだけじゃ足りないのが、この業界だ。
しばらく二人の間に静かな時間が流れた。
会場のあちこちで笑い声が上がる。
グラスがふれ合う音。
誰かの談笑。
華やかな空気の中にいても、響だけは少し違う場所を見ているように思えた。
鈴木は横目でその表情を見る。
懐かしんでいる。
そんな顔だった。
昔の栄光を語りたいわけではない。今を否定したいわけでもない。ただ、あの頃、確かに存在した熱量を思い出している。
そんな風に見えた。
響はしばらくグラスの中の氷を眺めていた。
その横顔を見ながら、鈴木は響の言葉を思い返す。
一人で立てる子。
今は少ない。
響が言いたかったのは、単純な実力の話ではないのだろう。
ステージに立つ覚悟。あるいは、自分一人で評価も責任も背負う覚悟。
そういう話だ。
「グループ自体は悪くないんだけどね」
響がぽつりと言った。
「時代だから」
「ああ」
「グループの良さもあるし」
鈴木も頷く。
実際、今のグループアイドル達のレベルは高い。歌も踊りも上手い。仲の良さも魅力になる。個性の違う人間が集まる事で、幅広いファンを獲得できる。
それは間違いなく時代に合った形だった。
「ただ」
響が少しだけ肩をすくめる。
「今はグループの時代だから、誰か一人いなくても何とかなるわけよ」
「まあな」
「体調を崩しても、グループ自体は出演できてるしね」
「そう」
鈴木は苦笑した。
「グループが残っていれば、休んでも一応戻ってくる席は残っている」
その言葉には責める響きはなかった。ただ事実として語っているだけだ。
「熱が出てても出てこいとは言わないけどさ」
鈴木はグラスを傾ける。
「昔の子達とはやっぱり覚悟が違うかなぁ」
響が吹き出した。
「鈴木さん」
「ん?」
「パワハラ、モラハラって言われるよ」
「響さん相手以外には言わないよ」
二人とも笑う。
実際、その手の価値観が通用しない時代になった事くらい分かっている。鈴木自身、若手スタッフの前でこんな話をするつもりはなかった。ただ、長く同じ業界にいる人間同士だからこそ出る昔話というだけだ。
「まあ」
鈴木はグラスをテーブルへ戻した。
「スターって言われる子はいなくなったね」
響が少しだけ眉を上げる。
「グループ内でわちゃわちゃして?」
「そうそう」
鈴木は頷いた。
「ガチ恋とかリア恋とかって言葉ができたのも最近でしょ」
「ああ」
「昔から芸能人に恋してる子達はいたよ」
アイドルのポスターを部屋に貼る。ブロマイドを集める。コンサートへ通う。出待ちする。追っかけする。
そういうファンは昔からいた。
だが。
「本気で恋人になれるなんて、誰も思ってなかったでしょ」
響が笑う。
「高嶺の花ってやつね」
「そう」
鈴木は深く頷いた。
昔のスターは遠かった。テレビの向こう側にいる存在だった。今のように毎日写真投稿もしない。動画配信もしない。本人が本当に何を好きなのか、休日何をしているかも知らない。知る必要もなかった。雑誌インタビューの作られたQ&Aが全て。
会えるかもしれない。話せるかもしれない。そんな期待すら持たせないほど遠くにいた。
だからこそ憧れられた。だからこそ眩しかった。追いかけた。
そして、夢を見た。
スターとはそういう存在だった。現実の人間でありながら、どこか現実ではない。まるで物語の登場人物のような。本物の、偶像だった。
鈴木は少し考える。言葉を選びながら続けた。
「今はちょっとだけ可愛い子達を寄せ集めたって感じなんだよな」
「厳しいなあ」
「でも事実でしょ」
響は否定しなかった。
鈴木も別に悪く言いたいわけではない。今のアイドル文化を否定したいわけでもない。距離が近いからこそ生まれる魅力もある。実際、それで救われているタレントも大勢いる。目指している場所が違うのだ。
ただ・・・。
「スターじゃないのよ」
鈴木は静かに言った。
「親近感があるのが売りだから」
「うん」
「隣にいてくれそうな子達」
「うん」
「手が届きそうな子達」
響は小さく笑う。
「相川さん辺りにでも聞かれたら、『オタクの番組に、うちのグループは今後一切出しません』って言われますよ」
鈴木も笑う。
「やめてくださいよ。あそこのグループも少しは出てもらわないと番組が困るんですから」
響は小さく笑いながら、視線を横へ流した。
その先を追うように、鈴木も会場を見渡す。華やかな顔ぶれだった。今をときめくアイドル。若手俳優。タレント。名前を聞けば誰もが知っている人間ばかりだ。
「でも、たまにいるんですよね、まだ」
響が静かに言った。
「手が届かないやつ」
その言葉に、鈴木は隣を見る。
響の目がわずかに細められていた。獲物を見つけた、というほど露骨ではない。だが、この男が誰かに興味を持った時の顔だった。
鈴木はその変化を見逃さない。
長年付き合ってきたから分かる。響雅臣は人を見る目がある。売れる人間。伸びる人間。消える人間。その見極めは驚くほど外さない。
視線の先には九条薔子がいた。
そして、その隣に立つ氷室結流。
いつの間に合流したのか、阿久津潤と霧島シャルルの姿も見える。
四人とも自然に談笑している。
誰かが主役というわけではない。だが、不思議と周囲の空気がそこへ引き寄せられていた。
鈴木は小さく息を吐く。
なるほど、と。
一人でステージに立てる子。
響が言っていたのは、こういう人間達のことなのだろう。
九条薔子は言うまでもない。
阿久津潤も霧島シャルルも、それぞれが主役を張れるだけの実績を持っているし。名脇役として主役を支える事も出来る。
そして氷室結流もまた、その輪の中で少しも見劣りしていなかった。
顔がいい人間なら幾らでもいる。歌が上手いのも。ダンスが上手いのも。芝居が上手いのも。バラエティで気の利いた発言できるのも。この業界には本当に掃いて捨てるほどいる。
才能がある。そんな言葉だけでは説明がつかない。同じ芸能人でも、どこか種類が違うのだ。
人気者とも違う。売れっ子とも違う。
ただそこに立っているだけで目を引く。何か特別な事をしているわけではない。声を張り上げるわけでも、派手に振る舞うわけでもない。
それなのに視線が吸い寄せられる。
その場の空気を変えてしまう。
そんな存在。
鈴木はグラスを傾けながら思う。
今の時代にも確かにいる。
数は少ないが。
スターという言葉が古いのなら、別の呼び方でもいい。
だが鈴木には、それ以外の言葉が思い浮かばなかった。
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