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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

サバイバル ゲーム

作者: 黒神 霧人

本作はサバイバルゲーム参加者達の殺し合いを描いたバイオレンスホラーです。

それなりの残虐描写がいたるところに登場しますので苦手な方はご注意ください。

又性的言語も一部登場しますのでご了承ください。

第一章運命の朝

「行ってきまーす」

ガチャリと宮下家の玄関が開きそこから長女の真由美が飛び出した。

セーラー服にスクールバックという服装で。

彼女はこれから私立良能制第一高校に登校するのだ。

良能制第一高校は日本全国でも有数の秀才ばかりが集う高校で滅多に入れる場所ではない。

しかし真由美は持ち前の頭脳と努力によって入学することに成功した。

それが一年前のことだった。

つまり彼女は今二年生だ。

いつものように通学路を歩く。

「……!」

どこかから視線を感じた。

不審に思いあたりを見回す。

何かが曲がり角に隠れるのが見えた。

「やだ……」

恐怖心から彼女は走りだした。

ひたすら走った。

学校は目前だ。

ドタドタドタ!

背後に数人の足音を感じた。

徐々に近づいてくる。

相手は明らかに真由美よりも早い。

やだ……追いつかれちゃう!

校門が見えてきた。

何かの手がスクールバッグに触れた。

「いや……!」

それを振り払う。

何かがダサリと地面に倒れた。

彼女は踵を返し走り出した。

彼女に一瞬だけ相手の姿が見えた。

相手は明細スーツなど特殊部隊並みの服装だった。

しかしそんなことを考える時間が彼女にあるはずがなく彼女は校舎に駆けて行った。

放課後。

彼女は部活動を終え下校しようとしていた。

あの人たちもういないかな……。

真由美は不安で仕方がなかった。

「真由美〜」

真由美が振り返ると彼女の親友の清水裕子がこちらに走ってきていた。

「剣道部の合宿じゃなかったの?」

「うん、でも親友が恐怖に怯えてるのに一人で帰らせるわけにはいかないからね」

「裕子……」

真由美は親友である裕子に朝のことを相談していた。

「もし真由美を襲うことがあったら、これで返り討ちにしてやる」

裕子が竹刀を振りかながら言った。

「ありがとう……」

裕子の実力は剣道部の中でも格段に上の方だった。

「さあ、帰ろう」

裕子が竹刀を肩に下げながら言った。

「うん……」

「心配しないの〜あんたにはあたしがついてるんだし、それに警察だって目を光らせてるから大丈夫だよ」

裕子がにこっと笑って言った。

「うん……そうだよね」

真由美と裕子は校門を出た。

帰り道を歩いていく。

暗がりの路地に入った。

真由美はごくりと唾を呑んだ。

裕子も警戒態勢を取った。

ドタドタドタ!

朝と同じ足音が背後から近づいてきた。

真由美は恐怖心で凍りついた。

「せい!」

追跡者の手が真由美に届くより早く裕子が竹刀を振り払った。

「う!」

それが追跡者の手に当たった。

「真由美逃げて!」

裕子は竹刀をバッグから出し構えながら言った。

「でも……裕子が」

たとえ剣道部で腕利きの裕子でもプロの人間に勝てるわけがない。

「いいから、行って!」

「で、でも……」

「いいから行けって!」

裕子が叫んだ。

「ごめんね……」

真由美は踵を返して走り出した。

本気で走る。

それ以上の力を出して走る。

しかし普段走らない真由美に取って本気のダッシュは苦行だった。

足がもつれて転びそうになる。

しかし体制を整える。

捕まったらもう後はないのだ。

その頃裕子は……。

「あんた達何者なの?」

裕子が言った。

「こ、こんの小娘が!」

裕子に手を殴られた男が叫んだ。

裕子に向かって行こうとする。

「小娘相手に向きにならないでください、ここは私が」

執事風の口調の男が前に歩み出た。

他の者たちと違いスーツを着ていた。

見たところ30代後半で、黒い眼鏡をかけていた。

その男が腰から手斧を取りだした。

お、斧……!、こいつら本当に殺す気なの?

裕子の中に恐怖心が生まれた。

で、でも逃げるわけにはいかない。

裕子は竹刀を構えなおした。

冷や汗が首を伝う。

「怖いのなら逃げてもいいのですよ?」

男が言った。

え?……や、やっぱり逃げた方がいいんじゃない?勝てるわけないし。

何言ってるの、逃がすわけないじゃない。

裕子の自問自答を聞いたように男は言った。

とても残酷な笑みを浮かべて。

「まあ、逃がしませんけどね」

裕子の中にとてつもない戦慄が走った。

やるしかない……やるしかない……。

足が恐怖でガクガクと震えた。

「うわー!!!!!!!!」

裕子が叫びながら男に突進した。

竹刀を振り下ろす。

すごい勢いで。

しかし……。

「おっと」

男はそれをなんなく片手で受け止めた。

「はい、残念〜」

男は冷たく言い放つと手斧を裕子の顔面めがけて振り下ろした。

ぐちゃりという音が静かに響いた。

血と肉片が周囲に飛び散る。

手斧は裕子の顔右半分に突き刺さっていた。

左目を潰し、鼻を潰し、口を裂き……。

今の裕子の顔はかつての面影を残していなかった。

「あ、……あ、……」

裕子が半分裂けた口でそう言いながら地面にどさりと倒れた。

「あ、半分だけなんてのもすっきりしないんで、もう片っ方も行っときますか」

男はそういうと裕子の顔から斧を抜き取った。

激痛が走った。

「ぎゃああああああああああ!!!!!!!!」

裕子は叫んだ。

暴れた。

しかし他の者たちに抑えてけられ、動けない。

やだ、やめて……死にたくない!。

裕子は心の中で叫んだ。

「お……お願い……やめて」

裕子は右半分が裂けた唇でそう言った。

これ以上痛いのはいや……。

「う〜んどうしましょうか」

男はしばらく考えてから言った。

「分かりました、今回は見逃しましょう」

え……本当!

裕子は嬉しさで爆発しそうだった。

「……というのは冗談です」

男が残酷な笑みを浮かべて手斧を振り下ろした。

「いやーーーーーーー!!!!!!!!!!」

裕子の悲鳴と血肉の飛ぶ音だけが夜の路地に響いた。

その頃真由美は近くの交番にたどり着いていた。

「お、おまわりさん!」

真由美は警官の姿を見つけるや否や叫んだ。

「裕子が殺されちゃいます!」

親友がすでにこの世にいないとは知らずに真由美は叫んだ。

「落ち着いて……何があったんだい?」

警官が真由美をなだめるように話しかけた。

「変な集団に襲われて……裕子は私を逃がすために残って・・・・・」

「なんか、複雑だな、ちょっと手帳を持ってくるからイスに座って待ってて」

警官はそういうと奥に消えた。

真由美はへなへなと、取り調べ用デスクの向かいに置いてあるイスに座り込んだ。

「お願い、裕子無事でいて……」

真由美はつぶやいた。

「これに、場所を書いて」

戻ってきた警官が手帳を千切った紙とボールペンを真由美に渡し言った。

「はい……」

真由美はボールペンを握りしめ、早く完成させるべく書き始めた。

学校近くの。

そこまで記入した時だ。

首にチクリと痛みを感じた。

え……、何……?注射器?

意識が薄れていく。

真由美はゆっくりと振り返った。

「ごめんよお譲ちゃん、国際命令なんだ……」

薄れた視界の中で見えたのは、申し訳なさそうな表情の警官、そしてその手に握られている注射器。

いや……捕まりたくない……。

注射された睡眠薬によって真由美は悪夢へと落ちて行った。

第二章悪夢の始まり

「う……」

真由美は意識を取り戻した。

ん……この感触コンクリート?

真由美は目を開けた。

床はコンクリートで出来ているのが確認できた。

何人か人の姿が見えた。

「え……!?」

真由美は立ち上がった。

「どこ……ここ……」

真由美は周囲を見回した。

鉄製の壁が部屋を囲んでいた。

部屋には七つの人が通れるくらいの空間があった。

奥に続いているのだろう。

「あ、あの……ここはどこなんですか?」

真由美は近くにいた若い女に聞いた。

「分からないわ」

女は短く答えた。

真由美は周囲を見回した。

彼女以外に7人。

「お、おおおおお、おねえさーん!」

今まで座り込んでいた肥満体の男が奇妙な首飾りなどをした女に飛びかかった。

「ちょっと、何すんのよ!」

女は必死に男を引きはがそうと抵抗した。

「いいじゃなーい、ん、ぶちゅー」

男が唇を女の顔に近づけようとした。

その時女の平手打ちが男の顔に飛んだ。

バシーンという鋭い音。

「あう!」

男の体がのけぞった。

女の体が解放される。

続けて女のキックが男の顔に飛んだ。

「はうーん!」

男の体が少し吹っ飛んだ。

すごい威力……。

真由美はそう思った。

「触れないで、私は神と交信する選ばれし人よ?だから武術も心得てるの、そんなあたしにあんたみたいな家畜同然の能無しが触れないで、ああ汚らわしい」

女はそう言って服を払った。

「き、きもちい!え、えへへへへへへへ」

男が殴られた場所をさすりながら笑いだした。

「も、もっと殴ってーん!」

男が立ち上がった。

この人どうかしちゃってる……。

真由美は肥満体の男を見て身震いした。

「おねがーいん!」

男が女に向かって行った。

その時。

「おやめください」

一つの壁がくるりと回転しスーツ姿の男が入ってきた。

隠し扉だ。

男の声に肥満体の男も動きを止めた。

全員の視線が男に集中する。

その男に続いて迷彩姿の者たちが数人入ってきた。

その手にはマシンガンが握られていた。

戦争などでよく使われるアサルトライフルタイプのものに見える。

「みなさん、ようこそおいでくださいました」

男が言った。

「おい、待てよ、ここどこだよ!」

ヤクザ風の容貌の男が叫んだ。

「ここはセレブ様達の娯楽の場でございます」

男が冷ややかな笑みで言った。

「娯楽の場?意味わかんねえんだよ!」

ヤクザ風の男がスーツの男に近づいて行った。

「おい、ふざけたことすんじゃねえぞ!」

そう言ってスーツの男に殴りかかった。

しかしスーツの男はそれをなんなくかわし、体制を崩した男の顔に強力な回し蹴りを叩きこんだ。

「うお!」

顔面を蹴られたヤクザ風の男はバランスを崩して床に倒れこんだ。

「暴力はおやめください、今度やったらあなた解体しますよ」

スーツの男が恐ろしい表情で言った。

「わ、分かったよ」

強気だったヤクザの男も実力の差を見せつけられ黙り込んでしまった。

「よろしい」

男は一度咳払いをすると話し始めた。

「みなさんは今回セレブの皆様のために戦いをしてもらいます」

男の言葉に全員が唖然とした。

戦いが何を意味するのかを全員が理解していた。

映画バトルロワイアルの様な地獄絵図になることを……。

「その名もサバイバルゲーム」

男が高らかに告げた。

サバイバルゲーム?よくわからないけど恐ろしいゲームに違いはない……。

真由美の思いを確定させるように男が言った。

「今みなさんがいるのはある館です、これからみなさんには一人ずつこの空間から出て行ってもらいます」

男が七つの空間を指差しながら言った。

「全員違う場所から出てくださいね、同じ場所からでは……分かりますよね」

男は続けた。

「館には武器が隠されています、みなさんにはその武器を使って最後の一人になるまで殺し合いをしてもらいます、せいぜいセレブのみなさんを楽しませる、面白い戦いを見せてくださいね、もし全く戦いが始まらずに全員で協力するよなことになればゲームは強制終了、『お掃除』をさせていただきます」

男が不気味な表情で言った。

「そんなことにならないためにもみなさんすさまじいバトルを見せてくださいね、ではゲーム開始の前に参加者の紹介です」

男がヤクザ風の男に近づき言った。

「この方は澤田龍之介、38歳、暴力団『赤ゆり』の組長」

暴力団……!?。

赤ゆりは最近世間で問題になっている暴力集団だ。

その名前は血で赤くなったゆりの意。

そして次は肥満体の男に近づく。

「この方は岡田桃太郎、35歳、連続レイプ犯」

れ、レイプ犯!?しかも連続……。

次は先ほど岡田を殴り飛ばした女に近づいた。

「この方は篠原そのこ、28歳、自称霊能者」

「自称じゃないし」

篠原が言った。

「私語は控えていただけますか?」

スーツの男が鋭い視線を向けて言った。

「ちぇ、分かったわよ」

篠原は舌打ちをすると黙り込んだ。

霊能者……。

スーツの男は今度は若い青年に近づいた。

「この方は……、どっちにします?」

スーツの男が言った。

どっち?どういう意味だろう……。

真由美にはさっぱり分からなかった。

「剣でいいよ」

「左様でございますか」

男は一度咳払いをすると続けた。

「この方は紅宮剣、25歳、殺人サイト『シュレッダー』の管理人」

殺し屋……。

男は真由美が最初話しかけた若い女に近づいた。

「この方は苑島ひろみ、32歳、第一級犯罪者の詐欺師及びハッカー」

詐欺師……。

「この方は北島将太、29歳、連続暴行事件及びバラ庭園バラバラ殺人の犯人」

バラ庭園バラバラ殺人とは、町のバラ庭園の植木鉢から連続で女性のバラバラ死体が見つかった事件である。

その事件は他の町でも起こり、犯人の身元が割れてからは全国に指名手配された。

しかし去年の8月、逃走先の宿で勇敢な店主が立ち向かい遂に逮捕された。

北島は宿の店主に「一晩泊めろ」と言ったが、すぐさま現在指名手配中の北島将太だと気付いた店主は危険を顧みず飛びかかった。

しかし店主は北島の持っていた果物ナイフで首を刺され重傷を負ってしまうが運よく通りかかった警官によって取り押さえられ現行犯逮捕された。

連続殺人犯……。

危険な人ばかりじゃない……!。

「そしてこの方、宮下真由美、18歳、平凡な女子高生、殺すならまずこの人ですね!」

スーツの男が笑顔で言った。

全員の視線が宮下(以後他の参加者と同じように名字で呼ぶことにする)に集中する。

殺意が込められた冷たい視線……。

「最後に私、下浦ジョニーと申します」

絶対に偽名だ……。

全員がそう思った。

そう、その通りこれは偽名だ。

サバイバルゲームの監視役はみな名前を与えられる。

過去の参加者から名字を取り、セレブ達が決めた名前と合体させる。

「では、始めましょう、みなさん好きな空間にお入りください」

全員が動き出した。

私どうなっちゃうんだろう……。

宮下は空間に入った。

目の前は壁で閉ざされていた。

「それではサバイバルゲームスタートです!」

ジョニーの掛け声と共に壁が横にスライドした。

宮下は恐る恐る足を踏み出した。

そこは大きなホールの様だった。

木々が生い茂り先には大きな階段がありその階段の上にはステンドグラスがあった。

そこから差し込む月光が宮下を照らし出した。

次の瞬間ドタドタと走る音が響き宮下を除く参加者全員が武器を求め様々な道に進んで行った。

……やっぱりみんな殺る気なんだ。

宮下にとってそれは絶望的だった。

プロの犯罪者たちに普通の女の子がかなうわけないではないか。

宮下は周りを見回した。

私も移動しなきゃ……。

どちらにせよ移動しないことには始まらない。

宮下は階段の左に見えるドアに飛びついた。

ノブを回し開ける。

と……その時。

これは……フック?

宮下の視界が尖ったフックを捕えた。

それは木々の群れの中にあった。

良く目をこらさなければ見つけられない。

宮下は運がよかったのだ。

ゆっくりとフックを拾い上げる。

殺らなければ殺られる……!覚悟を決めなきゃ……!

宮下は必死に覚悟を固めようとした。

しかしクラス内でも1,2を争う優しさを持つ彼女が人を殺すことなど出来るはずがない。

それが彼女自身が一番よくわかっていた。

しかし殺人鬼にならなければ生き残れない……。

彼女にとってその生存条件は0%に等しかった。

「が、がんばるわよ……」

自分を納得させるようにそう言うと宮下はドアの先に進んで行った。

宮下が歩いている場所はせまい廊下の様だった。

赤い明りがちかちかと光り不安を掻き立てる。

どこかに隠れてないかな……。

宮下は警戒しながら進んで行った。

しばらく進むと道が折れた。

曲がるとそこには奇妙な物があった。

いくつもの回転のこぎりが壁についていて回転している。

のこぎりには血がべっとりと付いていた。

もちろん防護フェンスの類などない。

「これ、何かしら……」

興味をひかれた宮下はのこぎりを調べた。

やがて宮下はのこぎりに血が付いているのに気付いた。

これ……まさか、以前のプレイヤーの人の血?

「い……いや……」

真由美は思わず尻もちをついてしまった。

「こ、この声は〜ふ、ふもー、あ、あへへへへへへへうひょひょひょ!」

奇妙な笑い声が宮下が来たのとは異なる方向の廊下から聞こえてきた。

いや……よりにもよってあの人なんて。

その声は間違いなくレイプ犯岡田桃太郎のものだった。

足音がゆっくりと近づいてくる。

逃げなきゃ……。

心ではそう思うものの体が金縛りにあったように動かなかった。

恐怖のせいだ。

「みーつけた!」

岡田がひょっこりと顔を出した。

「き、君は、真由美ちゃんじゃないかー!え、えへへへやっぱり現役女子高生はいいな〜」

岡田はだらだらとよだれを垂らしながら宮下に近づいてきた。

「こ、来ないでください」

ようやく宮下は口を開くことが出来た。

「あまり近寄ると、こ、これ……刺しますよ……!」

宮下は必死でフックを岡田に向けた。

「むふふふふふふふふふ、吾輩にはこれがあるのだよ」

いかにもアニメのキャラクターのセリフを真似たような口調でそういうと岡田は後ろ手に隠し持っていた手斧を出した。

「……!」

宮下は絶句した。

手斧にフックで勝てるはずがない。

それ以前に体格差もあるのだ。

どうしよう……このままじゃ……。

「ふふふふふふふ、さすがの貴様もサンダーアックスの前では歯が立たないようだな」

岡田はアニメのセリフを引用して言った。

「お、お願いします、見逃してください」

宮下は無駄だと思いながらも悲願した。

「やーだ!」

岡田はそういうと同時に宮下に掴みかかってきた。

「いやー!離して!」

宮下は必死に抵抗したが岡田の力には勝てなかった。

「スカートの中は……」

岡田は宮下のスカートの中に手を入れようとした。

「いやー!」

宮下は全力で岡田を押した。

「うほ!」

岡田もこれにはバランスを崩し後ろにつんのめった。

その後ろには……。

先ほどの回転のこぎりがあった。

岡田の体がのこぎりに触れる。

ぐちょぐちょと肉の削れる音がした。

そして飛び散る血。

「ぐおおおおおおおおおおおお!」

岡田の絶叫が響いた。

「い、いや……」

宮下は耳を塞いだ。

目もつぶりたかったがそれをすると周囲が見えなくなり襲われる危険が増えるので出来なかった。

「ぐおおおおお!」

岡田がのこぎりから離れようともがいた。

「うわああああああああ!」

宮下は叫びながらフックで岡田を壁に押し付けた。

「ぐおおおおおおおお!やめろー!」

岡田が手斧をやみくもにぶんぶんと振った。

「いやー!」

宮下は岡田を押しつけながら出来るだけ距離を取ろうとした。

赤い血が宮下にもかかり、白いセーラー服が赤く染まる。

「ぐおおおおおおおおおおおおおお……」

岡田の絶叫が止まった。

その手から手斧が落ちる。

からんからんという音。

宮下が恐る恐るフックを岡田から離すと岡田の体は前のめりにどさりと倒れた。

背中は目も当てられないほどズタズタになっていた。

「いや……私のせいじゃない私のせいじゃない……いや……!」

宮下はグロテスクな死体を見たショックと人を殺してしまったショックから走り出した。

出来るだけ岡田の死体から距離を置きたくて。

*モニタールーム

「ほーあのデブが真っ先にやられるとはな」

「私の考えていた通りの展開ですね」

「あの子なかなかやるじゃない、逃げようとするのをフックで押さえつけるなんて、残酷な子……おほほほほほほ」

「はははははははは!」

セレブ達の笑いがモニタールームに響いた。

「それでは放送を流しますか」

そう言うとジョニーはモニターについているマイクを握った。

「みなさんいきなり最初の脱落者が出ました!レイプ犯の岡田さんです!そしてこれが意外や意外、殺したのはなんとか弱き女子高生、宮下さんです!のこぎりに押し付けて切り刻む……なんてバイオレンスなんでしょう!おかげでセレブの皆様も大喜びです、みなさんこの調子でがんばってくださいね!」

館の中にジョニーの放送が響いた。

それと同時にジョニーは手元の参加者名簿の中に書いてある岡田桃太郎の名前を赤色のペンで塗りつぶした。

「わ、私が殺したんじゃないもん……」

宮下はガクガクと震えながら細い通路を歩いていた。

コツコツという足音。

誰か来る……!

それは曲がり角の先から聞こえてきた。

曲がり角に身をひそめる。

汗ばむ手でフックを握りしめる。

コツコツ。

コツコツ。

コツコツ。

……来た!

遂に足音が曲がり角に到達した。

……今だ!

宮下は曲がり角から飛び出し足音の主を突き倒した。

「……うぐ!」

足音の主は尻もちをついて倒れた。

「動かないで……!」

宮下は足音の主にフックを向けた。

「ちょっと、待って!私は戦う気なんてないの!」

足音の主=苑島ひろみが言った。

「……え?」

宮下は驚いた。

それと同時に感動した。

みんな戦う気だと思ってたけどこんな人もいたなんて・・・・・・・・。

「す、すいません……私……」

そう言いながら宮下は手を差し出した。

「いいのよ、不安だったのよね」

宮下の手を借りて苑島は立ち上がった。

「あなた……真由美ちゃんだっけ?」

苑島が倒れた拍子に落とした鉈を拾いながら言った。

「あの変態男を倒したんでしょ?」

「わ、私が殺したんじゃありません……あ、あれは事故で……」

「あ、ごめんごめんそういうつもりで言ったんじゃないんだよ」

その時どこかでバンバン!という銃声が聞こえた。

誰かが銃撃戦をしているらしい。

「とにかくここから離れましょう、長居をするのは危険よ」

宮下は苑島の言葉にうなずいた。

そこは広い大広間。

本棚などが並ぶとても広い部屋だ。

その中で銃撃戦を演じる者が二人。

「神よ、私に恵みの雨を!そしてあの悪魔に裁きの炎を!」

ひたすら叫びながら銃撃するのは自称霊能力者の篠原そのこ。

「口数の減らない奴だ」

篠原と対峙するのは殺し屋、紅宮剣。

紅宮も発砲し反撃する。

そのこは曲がり角に隠れていた。

「悪魔め!この私が貴様を倒してくれる!」

篠原が再び銃撃した。

篠原が手にしているのは小型のハンドガン。

ドイツ製だ。

「狂言の多い奴だな」

紅宮の手にしているのもハンドガンだがこちらはアメリカ制で篠原の物に比べるとやや大型だ。

「聖なる弾丸が貴様を滅ぼすだろう!」

篠原が発砲した。

紅宮が隠れているのは大広間に続く廊下だ。

大広間へと続く木製のドアが銃弾を防いだ。

しかしドアは木製なのでいつまでももつはずがない。

事実ドアはすでに銃弾にいくつもの穴を空けられボロボロだった。

あと10発も当てられればボロボロと崩れてしまうだろう。

「そろそろまずいな……」

紅宮がふと足元を見ると手榴弾が転がっていた。

これを使おう!

紅宮はすぐさまそれを拾い上げた。

たく……なんでもっと早く気付かなかったんだ。

「どうした悪魔め!」

再びドアに穴が空いた。

紅宮はピンを引き抜いた。

素早くドアを開き手榴弾を投げる。

そして結果を見届ける前にドアを閉め走る。

その直後背後でボーン!という爆発音が響いた。

紅宮が投げた手榴弾は大広間のテーブルやイス、そして本棚などを一瞬で吹っ飛ばした。

一部の壁が崩れ小さなガレキの山となっていた。

山が崩れその下から人が現れた。

篠原だ。

「く……悪魔め……」

悪態をつきながらガレキをどける。

「く……ふふふ、上級天使である私にこんなことをしてタダで済むと思ってるのかしら?きゃははははははは!」

篠原は狂った笑い声を上げながらボロボロの大広間を後にした。

「ここまでくれば大丈夫ですかね……」

「ええ、たぶん」

宮下と苑島の姿は二階の廊下にあった。

壁の幅が先ほどの廊下よりわずかに広い。

違いはそれくらいだった。

赤い電球は相変わらずチカチカと不気味な光を放っていた。

「改めて自己紹介ね、私苑島ひろみ、さっき聞いて分かってると思うけど詐欺師ね、政府に第一級ってマークされててハッキングも出来るのよ、すごいでしょ?」

苑島が笑顔で言った。

彼女の自虐ネタが真由美に笑顔を取り戻した。

「くす……」

宮下は思わず笑ってしまった。

なんだ、こんなにいい人じゃない、警戒して損した!

「なーに笑ってるのよ〜じゃあ次はあなたの番よ」

「あ、はい私、宮下真由美です、え、え、と普通の女子高生です」

宮下は「普通の女子高生」という言葉を発するのに少し苦労した。

ジョニーにターゲット発言をされて以来その言葉を言うのが不安だった。

しかし苑島の前でなら言ってもいいんじゃないかという思いが真由美の中に生まれていた。

「青春を桜花してるんだね、ところで彼氏は〜」

苑島が悪戯っぽい笑みでそう言った。

「いませんよ、でも……」

真由美は頬を赤らめた。

「でも……?」

苑島がさらに悪戯っぽく笑いながら言った。

「気になる人はいます……」

宮下には好きな男子生徒がいた。

名前は美濃橋百合雄。

とても難読の名前をしている生徒でこれでみのはし・ゆりおと読む。

あまり頭はいい方ではなく、かといってあまり運動が得意でもなかった。

顔もイケメンでもブサイクでもない普通の顔だった。

しかし百合雄には他人のことを第一に考える温かい優しさがあった。

宮下はその優しさに魅かれた。

「だれだれ〜?」

苑島が悪戯っぽい顔をして宮下の顔を覗き込んだ。

「どんな子なの〜?イケメン〜?それともスポーツ万能?」

「イケメンでもスポーツ万能でもありません……でも、とっても優しいんです」

「へー、本当の意味でモテルタイプだね、そのタイプに悪いやつはいない、アタックがんばりなよ」

そう言って苑島が宮下の腹を軽く小突いた。

「ありがとうございます」

この人本当にいい人……。

「そろそろ移動しようか」

その意見は最もだった。

ずっと同じ場所にいれば襲われる危険は高まる。

「そうですね」

「よし、行こう」

二人は廊下を歩き始めた。

「あ、ところでひろみさんは恋人とかいないんですか?」

今度は宮下が悪戯っぽく笑いながら言った。

「あ、私はね〜……!」

苑島が突然足を止めた。

そこはT字型の通路だった。

「どうしたんですか?」

「いや、足音が」

苑島の言葉に宮下の緊張は高まった。

「来たわよ」

苑島が曲がり角に身を隠しながら言った。

宮下もその後ろに隠れる。

足音の正体が姿を現した。

「……あいつだわ」

苑島が足音の正体を確認しながら言った。

「誰ですか?」

「殺し屋の男よ、拳銃を持ってるわ、まずいわね」

そう言って苑島は後ろに下がった。

宮下は前に進み足音の正体=紅宮剣を見つめた。

あの人一番殺しに躊躇がなさそう……まずいわ!それに相手は拳銃を持ってる……まともに殺り合ったら勝てるはずがないわ。

「ひろみさん、どうします?」

頼れるパートナーの姿を求めて後ろを振り返った。

「ひろみさん……?」

そこに今までの苑島はいなかった。

苑島は先ほどには想像できなかったであろう狂気を顔に浮かべていた。

「悪いわね」

そう言って宮下に足を蹴りだした。

キックが腹に命中する。

「うっ……!」

衝撃で廊下に転がり出てしまう。

「バイバイ」

苑島が残酷な笑みを浮かべながら廊下を走り去って行った。

そ、そんな……ひろみさん……信じてたのに……こんなのって……。

宮下は悔しさ、そして悲しさが心に溢れるのを感じた。

足音が目の前で止まった。

チャッという銃を持ちあげる音。

宮下は恐る恐る顔を上げた。

そこには冷たい表情で銃口を向ける紅宮の姿があった……。

「お、お願い!私戦う気なんてないんです、だからお願い許してください!」

宮下は無駄だと思うながらも悲願した。

「このゲームではその優しさが命取りになる覚えておけ」

その言葉で宮下は死を確信した。

もう駄目だ……。

ゆっくりと目を閉じる。

スタスタと足音が遠ざかって行くのが聞こえた

え?

ゆっくりと目を開ける。

紅宮が宮下から離れて行っている。

「あ、あの!」

宮下は急いで立ち上がった。

「なんだ?」

紅宮がゆっくりと振り返る。

「私を見逃してくれるんですか?」

宮下は分かっていながらも念を押すように聞いた。

「ああ」

「ありがとうございます!」

宮下は紅宮に向かってお辞儀をした。

「俺は悪人しか殺さない、君はどう見ても犯罪者じゃないしね、まあ最後は殺さなきゃならないんだろうけど」

そこで紅宮が力なく笑った。

「あ、あのよければ私を連れて行ってくれませんか?」

「俺の近くにいれば最後は射殺しなければならなくなる」

「それでもいいんです、一人じゃ不安で……とっても怖くて……」

「俺と一緒にいても変わらないと思うけど……」

「いいんです、ただ誰かと一緒にいるだけで不安は和らぐんです」

宮下は必死に言った。

この人と一緒に行けば安心。

理由は分からないが宮下はそう確信した。

「まあ、そんなに言うなら……」

紅宮が言った。

「本当ですか!?」

宮下は思わず叫んでしまった。

「おい静かにしろよ」

紅宮が顔をしかめながら言った。

「あ、すいません……」

宮下はあわてて口を閉じた。

「俺の指示に従うんだいいな?」

宮下が黙ってうなずく。

「よし、行こう」

二人は廊下を進んで行った。

「はーいここでみなさんにうれしいご報告〜、第8の参加者神岡恭一君がゲームに参加することになりましたー、神岡君は人肉食者、そして驚くほど脳がキレる天才、遭遇したら要注意ですね、くく……」

ジョニーの放送に参加者全員が耳を傾けた。

第三章深紅の天使

「神……とうとう私にも神の御加護が」

放送の意味を勘違いした篠原がつぶやいた。

「はは、これで悪魔どもを全滅させるごとが出来る……!ははー!裁きの炎を!」

独り言を騒ぐ篠原を見つめる影があった。

それこそが未知の八人目、神岡恭一だった……。

「くく、さあ、悪魔狩りに行こう、それが天使の務め・・・・・・・」

そう言って篠原が動き出した。

近くに本当の悪魔がいることなど全く想像だにせずに・・・・・・。

十字廊下が交差している場所に出た。

交差点に足を踏み出す。

その瞬間何者かが篠原顔を抑えつけた。

「この天使の私にそんなことをして……」

「ハァ、おいしそうな肉……」

そう言って篠原の顔を舌でなめる。

「ふ、貴様ごときが私の肉を?笑わせるな」

完全に自分の世界に入ってしまった篠原は現在の状況が把握できていなかった。

そう、自分は神に守られているから安心、悪魔はすぐに聖水で浄化されると……。

「肉……肉……」

無論篠原の顔を押さえつけているのは神岡だった。

その吐息が篠原の顔をなでる。

「汚らわしい吐息をかけるな!」

ようやく篠原が抵抗を始めた。

体を前後左右に揺らし神岡を振り放そうとする。

「無……駄……だよ……きひ!」

神岡がゆっくりと口を開けた。

そして……。

ガブリ。

「ぎゃーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!」

神岡の歯が篠原の顔に食い込む。

ドロドロと血が流れた。

篠原が必死に体を揺らす。

しかし神岡が離れる気配は全くない。

そうしている内に顔を噛む神岡の力が強くなってきた。

「ぎゃーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!」

さらに傷は深くなり出血量も増える。

篠原は最後の抵抗とばかりに銃を持ちあげた。

神岡の顔に銃口を向ける。

これが幸を奏した。

血でぬめぬめとする手で必死に引き金を引く。

ドーン!という破裂音。

神岡はその銃弾が発射される前に篠原から離れた。

「うぐ……」

顔からドボドボと血が出る。

それを必死に抑える。

神、なぜ助けてくださらなかったのですか?

心の中で疑問を発する。

申し訳ありません、エンジェル・ソノコ、私はあなたの実力を試したのです。

どこからか神の声が聞こえてきた。

無論それは篠原だけに聞こえる幻だった。

私の実力を試す?

そうです、悪魔に打ち勝つにはそれ相応の勇気と力がなくては駄目なのです。

私は奴を倒せたんですか?

いえ、逃げられました、しかしあなたの放った聖なる弾丸は確実に奴に重傷を負わせました、倒すなら今です。

分かりました!

篠原は血が大量に出てるにも関わらず走ろうとした。

お待ちなさい。

『神』の声に篠原は足を止めた。

重傷を負っているとはいえど相手は強力な悪魔です、準備が必要なのです。

準備とは?

あなたの体に大きな十字架、そして浄化の魔法陣を描きなさい……。

篠原は血だらけで立ち尽くしていた。

小型のナイフを握りしめて。

その刃は大量の血を吸っていた。

そして胸から腹にかけて十字型そして円状の魔法陣の形をした傷が刻まれていた。

その手に握りしめられたナイフで削ったものだ。

無論『神』の指示で。

それだけでも彼女の気が狂ったのが分かるがそれ以前に彼女は衣類を身につけていない。

上着も下着も着ていなかった。

それは『神』の「衣類は捨てるのです、悪魔との戦いの邪魔になります」という指示に従った結果だった。

何よりも彼女の頭自体が一番狂っていた。

今の彼女の頭にあるのは悪魔を狩ることだけだった。

今の彼女から見れば出会った者全てが悪魔に見える。

篠原は床に落ちている拳銃を見つめた。

それは「拳銃は捨てなさい、悪魔には刃物で挑まなければ勝てません」という言葉に従った結果だった。

おろかなことに彼女は銃を捨ててしまったのだ。

存在しない『神』の指示に従って……。

さあ、行きなさい、エンジェル・ソノコ。

はい。

篠原はゆっくりと廊下を進んで行った。

『悪魔』を求めて……。

「紅宮さん」

相変わらず赤い照明の廊下を進みながら宮下が言った。

「なんだ?」

拳銃を四方八方に向け警戒態勢を取りながら紅宮が答えた。

「なんでもないです……」

「言えよ」

「あの、紅宮さんはどうするつもりなんですか?」

「どうするつもりって?」

「だから、その、このゲーム」

「せいいっぱい戦う、そして生き残る」

「はい……」

やっぱりこの人も殺る気なんだ……。

宮下は気落ちした。

紅宮ならゲームに参加せず自分に協力してくれると思ったからだ。

無論そんなことはルール上無理に決まっているのだが。

「でも、ラストまで君をエスコートしてやるよ」

紅宮が言った。

「はい、ありがとうございます……」

やっぱり私、最後には殺されちゃうんだ……。

でもそれまで守ってくれる。

殺されるのには変わりないけどこの人になら……。

「悪いな」

紅宮が謝った。

「え?」

一瞬宮下はなんのことか全く分からなかった。

「君を生き残らせなくて……」

紅宮の目が申し訳ない気持ちを表していた。

「そ、そんないいんですよ、最後まで守ってくれるんだから、最後は紅宮さん、一瞬で楽にしてくださいね」

宮下がにっこりと笑った。

「ありがとう……」

紅宮が申し訳なさそうに笑った。

その時……。

今二人がいるのは廊下の曲がり角だった。

反対側は死角になっていて見えない……。

「うおおおおおおおおおお!」

突如そこからナイフを握りしめた篠原が飛び出し二人に斬りかかってきた。

「くそ……!」

紅宮が宮下を助けながらそれを避けた。

勢い余った篠原が壁に激突した。

「あなたは確か……」

宮下が言った。

篠原のすさまじい姿に驚きながら。

「インチキ霊能力者の女だ」

紅宮が拳銃を篠原に向けながら言った。

「あひひひひひひひひ……」

壁に顔を密着させたまま篠原が不気味な声で笑い始めた。

「きゃはははははははははははははは!!!!!!!!!うひゃひゃひゃひゃひゃ!!!!!!!!!!!!」

篠原が笑い声を上げながら宮下達の方を向いた。

「両手を上げろ」

紅宮が銃口を向け警告する。

「悪魔がなんか言ってるよ!きゃっきゃっきゃっ!」

篠原が奇妙な声を上げてくるくると回った。

この人完全に発狂しちゃってる……。

宮下は篠原が哀れで仕方なかった。

「両手を上げろと言ってるんだ!」

次の瞬間篠原が動いたー。

「きゃはっ!」

奇妙な笑いを一言発し、篠原はすさまじいスピードで紅宮の拳銃を上空に蹴飛ばした。

「なっ!」

さすがの紅宮も突然の動きに反応出来なかった。

「ぎゃははははははははははは!!!!!!!!」

さらに強烈な蹴りをもう一発紅宮に炸裂させた。

しかも今度は顔に……。

「ぐおっ……!」

紅宮はそのまま壁に激突した。

顔面を強打する。

加えて篠原の強力な蹴りだ。

篠原はカンフーを習っており、その技はすさまじい威力を誇っていた。

達人レベルといっても過言ではないかもしれない……。

その蹴りをもろに顔面に食らってしまったのだ。

さらに彼女の履いている靴はかかとが尖ったハイヒールで運悪くそのかかとが顔面にジャストヒットした。

「ひゃーはっは!」

篠原が宮本に向かって動いた。

ナイフを振り上げて。

宮下は恐怖で凍りつき動けなくなっていた。

ナイフが宮下に向かって振り下ろされた。

しかしその刃が宮下を捕える前に紅宮がそれを防いだ。

紅宮は体制を低くして突進した。

篠原の懐に飛び込む。

頭を強打した衝撃で突進くらいしか出来なかった。

そのまま壁に向かって突進する。

「きゃははははははは!」

壁に到達する直前篠原がナイフを紅宮の腕に思いっきり突き刺した。

「ぐお!」

痛みに紅宮の力が緩む。

「ひゃひゃひゃひゃひゃ!うぇい!」

思いっきりナイフを引き抜く。

「うああ!」

無理に動かされた刃で肉がそげる。

「紅宮さん!」

宮下が叫んだ。

しかし恐怖で助けに入ることが出来ない。

「死ねー!うひゃひゃひゃひゃひゃ!」

篠原が思いっきりナイフを振った。

「くそ……!」

間一髪のところでそれを避ける。

紅宮は勢い余って宮下の前に尻もちをついた。

傷からドロドロと血が流れる。

「紅宮さん、大丈夫ですか!?」

ようやく恐怖に打ち勝った宮下が紅宮に駆け寄る。

「ああ、でも……ちくしょう」

紅宮が腕を抑えながら篠原を見た。

もはや人間の輝きを宿していない目は、代わりに歪んだ狂気でうるんでいた。

「あひゃひゃひゃひゃひゃ!!!!!!、ぎゃーはっはっは!!!!!!、あはははははははははは!!!!!!」

篠原は完全に発狂し闇雲にナイフを振り回していた。

「どうする……」

紅宮は拳銃が近くにないか探した。

見つけた。

しかし拳銃は全く手の届かない位置にあった。

しかもそれは篠原の後ろだった。

取れるわけがない。

「くそ……!」

紅宮は毒づき武器がないか周囲を見回した。

見つからない。

残念ながら武器は、遠くに転がる拳銃以外見つからなかった。

「くひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!!!!!」

篠原の目が紅宮たちを捕えた。

「くそ……」

「斬るよ?斬っちゃうよ?ぐひゃひゃひゃひゃひゃ!!!!!!」

篠原が狂気の笑い声を発しながら紅宮たちに近づいてくる。

「宮下、君は逃げろ」

紅宮が言った。

「嫌です」

宮下が紅宮の前に立ちふさがった。

「さっき紅宮さんは私が襲われそうになった時、守ってくれました、今度は私の番なんです……!!!!!!」

震える手でフックを持ち上げる。

決意に満ちた表情で。

「あ〜れ?かわいいお人形さん、斬っちゃお!」

篠原が狂気の笑みを浮かべ宮下に走り寄ってきた。

宮下には篠原の動きがスローモーションに見えた。

ああは言ったものの、どうするの?

私が勝てるわけないじゃない。

そもそも逃げろって言われてるんだから逃げればいいじゃない。

駄目よ紅宮さんを守るのよ。

どうしてそこまで、どうせ最後はあいつに殺されるのに。

だって紅宮さんは私を守ってくれたじゃない。

それはそうだけど、それのお返しで守らなきゃいけないなんてルールないよ。

駄目よ、ちゃんとお返ししなきゃ、それにどんな人でも目の前に殺されるのを黙って見ているなんて嫌だもの。

宮下の中で善と悪の心が議論を繰り広げた。

善の心が勝利を勝ち取った。

私が絶対に守る……!

宮下の目はもう恐怖におびえていなかった。

一気に頭を狙うのよ。

体育の時間裕子に教えてもらった剣道のコツが頭の中で再生された。

相手の隙を見るの、どんなに強い相手だって必ず隙があるわ、そこで一気に頭を狙うの、無駄に剣劇を繰り広げても体力の無駄よ、一気に頭を狙うの。

分かったよ裕子。

「きゃはははははははは!!!!!!」

篠原が宮下の前にたどり着いた。

篠原が思いっきりナイフを振り上げた。

隙が大きい。

それが振り下ろされる前に真由美は横に飛び回避した。

そのまま後ろに回り込む。

「やあああああああ!!!!!!」

宮下は思いっきりフックを振り下ろした。

篠原の頭に突き刺さる。

「ぎゃああああああああ!!!!!!、きゃはきゃはははははは!!!!!!」

それでもなお篠原はナイフを振り続けた。

ものすごい勢いでフックが揺れた。

衝撃で手が離れそうになる。

駄目!絶対に離さない!

宮下は思いっきりフックを掴んだ。

しかし遂に宮下は振り払われてしまった。

床に尻もちをつく。

「きゃっ!」

篠原はフックが刺さっているにも関わらず宮下に向かってきた。

狂気の笑い声を上げながら。

宮下にナイフを振り下ろすべく振り上げる。

これまで、かな?

宮下は観念して目を閉じた。

自分でも不思議だった。

先ほどまであんなに恐怖におびえていたのに……。

これが決意の力?

銃声が響いた。

宮下の顔に血が飛んだ。

「え?」

ゆっくりと目を開ける。

篠原の額に穴が開いていた。

「きゃは、きゃはは……」

奇妙な笑いが消え、篠原の体が倒れた。

その向こうで紅宮が壁を支えにしながら拳銃をこちらに向けていた。

宮下が戦っている間に拳銃を拾ったのだ。

「はあ、はあ……やったな、うっ」

紅宮がバランスを崩して倒れた。

「紅宮さん!」

すぐさま宮下が駆け寄る。

「大丈夫だ」

そう言いながら立ち上がろうとするも傷はかなり深そうだった。

「だめですよ、こんなに血が出てるじゃないですか?」

宮下が心配そうに紅宮の腕を見つめる。

「止血しないと……」

宮下は何か出来ないか考えた。

そうだ!

「ちょっと待っててくださいね」

スカートについている小型ポケットを探る。

目当ての物の感触。

それを取り出す。

それは登校時に着用することを義務づけられている赤いハンカチーフだった。

「手を出してください」

紅宮が黙って手を差し出す。

「ひどいじゃないですか」

宮下が紅宮の手を抑えた。

まだ出血している。

「我慢してくださいね、きつく縛りますんで」

そう言って宮下は紅宮の手にハンカチーフをまいた。

そしてそれをきつく縛る。

「う……」

紅宮がうめいた。

「大丈夫ですか?」

宮下が手を止めて言う。

「ああ、すまない続けてくれ」

「はい」

宮下はなるべく早く終わらせるように努力し、ハンカチーフを結んだ。

「ありがとう」

紅宮がハンカチーフのまかれた腕を抑えながら言った。

「いえ」

宮下が笑顔で答える。

「君になら、教えていいかな」

紅宮がつぶやいた。

「え?」

突然のことに宮下は驚いた。

「実は紅宮剣というのは偽名なんだ、もう気付いていたかもしれないけど」

最初のジョニーの「どっちにします?」という言葉には本名にするか偽名にするかという意味が秘められていたのだ。

「俺の本当の名前は川島透って言うんだ」

「透さん……」

「ああそうだ」

川島は息を深呼吸をしてから続けた。

「俺が幼稚園の頃両親が他界し、俺は10歳年上の姉と一緒に暮らし始めた、姉は生活費を稼ぐために日に日にバイトをしていた、そんなある日俺たちの住むアパートに乱暴な男たちがやってきた」

川島の脳裏に当時の光景が再生された。

第四章紅宮剣

透とその姉明子が住む部屋は広いとは言い難いがそれなりに良い部屋だった。

「ぶーぶー」

5歳の透は小さなテーブルの上にミニカーを走らせ遊んでいた。

「ただいまー!」

玄関の開く音が聞こえそれに続いて明子の声が聞こえた。

お姉ちゃんだ!

透はすぐさま玄関に駆けて行った。

「お姉ちゃんお帰り!」

透はセーラー服姿の姉に飛びついた。

明子は夕食の入った袋を持っていて、その体制で透に抱きつかれるのは辛かったが我慢しそれに応じた。

「ただいま透」

幼い弟を抱きしめる。

「いい子にしてた?」

「うん!」

「それじゃあ、今夜は透の大好きなハンバーグよ!」

「ほんと!」

「ええ、いい子でお留守番してたご褒美よ」

その時間はすでに夜の十時を回っていた。

学校生活とバイト生活を両立させている明子が帰ってくるのはどうしても9時以降になってしまうのだ。

幼稚園から帰ってきた透はそれまで一人だ。

「やったー!」

透が明子の手を離れせまい室内を走り回った。

「くす」

その様子を見て明子はほほ笑んだ。

透はぜったいにお姉ちゃんが守ってあげるからね。

心の中で言う。

玄関から先はリビングになっていて、そこにキッチン、トイレ、バスルームへの入口がある。

せまい部屋だが二人はとても仲良く暮らしていた。

透は姉の苦労を察してかわがままを言ったりしなかった。

おもちゃもまったくないが誕生日に明子が買ってくれたミニカーだけで満足していた。

そのミニカーが透の一番の宝物だった。

二人の仲の良さは近所でも評判だった。

テレビもないが、二人の家からは近所の家と変わらぬ温かい笑い声が毎日聞こえていた。

「さあてお料理お料理」

その時玄関の外から怒号が聞こえた。

「おいこら、開けろ!」

ガンガンとドアを壊す音。

このアパートのドアは家賃が安いため頑丈な物ではなかった。

だから本気で蹴られれば簡単に開いてしまう。

「おいこら、金を渡せ!」

「や、やめてくれ!」

そのような悲鳴がいたる部屋から聞こえてきた。

暴走族だ。

「今度はここだな」

川島家の玄関ドアの前で男たちの声が聞こえた。

まずいわ……。

「お姉ちゃんどうしたの?」

ミニカーを持った透が無邪気に聞いてきた。

なんとしても透は守らないと……。

「透」

「なーにお姉ちゃん?」

「いい、押し入れに隠れて静かにしているのよ、何があっても出てきては駄目よ」

明子は部屋の隅にある小さな押し入れを指差して言った。

「うん、分かった」

幼い透には状況が理解できるわけもなく、彼の頭の中ではただのかくれんぼだと解釈されていた。

透が押し入れの中に隠れる。

よし。

「おい、開けろ!」

ドンドンとドアを蹴る音が室内に響いた。

小さな部屋なのでかなりの大きさで響く。

明子はごくりと唾を呑んだ。

間違いなく殺されるわ……。

それでも透だけは守らないと。

遂にドアが蹴破られた。

ヘビーな服装をした男たちが入ってきた。

「へーかわいい、お嬢さんじゃないか」

男たちがドカドカと部屋に上がりこんでくる。

「ねえお譲さん、お金はどこだい?」

男の一人が明子の顎をなでながら言った。

「お金が目当てですか?」

明子は恐怖心を押し殺しながら聞いた。

冷や汗が顔を伝う。

「うん、でも」

男が明子の体を勢いよく引き寄せた。

「君みたいな美女も」

そう言って無理やり口付けした。

「んーんー!」

明子は男を引き離そうと必死で抵抗した。

「元気なお嬢さんだ」

その声に周りの男もいやらしくニヤニヤと笑う。

明子の抵抗はむしろ男たちの悪意を助長させてしまっていた。

「おねーちゃんどうしたの?」

押し入れの中から透の声が漏れた。

明子の悲鳴を聞いた透が声を出してしまったのだ。

まずいわ……。

明子に戦慄が走った。

「ん、今の声はなんだ?」

男の一人が言った。

「あの押し入れからだ、お前見てこい」

明子を押さえつける男が言った。

「オーケー」

男が歩き出す。

「近づかないで!!!!!!」

明子は今までで一番激しく抵抗した。

「おっと落ち着けお譲さん」

押し入れに向かおうとする明子を男がはがいじめにした。

「お願いやめて!」

必死に抵抗する。

「くく、かわいい弟でも隠れているのかな?」

明子を押さえつける男がいやらしい笑みを浮かべて言った。

「お願いだからそこには近づかないで!」

明子の叫びもむなしく遂に押し入れの戸に手がかけられた。

「やめてー!!!!!!」

明子の叫び声と同時に戸が開けられた。

「小僧出てこい」

男が透の服を掴み無理やり引きづり降ろした。

押し入れから落下し透は後頭部を床に打ち付けた。

「うっうっ、痛いよ〜、えっぐ」

痛みによるショックで透が泣きだした。

「黙れクソガキ」

透を引きづり降ろした男が勢いよく透を蹴りつけた。

その蹴りで透の小さな体は吹っ飛ばされた。

「あう!」

透の体が壁に激突した。

「うわーん痛いよ〜!」

透の泣きは一層激しくなった。

「うるせえクソガキだ」

透にさらなる攻撃を食らわせるべく男が歩き出した。

「やめて〜弟には乱暴しないで〜!」

明子が必死に叫ぶ。

「弟思いのやさしいお嬢さんだ」

明子を押さえつける男が言った。

「やめてやれ」

男が言った。

「え?」

透を殴った男がすっとんきょうな声を上げた。

「と、いうのは冗談」

そう言うと男は明子を勢いよくキッチンに叩きつけた。

「きゃっ!」

「弟にもやってやれ」

男が残酷な笑みを浮かべて言う。

「もちろんさ」

命令を受けた男も残酷な笑みを浮かべ透に近づく。

透を助けるにはこうするしかない。

明子は決意した。

透を助ける唯一の方法を実行すると……。

明子はキッチンの引き出しを開くとそこからすばやく包丁を取り出した。

「やああ!」

勢いよく目の前の男を切りつける。

「うお……!」

男の体制が揺らいだ。

紅い血が顔にかかったが気にしない。

男を押し倒し透を殴ろうとしている男を切りつけた。

「ぐは!」

「透、外に出て、遠くに行くの!」

明子が叫んだ。

「うっぐ、分かった……」

嗚咽を漏らしながらも透はよろよろと立ちあがった。

「させるか!」

男が透に飛びかかろうとした。

「やめなさい!」

明子がその男を切りつける。

「さあ、早く行って!」

明子が叫んだ。

「うん……」

透が玄関に向かって走り出した。

「待て小僧!」

男が透を追いかける。

「やめなさい!」

明子が男に包丁を刺した。

「ぐお!」

と叫んで男が倒れた。

「なんて女だ」

明子を押さえつけていた男がよろよろと立ちあがって言った。

「おい、クソビッチ、てめえをぶっ殺してやるから覚悟しろよ」

男が殺意に満ちて目で睨みつけながら言った。

「そのあと俺は必死に走った、姉を見捨ててね、今思うとなんてひどいことをしたんだって思うよ、アパートを出る時俺の部屋から何かを殴る音や骨が折れる音が聞こえた、直感的に分かったよ、ああお姉ちゃん死んじゃうってね、でも俺は戻らなかった、戻れなかった、その音が聞こえないよう俺は本能的に耳を塞いだ、でも今思い出してみれば姉の悲鳴はまったく聞こえなかった、叫べば俺は戻ってきてしまうと思ったんだろう、そして俺は必死に走った、どこを目指すわけでもなく、ただアパートから逃げたくて、その最中だよ大雨が降りだしたのは」

透の頭の中で冷たい雨音がポツポツと鳴った。

透は必死に走っていた。

何度も足がもつれて転びそうになったがそのつど体制を立て直した。

その時間は真夜中ということもあってまったく人がいなかった。

それは透達が住んでいる場所が都会ではないことも関係しているが。

だから誰も幼い男の子が深夜の町を必死に走っているのを気にしなかった。

ポツリポツリと雨が降り出した。

あ、雨だ、どっかで雨宿りしないと。

透はそう思って近くの廃家に飛び込んだ。

ぼろぼろの木造建築でドアの類はなかった。

だから簡単に侵入できる。

地震にでもあったのだろうか。

家の中はボロボロだった。

箪笥やクローゼットが倒れている。

そしてガラスの破片がたくさん散乱していた。

透は廃家にはお化けが出ると信じていた。

だから普段は廃家になど決して近寄らなかったが今日はそんなことなど気にならなかった。

倒れている箪笥に腰かける。

透はようやく落ち着いてきた。

ポケットから宝物のミニカーを取り出した。

家から持ってきていたのだ。

それを小さな手で包んだ。

「お姉ちゃん、さびしいよ……」

透はつぶやいた。

そう言えばお姉ちゃんどうなったんだろう。

死んじゃったのかな……。

透は直感的に悟った。

姉はすでに死んでいると。

それに気付いても不思議と涙は出てこなかった。

ショックのせいだった。

突然知らない男に引きづり降ろされ暴行される。

そのショックは透には大きすぎた。

「お姉ちゃん……」

ミニカーをぎゅっと握りしめた。

「ダリーンだよちくしょう!」

乱暴な男の声が響いた。

透の体がびくっとこわばった。

男は近くの壁を思いっきり蹴った。

その壁は居酒屋のシャッターでバシーンというすごい音が鳴った。

「ひっ!」

透は怖くて仕方がなかった。

怖い男から逃げたと思ったらまた怖い男に遭遇してしまった。

そのすごい音に反応し店の店主が現れそうだが、すでに居酒屋はつぶれていてそれは起こらなかった。

店の店主がいれば警察に通報してくれただろうがすでに店がつぶれているとはなんという不運だろう。

男の姿が廃家前に現れた。

見た目から推測するに男の年齢は10代後半で見るからに不良という容貌だった。

金髪のオールバックで耳には大きなピアスをし服はかなり汚れた学ランだった。

その男が透に気付いた。

何かにイライラしているのだろうか男は八つ当たりしようと透に近づいてきた。

透は理由は分からないが目の前の男が自分を傷つけようとするということを直感した。

透は箪笥から立ち上がり逃げようとした。

「おい待てよガキ」

肩を掴まれ止められる。

そして透がそちらに顔を向けると同時に男のパンチが叩きこまれた。

「ぎゃう!」

透は鼻血が出てくるのを感じた。

「くはははははははは!おらおら!」

男のパンチが連続で叩き込まれた。

悲鳴を上げる時間も与えられなかった。

意識がもうろうとする中で何誰かが近づいてくるのが聞こえた。

また、誰か来た……お姉ちゃん助けて……。

男の背後に現れた人物が男の肩をたたいた。

「あん?」

男が透を突き放しながら振り返った。

箪笥の角に頭をぶつける。

痛みが襲ってきたがそれを上回る解放感がそれを抑えた。

男が振り向くと同時に男の脳天に刃物が突き刺された。

音が声を発する間もない一瞬の出来事だった。

その一瞬で男の命が奪われた。

男に刺さった刃物は刃が長い特性のものでそれが脳に刺さったことにより男は死んだ。

脳天から刃物を抜かれると同時に男は倒れた。

「大丈夫か?」

透を襲った男を殺したトレンチコートの男が声をかけてきた。

これが透を殺し屋の道へと導いたきっかけであった。

「そこで俺は師である火室さんに出会ったんだ」

「火室さん?」

「ああ、日本の悪人を掃除していた殺し屋、俺が孤児だと知ると火室さんは俺を連れて帰ってくれた、その後俺は火室さんの指導の元殺し屋の極意を学んだ、そして俺が15歳になった時」

―森の中にある火室の隠れ家―

「なあ、透」

ソファーで刃物を磨いている透に火室が声をかけた。

「はい、なんですか?」

手を休めて聞く。

「実はお前の姉さんを殺した男たちの身元と居場所が分かったんだ」

その言葉を聞くなり透の目の色が変わった。

「どこなんですか!」

透は立ち上がった。

「落ち着け」

「はい……」

火室の冷静な声に透も冷静さを取り戻した。

どかりとソファーに座りこむ。

「男たちはお前の住んでいたアパートを襲った後近所の住民に通報され全員逮捕された」

透はごくりと唾を呑んだ。

「暇を持て余した犯行―もちろん警察は無期懲役を下した、男たちが収容されたのは東京の黒里刑務所だ」

透は焦る気持ちを必死に抑え次の言葉を待った。

「今回のターゲットはその男たち、そしてお前の初仕事だ」

透は喜びで爆発しそうだった。

これで姉さんを殺した奴らに復習できる!

「しかしこれはテストでもある、分かるか透、ターゲットを殺すことと復讐は違うんだ、我々殺し屋は殺された人々の無念を晴らすために存在する、自分のためではない、無念を晴らし霊を救う気持ちで遂行するんだ、怒りに頭を支配されるな」

透は火室の言葉をかみしめた。

小型の特殊ヘリが黒里刑務所の周囲を飛んでいた。

操縦しているのは若い男。

ドアを開きそこからライフルを構えているのは透。

そしてその後ろにいるのは透の師匠である火室。

スコープで鉄格子の間からスキンヘッドの男を狙う。

明子を殺した男の一人だ。

汗が首を伝った。

手汗でトリガーを握る指が滑る。

緊張からくる震えでスコープが揺れた。

狙いが定まらない。

「落ち着け透、落ち着け」

ライフルを構えなおす。

「これは救済だ」

透の言葉に火室がうなずいた。

「救済なんだ」

スコープが男の頭を捕えた。

「さらばおろかな男よ」

トリガーが引かれた。

サイレンサーが取り付けられているため銃声はしなかった。

小さなピュンという音が一度鳴っただけだ。

弾丸が男の頭を貫いた。

男の眠っていたベッドに紅い血が飛び散った。

男は自分が死んだことに気付かないまま永遠の眠りに落ちた。

「次のターゲットへ」

透は冷静な表情で言った。

その顔はベテランそのものだった。

火村はそれを嬉しそうな顔で見つめていた。

「OK」

パイロットが次のターゲットへとヘリを発進させた。

「それから俺は火室さんと共に仕事をこなしていった」

川島が過去を語る中ジョニーの放送が響いた。

「みなさん早くも第二の脱落者の登場です!はたして第二の脱落者は……」

そこでバラエティーなどでよくつかわれるダラダラダラダラダン!という効果音が鳴った。

「篠原そのこさんです!ええ、あの霊能力者のそのこさんです、え、誰が殺したか?それがそれが意外や意外またもやあの宮下さんなんです!いや正確にいえば紅宮さんですね、なんと、なんとこの二人協力しています!ゲームが意外な展開に進んで行くのでセレブのみなさんもご機嫌です、このまま楽しませてくださいね」

そのジョニーの放送を無視して川島が続けた。

「でも五年前、火室さんは癌で亡くなった、死の直前火室さんは俺に紅宮剣という名前をくれた、そして「あとは任せたぞ」という言葉も」

そこで川島は何かを思い出したように目を潤ませた。

「すまないな長々と語ってしまって」

そう言いながら川島はゆっくりと立ち上がった。

「もう傷はいいんですか?」

宮下が心配しながら立ち上がった。

「ああ、それよりありがとな」

「何がです?」

「傷の手当てしてくれて、それに俺の話し真面目に聞いてくれて」

川島が宮下の顔を見ながら続けた。

「君だけは絶対に守ってやるから」

川島が言った。

「川島さん……ありがとうございます」

宮下が心が熱くなるのを感じた。

良かった……川島さんみたいな人がいて……。

「そろそろ行動開始しないとな」

川島が拳銃を構えるポーズをしながら言った。

「そうですね」

二人は歩き出した。

そして再び惨劇の扉が開かれた……。

第五章人間解体屋

ガチャリと図書室の戸が開いた。

警戒しながら川島と宮下が中に入る。

「本がいっぱい……!!」

宮下は唖然とした。

本の多さにではない。

本の内容に……。

もちろん彼女は図書室の本を読んだことなどない。

しかし背表紙に書かれた題名だけでおおよその想像はつく。

例を上げると「世界の拷問器具」「人間調教・写真集」などがあった。

「この館の持ち主は拷問が好きらしいな」

川島が本棚を見上げながら言った。

「こんなのを読んで楽しいんでしょうか?」

宮下が悲しげな表情で言った。

「人を苦しめて楽しいんでしょうか?」

「分からない、でもそんな奴らはかなり精神を病んでいるだろうね」

川島が宮下に向き直り続けた。

「人の中にはサディアティストの部分とマゾティストの部分が共存しているって知ってたかい?」

「いいえ……」

「何か小さな生き物、例えばアリだね、アリを苛めて楽しいと思ったことあるだろ?」

「はい……」

宮下が力なく答えた。

「しかしそれはおかしなことじゃない、誰の中にもサディアティストの部分はあるんだから、特に幼い時などはそれが人一倍大きいんだ、だから幼い子供は虫を苛めて楽しむんだ、そして育つ環境によって体質は変わる、いわゆるSになるかだね、ここの館の持ち主のように人を拷問して楽しむような奴は過去に何らかの原因があるはずなんだ、例えば虐待だね、それによって自己防衛心が強くなり他人を傷つけたくなる攻撃本能が活性化させられる、もちろん原因がない場合もある、そういつは生まれつきのサディアティスト、異常者だ、そういう奴は憐れめばいい、決して真剣に考えるな、憐れむんだ、心を壊したおろかな人々を」

*モニタールーム

「言ってくれるじゃないか」

「あんな小僧ごときが我々を異常者と呼ぶとわな」

「そんなかっかしないで、きっとあの子には分からないのよ、この楽しみが、貧乏な環境で育ったから、この楽しみが理解できないなんてつくづくかわいそうな子」

「それもそうだな」

セレブ達が「うははははははははは!」と笑い声を上げた。

「ふー、セレブ様達の機嫌を損ねなくてよかった」

ジョニーが冷や汗をぬぐいながら言った。

「これは何かお仕置きしないといけませんね……」

ジョニーの目に残酷な光が輝いた。

「お」

ジョニーはあるモニターを見つめてそこを見つめた。

「これは丁度いい」

モニターには暴力団のボス澤田龍之介の姿があった。

廊下を歩いている。

そしてその先には図書室の扉が……。

宮下と川島は背後でドアが開く音を聞いた。

ゆっくりとそちらに目を向ける。

澤田がドアを蹴り開けて入ってきた。

勢いよくドアに当たりバーンという大きな音をたてた。

「ひっ!」

宮下はそれに驚いた。

恐怖心がこみ上げてくるのを感じる。

川島が後ろに宮下をかばう。

「へー優しいね」

澤田が不気味な表情で言った。

「止まれ」

川島が銃を澤田に向けて威嚇する。

「あん?もう一回言ってみろコラ」

澤田がドスの聞いた声で言った。

澤田の手には斧が握られている。

その刃がギラリと光った。

「止まれ」

川島は冷静に言った。

「図に乗るなよガキ」

澤田が斧を持ち上げながら近づいてきた。

「所詮はケツの青いガキだ、それが殺し屋だ?調子に乗りやがって、この斧でぶった切ってやるよ、くく……」

澤田が狂気に満ちた笑みを浮かべながら斧を振り下ろそうとした。

次の瞬間川島が発砲した。

その銃弾は澤田の右足を貫通した。

「うぐおおおおおおおおお!」

澤田が叫びながら倒れた。

倒れる瞬間に勢いよく斧を振った。

「くっ!」

川島達はそれを間一髪、バックステップで避けた。

「うぐうううう、ガキ!、やりやがったなちくしょう!」

「ちぇっ!」

川島は弾丸が底を尽きたのを感じた。

予備もない。

逃げるしかない。

いくら澤田が負傷しているからと言って力で勝てるわけがない。

「行くぞ」

川島は宮下の手を引きドアに向かった。

背後で澤田が怒号を張り上げるのが聞こえた。

ドアを開き廊下に出た。

ドアを閉める。

ドアの向こうで澤田の「見つけたらぶっ殺してやるからな!」という声が聞こえた。

ドア越しにも関わらず宮下はすさまじい恐怖を感じた。

あの人に捕まったら殺されてしまうと。

岡田や篠原に襲われた時もその様な恐怖は感じたが今回はその倍ぐらい恐ろしかった。

これが暴力団組長の恐ろしさだ。

幾多の修羅場を潜り抜け何人もの人々を暴行、殺害してきた澤田を前にすれば誰でも恐怖におののくはずだ。

川島と宮下は廊下を進んでいた。

「さっきの人怖いですね」

宮下が言った。

「ああいう奴が一番恐ろしいからね」

川島が落ち着いた声で答えた。

大丈夫、私には川島さんがついてるんだ。

心の中で自分を励ました。

たとえ川島でも澤田に勝てるわけはないのだが。

「それよりも弾を探さないと」

川島が言った。

「え、弾ないんですか!?」

そこで宮下は初めて気付いた。

大きな希望であった弾丸が底をついたことを。

「ああ、あいつに撃ち込んだのが最後の一発だ」

川島が落ち着いた口調で言った。

しかしその中にいくらか焦りも感じられた。

「早く探さないとな」

二人はさらに廊下を進んだ。

「あれなんだ?」

廊下の奥の方に奇妙なドアが見えた。

電気がバチバチとスパークしている。

ドアには赤い文字で何やら書かれているようだ。

ここからではなんと書かれているかまでは読み取れない。

それによってドアは異様な存在感を放っていた。

「君はここで待ってろ」

何か感じたのか川島は宮下にここで待つよう言った。

「はい……」

川島はゆっくりと歩き始めた。

不気味な部屋に入るのは自殺行為かもしれなかったがその中に弾薬が入っているかもしれないとすると入らずにはいられなかった。

「川島さん」

宮下が呼びとめた。

川島が静かに振り返る。

「気を付けてくださいね」

宮下が心配そうに言った。

川島はこくりとうなずくと再び進み始めた。

ドアに近づくにつれなんと書かれているのか読み取れるようになった。

ドアには赤い文字でこう書かれていた。

WELCOME。

ウェルカム。

英語で歓迎を意味する言葉。

中に何かしらの仕掛けがあるのは明らかだった。

しかし入らないわけにはいかなかった。

弾薬を見つけることが先決だ。

そしてドアには人を引き寄せる力があるようだった。

それが川島にも作用しているようだ。

ドアに到達した。

赤い文字で書かれたWELCOMEという単語が闇の中にちかちかと浮かびあがっている。

その光景はとても不気味だった。

赤いペンキか何かでかかれたのかポタポタと赤い液体が床に落ちた。

川島はごくりと唾を飲み込むとドアノブに手をかけた。

ノブを押し下げゆっくりと引く。

ギギ―という不気味な音が周囲に響いた。

ドアの中は真っ暗だった。

暗くて何も見えない。

川島は足元を確かめながら中に入った。

足で異物がいないか確認しながら進む。

五歩くらい進んだあたりだろうか。

突然床がなくなった。

浮遊感を感じた。

「くそ……」

川島は毒づくと身を任せた。

生温かい風が顔をなでた。

*モニタールーム

モニターの中で川島透は落下した。

彼の思っていた通りこの部屋には罠があった。

そして彼は罠に引っ掛かった。

あの部屋には重力を感知して作動する仕掛けがあり、その仕掛けは床が開きその上に乗った者を落下させるといういたってシンプルなものだった。

しかしそのシンプルさゆえ川島もその存在を予測出来なかった。

「おっ、あいつ落ちたぞ」

「まさかあいつが引っ掛かるとはな……」

「あの子も案外バカだったってことね」

「ちがいねえ」

セレブ達が下品な笑い声を上げた。

「まさか川島が引っ掛かるとは・・・今回のゲーム意外な展開ばかりですね・・・」

ジョニーがニヤリと笑った。

川島が入って行った部屋からガチャンという機械音が聞こえた。

何の音!?川島さんに何かあったのかしら!

宮下は駆けだした。

危険極まりない行動だったがそんなこと今の宮下にはどうでもいいことだった。

ドアを抜け室内に入る。

彼女が入った直後ガチャンという機械音が再び聞こえた。

それは床が閉じる音だった。

「川島さん?」

恐る恐る川島の名前を呼ぶ。

宮下の声が室内に反響した。

そしてもちろん返事はない。

「川島さん?いるなら返事してくださいよ……」

何度呼んでんも返事が返ってくるわけがない。

まさか川島さん……。

宮下の脳裏に恐ろしい考えが浮かんだ。

川島さんが死んだ……!?。

うそよ、あり得ない……だって川島さんプロの殺し屋なのよ?

死ぬはずないじゃない、でも返事がないわ、やっぱり川島さん死んじゃったの?

「いや……嘘よ……そんなの嘘……!」

宮下は川島が死んだショックでもと来た道を駆けだした。

信頼出来る川島を失った悲しみからのショック。

しかし彼女の心理にはこのようなものも作用していたのではないだろうか。

川島が死んだら自分はどうやって生き残ればいいのだろう?

苑島ひろみは廊下を進んでいた。

まさかあの子がね……。

宮下の様な普通の女子高生が人を二人も殺すとは彼女にとっても予想外だった。

それには川島の協力があるわけだが。

それにしても面倒ね……。

あの小娘にあの殺し屋がついてるなんて・・・。

現在残っているのは普通の女子高生宮下真由美、プロの殺し屋川島透(紅宮剣)、暴力団組長の澤田龍之介、バラバラ殺人犯の北島将太、未知の八人目神岡恭一、そして彼女苑島ひろみ。

宮下を除けば強者ばかりだ。

勝利するためには作戦を考えねばならない。

まず最も殺しやすいのは宮下。

無理よだってあの殺し屋がついてるもの。

この時苑島はなぜあの時(宮下が川島と出会った時)殺しておかなかったのかと後悔した。

次に頭に浮かんだ名前は澤田。

駄目ね組長相手なんて危険だわ、銃があるならまだしもあいにく私は鉈しかもってないのよね。

次に浮かんだのは神岡。

こいつも駄目ね人肉を食うなんて異常だわ、相手にしたくない、というか遭遇した瞬間喉を食いちぎられちゃうんじゃないかしら?

残ったのは北島。

バラバラ殺人の犯人だけど見た目からするに大した実力はないと思うわ。

よし決めた。

苑島の頭にターゲットは北島、とインプットされた。

通路が横に折れていた。

その先に進むと白い大理石に囲まれた広めの部屋に出た。

その中央にターゲットがいた。

運よくこちらに背を向けている。

「ビンゴ……!」

静かに呟くと苑島はターゲットに忍び寄った。

鉈を振り上げた。

その時……。

北島が振り返った。

振り返りざまに苑島の顔面を殴った。

「きゃっ……!」

苑島はわざとらしく悲鳴を上げた。

「俺を殺そうと思ったってそうはいかねえぞ」

北島の手には拳銃が握られていた。

それを苑島に向ける。

まずいわね……ここは騙して……。

詐欺師特有の嘘回路が働いた。

「違うの、私あなたを殺そうとなんてしてない」

「どうだかな」

「私怖くて……とっても怖かったの……それであなたを見つけたから……でもなんだか怖くて……静かに近づいたの……」

苑島はか弱い女の子を演じた。

「本当だろうな?」

よし、かかった。

「ええ、信じてもらえないかもしれないけど……」

苑島は悲しげな表情で横を向いた。

私の演技完璧。

「信じるよ、悪かったな」

北島が手を差し出してきた。

「ありがとう」

その手を借りて起き上がる。

「怖かったんだろ、もう安心だ」

こいつどんだけ自分に自信があるんだよ……。

苑島は心の中で毒づいた。

「はい、実は私北島さんなら頼りになると思って探してたんです」

「へへ、そうか」

北島は照れ笑いを浮かべながら頭をかいた。

こんな簡単に騙されるなんてこいつやっぱりバカだ。

「俺がいるからには安心だぜ」

北島はガンマンの様に拳銃を構えた。

「はい!」

苑島はわざとらしく嬉しそうに言った。

そろそろ殺るかな?

苑島は決意を固めた。

「北島さんあれ!」

苑島は何かを見つけたように叫ぶと北島の後方の天井を指差した。

もちろん何もないのだけれども。

「何だ?」

北島が『もの』を見るために振り返った。

今だ。

苑島は鉈を振り上げた。

「!」

異変に気付いたのか北島が振り返った。

「くそ・・・!」

鉈は北島のこめかみに当たった。

気を失ったのかぐらりと倒れた。

「くそ……しくじった……」

北島から血は流れていなかった。

つまり殺害に失敗したのだ。

失敗の大きな原因は焦り。

北島が振り返ったことで苑島はとても焦った。

その結果がこれなのだが。

「まあ、いいか」

苑島はニヤリと笑うと北島の手から拳銃を奪い取った。

「これさえあれば……」

拳銃を手に入れたことによって彼女の生存率は急上昇した。

その時奥から足音が聞こえた。

そして「ああっ、クソ!」という声も。

その声は間違いなく澤田のものだった。

「ふん」

苑島は踵を返すと反対側のドアに向かって走り出した。

今の彼女なら澤田を射殺出来た。

しかし面倒な戦闘は避けた方が無難だった。

相手も拳銃を持ってるかもしれないからだ。

苑島は素早くドアを開けると中に入り閉めた。

次の瞬間部屋に澤田が現れた。

先ほど川島に撃たれた足には止血のため赤い布が巻かれていた。

その布には赤ユリのトレードマークの血で赤く染まったユリの柄が縫われていた。

澤田の手には大きめの包丁が握られていた。

「へへ……いいタイミングだ」

澤田は倒れている北島を見つけると不気味に笑った。

そこは錆びれて血の匂いの充満する部屋、壁には大量に血がこびりついている。

北島が目を覚ますと彼は台の上に縛り付けられていた。

「くそ……なんだよこれ!」

動こうとしたがロープで固定されていて動けない。

そういや俺どうしたんだっけ……?

北島は記憶を呼び起こそうと奮闘した。

そして全てを思い出した。

そうか俺はあの詐欺女に……。

「お前かクソビッチ!」

北島が怒りに任せて叫んだ。

しかし彼の耳に帰ってきたのは予想外の声だった。

「何があったか知らないが俺は女じゃないぜ」

そう言って暗がりから姿を現したのは澤田。

彼は工具箱の様な物を持っていた。

工具箱!?まさか俺を拷問するつもりなんじゃ……。

ホラーマニアの北島の頭に真っ先にその考えが浮かんだ。

その考えを推定させるかのように澤田が開いた工具箱の中には血のこびりついたのこぎり、ペンチ、ニッパーなどが入っていた。

「お、おい冗談だろ!?やめてくれ!」

北島が思いっきり叫んだ。

「俺は根っからの拷問マニアでね」

北島の叫びを無視して澤田が説明を始めた。

「しばらく拷問をしないと禁断症状が出てきちまうんだよ、もうすぐでヤバかったぜ、そこで倒れているお前を見つけた、なんてベストタイミングなんだろうな」

澤田が不気味に笑った。

「頼むよ!なんでも言うこときくから!」

北島は必死に叫んだ。

「だったら俺の性奴隷になれって言ったらお前は俺にご奉仕してくれるのか?」

澤田が狂気に満ちた表情で言った。

衝撃的な言葉に北島は黙ってしまった。

まさかあいつゲイか?それに拷問が趣味?なんてクレイジーな野郎だ!こいつに話が通用するわけない、クソ!どうすりゃいいんだ!?

澤田に捕まった時点で北島の死は確定した。

もう彼に逃げる道は残されていないのだ。

「冗談だよ、男は好かねえ」

澤田が一人で下品に笑った。

「さあ、始めようか」

澤田がのこぎりを手に取った。

北島は恐怖で口を開けなかった。

悪夢の拷問ショーが幕を開けた。

宮下は廊下を歩いていた。

あれからしばらくして宮下はようやく立ち直った。

赤い電球は相変わらずチカチカと不気味にスパークしている。

私一人でも頑張らなきゃ……!川島さんのためにも……!

宮下はフックをぎゅっと握りしめた。

「このドア……」

宮下の目の前には赤いドアがあった。

そのドアだけ他のドアとは異なる威圧感を放っていた。

ごくりと唾を飲み込む。

この先に何か武器があるんじゃないかしら?

そう思わずにはいられなかった。

ドアを開ける決意をしドアノブに手をかけた。

勢いよく降ろしドアを押しあける。

「……!」

ドアの先には階段があり下の階へと続いている様だった。

照明は薄暗くあまり先が見えない。

不気味なことこの上なかった。

怖い……何か化け物が出そう……。

普段ならそう言って引きさがる彼女だが今回ばかりはそうもいかない。

生き残りたいなら進むしかないのだ。

「行くわよ……!」

宮下はフックを握りしめると階段を下りはじめた。

階段を下りていると男の悲鳴が聞こえてきた。

もしかして川島さん!?

宮下は駆けだした。

なんどか足がよろめき転びそうになったがなんとか下り切った。

地下の照明は相変わらず薄暗くチカチカしている。

そして目の前で道が左右に分かれていた。

耳を澄まし悲鳴を聞く。

どちらから聞こえているか分かりづらかったがなんとか左から聞こえていることが分かった。

左の道を進む。

「きゃっ!?」

人間の手首が落ちていた。

あたりには血痕がある。

しかしそれはだいぶ前のものの様で手首は干からびていた。

彼女が手首に驚いている間も悲鳴は続いていた。

こんなことしてる場合じゃない……早く川島さんの所に行かなくちゃ!

宮下は耳を澄ませ悲鳴のする方向を聞き分けると進んで行った。

五つ目の分かれ道を抜けた。

そこから先は分かれ道にはなっていなかった。

左右にフェンスが張られておりその奥にはボイラーがあるのか赤い光がフェンスから差し込んでいた。

そのためサウナの様に蒸し暑かった。

悲鳴が聞こえなくなった……。

男の悲鳴が止まっていた。

まさか……。

宮下は駆けだした。

汗が首を伝い床に落ちる。

ボイラーエリアを抜けると重々しい扉があった。

もしかしてこの奥に……。

宮下は覚悟を決めると扉に手をかけた。

取っ手を掴み引く。

扉は重くびくともしなかった。

いや、少しずつだが動いている。

この奥に川島さんが……!

扉が完全に開いた。

中にある物を見て宮下は愕然とした。

部屋の中央に台がありその上に男が縛られていた。

男の顔はドリルか何かで穴を開けられたりしたのかぐちょぐちょで原形をとどめていなかった。

しかし服装から死体が北島だと判別することは出来た。

しかし今の宮下に考える余裕などなかった。

指は全て切断されており床には爪と思われるものが落ちていた。

それは足も同様だった。

腹のあたりで服が裂けていて腹が見えた。

腹は完全に切り開かれていて中の内臓はいくつか取り出されていた。

「う……」

宮下は口を抑えた。

グロテスクすぎる死体を見たことにより吐瀉物がこみ上げてきた。

そして……。

「うおええええええ……!」

遂に宮下は吐瀉物を吐き出した。

床にボチャボチャと吐瀉物が落ちる。

「はぁはぁ……」

宮下は床に手をついた。

先ほどのショックで彼女の精神は激しく動揺していた。

ふと横に目を向けると……。

「……!」

心臓と思われるものがあった。

心臓は踏みつけられたのか形を崩していた。

こんなの嘘よ……。

その時何者かの足音がした。

こちらに近づいてくる。

宮下は急いで飛び起きると侵入者に備えた。

宮下はごくりと唾を呑んだ。

部屋に入ってきたのは案の定、澤田だった。

彼の服は血で染まっている。

まさかあの人が……?ちょっと危ない人とだとは思ってたけど……。

宮下は計り知れない恐怖を感じていた。

最初に澤田と遭遇した時も同じような恐怖は持っていた。

しかし今回はその何倍も恐ろしいかった。

人間を拷問して楽しむような危険な男と二人きり・・・。

恐ろしすぎるシチュエーションに気絶してもおかしくないだろう。

もしかすると次に拷問されるのは自分かもしれないのだから。

「お前は殺し屋と一緒にいたお譲ちゃんじゃないか」

澤田がナイフを握って近づいてきた。

「ナイトはどこに行ってしまったんだい?」

澤田が不気味な笑みを浮かべながら近づいてきた。

「こ……来ないでください……」

宮下は恐怖に震えながら後ずさった。

その震えが余計に澤田の興奮を煽るとは気付かずに・・・。

フェンスに背中が当たる。

「くく……俺におびえているのかい?」

澤田が狂気に満ちた表情で言った。

「そ……その人はあなたが殺したんですか?」

宮下は死体となった北島を見て言った。

がくがくと震える声で。

「ああ、とても楽しかったよ」

くくくと不気味に笑いながら澤田は続けた。

「やっぱり拷問てのは癖になるよな〜、人を見るとよ拷問したくてしょうがなくなるんだよな、とくに君みたいなかわいい子だとね」

この人完全にアブナイ!

身の危険を感じ宮下は動き出した。

戸に向かって走り出したが、目の前に澤田が立ちふさがった。

「けひひ……そうはいかねえぜお譲ちゃん」

横を通り抜けようとするがそれも阻まれる。

こうなったら……。

「えいっ!」

宮下はフックを澤田に投げつけた。

唯一の武器を失ってしまったが、この状況では仕方ないことだった。

「うぐ……!」

フックは澤田の顔面に当たった。

その痛みと衝撃で澤田はよろめいた。

今だ!

心の中で叫ぶと宮下は駆けだした。

澤田の横を通り抜け扉を抜けた。

背後で澤田が「待て小娘!」と叫んで走り出すのが分かった。

捕まったら殺されちゃう!

それは疑いようもない真実だった。

いや澤田のことだ、殺す前にたっぷりと拷問をするだろう。

宮下は必死に走った。

そしてボイラーエリアを抜け分かれ道エリアに入った。

背後で聞こえる足音の距離感から澤田が彼女との距離をつめているのは明らかだった。

このまま逃げたところでいずれ追い付かれるだろう。

ならどこかに隠れた方がいいのではないだろうか?

宮下はそう考えた。

入ってきた方向とは異なる道に進んだ。

そこから先は行き止まりになっていた。

嘘!?どうしよう……!このままじゃ……。

ふと外れかけた絵画が目に止まった。

傾いたがくの中には貴族の宴を描いたであろう作品が収められていた。

しかし宮下が気になったのは絵画の方ではなかった。

彼女が気になったのは外れかけ傾いたがくの状態だ。

もしかしてこの奥に抜け道があるんじゃないか。

宮下はそう思った。

SF映画などである隠された通路。

それがここにもあるのではないか。

宮下は早速絵画を掴んだ。

力を込め絵画を外す。

はたして……。

その奥には中ぐらいの大きさの溝があった。

それは人が通れる広さではなかったし、奥は壁で塞がれていた。

しかし宮下は目を輝かせた。

溝の中にチェーンソーが置いてあった。

これならあの人を倒せる!

宮下は早速チェーンソーを引っ張り出した。

ずっしりとした重量感が手に伝わった。

重い……でも頑張らなくちゃ。

チェーンソーを地面に置きリコイルスターターを掴んだ。

次の瞬間澤田が現れた。

「見つけ……」

さすがの澤田もチェーンソーを見て怖気づいたのか表情を強張らせた。

しかしすぐにこんな女の子にチェーンソーを振り回すのは無理と気付いたのかニヤニヤと笑いながら歩き出した。

宮下はリコイルスターターを引いた。

ブルルンとエンジンが振動した。

しかしまだ起動しない。

早くしてよ……!

「どうしたのかなお譲ちゃん?」

澤田が徐々に距離を詰めて来る。

早く!

何度引いてもエンジンは起動しなかった……。

そして澤田の姿が目前に迫った……。

その時。

ブイイイイイイイン!という轟音を立てチェーンソーが起動した。

澤田が「ちぇっ!」と舌打ちをして飛び退った。

宮下はチェーンソーを持ち上げようとした。

重い……。

実物のチェーンソーはホラー映画のヒロインのように

軽々と振りまわせる代物ではなかった。

でもこれを持ち上げなきゃ。

宮下は必死に力を込めた。

チェーンソーの体が地面から離れる。

宮下はチェーンソーを構えた。

ずっしりとした重量感を感じた。

澤田は冷や汗を垂らし、表情を強張らせていた。

宮下は澤田を殺すつもりだった。

躊躇をしていては必ず殺られる。

それが彼女にも分かった。

「うわあああああああ!」

宮下はチェーンソーを振りかざした。

「くっ……」

澤田に向かって振り下ろす。

澤田が横に飛び退きそれを回避した。

逃がさない!

チェーンソーの刃が澤田を追うように横に動いた。

「ちぇっ……!」

澤田が体制を低くしそれを避けた。

チェーン型の刃がガリガリと壁を削る。

「うおっ……!」

澤田がどさりと尻もちをついた。

チェーンソーの刃を避けた際にバランスを崩したのだ。

宮下にとってそれは絶好の体制だった。

「やあああああああ!」

宮下はチェーンソーを振り上げた。

しかし……。

刃の回転が止まった。

「えっ?」

まさか……嘘でしょ?

「へへへっ……」

澤田が狂気に満ちた笑みを浮かべながら立ち上がった。

「残念だったなお譲ちゃん」

澤田が右手を突き出した。

その一撃が宮下の顔面にヒットする。

「あぐっ……!」

宮下はよろめいた。

「くへへっおらぁ!」

続けて足が蹴りだされる。

腹に足がめり込む。

「きゃあ!」

澤田の強烈な蹴りで宮下の小さな体は吹っ飛ばされた。

チェーンソーがどさりと落ちる音と共に地面に尻もちをついた。

「さあ、お楽しみだ」

澤田が「くく……」っと笑いながら宮下に近づく。

「い、いやっ……」

宮下は後ずさった。

背中が壁に当たる。

「逃げられねーよ!」

澤田が宮下の顔面に蹴りを入れた。

「あうっ……!」

衝撃で視界がブレる。

「まだまだお楽しみはこれからだぜお譲ちゃん」

そう言うと澤田は宮下の上に馬乗りになった。

そして拳を突き出す。

「ぎゃう……!」

宮下は声にならない悲鳴を上げた。

「おらおら!」

続けて二撃、三撃と拳を叩き込む。

宮下は悲鳴を発する間もなかった。

「くく……ナイススマイルだお譲ちゃん」

澤田が恐怖におびえる宮下の顔を見て不気味に笑った。

「さあ、続きいくぜ!」

澤田が再び拳を振り上げた。

その時……。

「レディーに乱暴するもんじゃねえぜ」

澤田の背後から男の声が聞こえた。

「ああん?」

澤田がゆっくりと立ち上がり振り返った。

澤田の目の前にはショットガンなどで武装した川島が立っていた。

川島は黒色のバッグを持っていて、中に武器が入っているのかあちこちが突起していた。

か、川島さん……。

宮下はなんとか川島の姿を視界にとらえることが出来た。

「てめえは殺し屋のガキじゃねえか、何の用だ?」

澤田がぎろりと川島をにらんだ。

目の前の相手が銃を持っているにも関わらず強気な態度に出られるのは澤田の特権だ。

「用も何も、レディーに乱暴するもんじゃないって言った気がするけど?」

川島が冷たい瞳で澤田をにらんだ。

「けっ、そんなもん知ったことか」

澤田がぺっと唾を吐いた。

「これよりお前を処刑する」

その言葉を聞いて澤田は目を見開いた。

突然のことにさすがの澤田も口を開けなかった。

そんな澤田を尻目に川島は問答無用で引き金を引いた。

銃口から飛び出したショットシェルが澤田の頭部を吹っ飛ばした。

澤田の血が宮下に降りかかった。

澤田の体は数秒間直立した後ばたりとくずおれた。

澤田が死亡したことを確認すると川島は宮下に駆け寄った。

「大丈夫か?」

10

「よしこれでだいたい拭きとれたな」

川島が赤い血のついたハンカチをポケットにしまって言った。

宮下のセーラー服にはまだわずかに血がついていたが、染みついてとれなかった。

「ありがとうございます」

宮下はようやく口を開けるようになった。

「ごめんな、俺がもう少し早く来てりゃ……」

川島が申し訳なさそうに言った。

「いえ、川島さんが来てくれただけで嬉しいですから」

宮下がにっこりと笑った。

「ありがとう」

川島が照れくさそうに言った。

「それよりも川島さん」

宮下が真剣な表情に戻って言った。

「あの時何があったんですか?」

「あの時?」

「ほら、暗い部屋に入って行った時」

「ああ、あの時か」

川島が一度深呼吸をしてから言った。

「あの時、俺はトラップに引っ掛かった、床が開いて地下に落下したんだ、そこはほこりに塗れた汚い通路だったよ、でもその途中でこれを見つけた」

川島が黒色のバッグを下ろした。

「これは?」

宮下が聞いてきた。

「武器だよ」

そう言ってチャックを開ける。

中にはハンドガンが二丁(片方が日本製でもう片方がアメリカ製)と二連式デリンジャー、軍用ナイフ、そしてショットガン及びそれぞれの弾薬が入っていた。

「倉庫みたいな部屋があってこのバッグと一緒に置いてあったんだ」

川島がバッグをぽんと叩く。

「でも空の棚もいくつかあった、残念ながら他の武器はすでに持ち去られた後だったらしい」

川島はバッグからショットガンのシェルを取り出し、それを込め始めた。

「君人を撃つ自信はあるかい?」

「た、多分……ありません……私射的も下手だし……」

宮下がうつむき加減に答えた。

「言っとくけど実際の射撃と射的では大分違うよ」

川島が装填を終え、スライドを操作ながら言った。

そしてバッグから軍用ナイフを取り出す。

ナイフは革製の鞘に収まっていた。

「射撃が出来ないならこれだけでも持っておくといい」

そう言ってナイフを差し出す。

宮下はそれを無言で受け取った。

予想していたよりも重く、ずしりとした重量感を感じた。

「それとこれだ」

そう言ってデリンジャーを差し出す。

「これは小さくてポケットにも収まるから護身用に持っておくといい、撃てなくても自信がつくよ」

それも無言で受け取る。

こちらは予想していたよりも軽かった。

「ありがとうございます」

そう言うと宮下は武器の装備を始めた。

ナイフはスカートの隙間に入れ、デリンジャーはポケットにしまう。

*モニタールーム

「残り四人か」

ジョニーはペンを握ると参加者名簿にある澤田の名前を塗りつぶした。

「みなさんいよいよクライマックスですよ」

客人たちに呼びかける。

すると客人席から歓声が上がった。

「さーて生き残るのは誰でしょー?」

ジョニーの眉が不気味に釣り上った。

第六章生存競争

苑島ひろみの姿は二階廊下にあった。

壁に腰かけている。

彼女の手元には先ほど手に入れたハンドガンが置かれていた。

銃身が照明の光を受け軽く光った。

反対側の手元には鉈が置かれている。

その時。

「みなさん御報告〜!なんと今回は一気に二人の敗者が!一人目はバラバラ殺人犯の北島さん!澤田さんに拷問されてちびりながら死にました!そして二人目はその澤田さん!ショットガンで瞬殺されるという彼らしからぬマヌケな死に方でしたが、くっくっく、おっと失礼、つまりみなさん、残ってるのは四人、ゲームも終盤に差し掛かったってことです!さあさあみなさんラストスパートがんばって行きましょー!」

ジョニーの耳障りな放送が流れた。

「残り四人……」

ゆっくりと立ち上がり、鉈をズボンの隙間に入れる。

「やってやるわ」

ハンドガンを拾い上げる。

「生き残るのは私なんだから」

苑島はゆっくりと廊下を歩いている。

銃を構え警戒しながら。

曲がり角に差し掛かった。

そこにある照明は壊れているのか弱い光しか放っていなくて、とても薄暗かった。

「ふん、不気味な廊下……上等じゃない」

自分を奮い立たせるべく言う。

足を動かす。

しばらく歩いていると十字路が見えてきた。

目標を見つけ歩く速度が速まった気がした。

そして十字路に差し掛かった時……。

何かが飛び出してきて銃を持つ苑島の手を掴んだ。

「あ、あんたは……」

苑島の目の前には見知らぬ男、神岡がいた。

神岡はくしゃくしゃに乱れた髪形をしていて、口から上を蔽うようにして奇妙な仮面をつけていた。

それが余計に神岡を不気味に見せた。

「肉〜肉〜」

不気味に神岡がうめいた。

肉ってまさかこいつ!

そのまさかだ。

「肉―!」

神岡は口を開けて叫ぶと苑島の手に歯を立てた。

歯が食い込み、そこから血があふれ出た。

「ぐああああああっ……!」

引き金に力を込め発砲した。

神岡は弾丸を避けると飛びのいた。

「ぐうううううう……」

苑島は顔をしかめて唸った。

「この野郎!」

銃口を神岡に向け撃つ。

しかし次の瞬間苑島は目を見張った。

神岡が弾丸を“避けた”。

「うそ……」

どういうこと?なんで弾を避けられるの?人肉を食うといい、あの奇妙なマスクといい、やっぱあいつ人間じゃないわ。

え、もしかしてあいつ超人じゃないの?

そうよ超人なのよ、だから弾丸を避けられるんだわ。

ちょっと超人相手にどう戦えっていうのよ!

苑島は神岡に対する恐怖心がこみ上げてくるのを感じた。

「なんで当たんないのよ!」

再び引き金を引く。

しかし何度撃っても弾丸は神岡を捕えることが出来なかった。

そればかりか神岡が向かってくるではないか。

「くっそぉ!」

苑島は絶望の声を上げた。

その直後神岡が再び苑島の手を掴んだ。

「くっ……!」

そのまま手をねじり上げる。

何かの武術だろうか。

それは武術家のそれと同レベルの高度なものだった。

苑島の足に自らの足をかける。

バランスを崩した苑島を床に倒す。

「ちくしょー!」

ぎろりと神岡を睨みつける。

しかしそれは何の効果もないのだが。

「ひひひ……」

神岡は苑島から奪ったハンドガンをひらつかせた。

ニヤリと笑いながら床に落とす。

「うおおおおおおおおお!」

苑島は再び北神岡に向かった。

ズボンから鉈を抜き神岡めがけて振り下ろす。

神岡はそれをすーっと避けた。

「でええええええええ!」

鉈を横に振りぬく。

しかしまたしても神岡はそれをしゃがんで避けた。

続けざまに手を伸ばし苑島の手を掴んだ。

腕をねじる。

「あぐう……!」

鉈が地面に落ちた。

「ひっひっひ……」

また神岡が不気味に笑った。

今度は後ろ手に手をねじり上げる。

しまった、後ろを取られた……。

そう思った時にはもう遅かった。

神岡が苑島の顔に歯を突きたてた。

手の時とは比べ物にならない激痛が苑島を襲った。

「ぎゃああああああああ!」

喉の奥から叫び声がこみ上げてくる。

しかし叫んでいるだけではどうにもならない。

「うぐあああああああ、離せ!」

苑島は必死で神岡を振り落とそうともがいた。

しかし神岡は離れない。

揺れる衝撃で余計に歯が食い込んだ。

くそくそ!どうすりゃいいの!?

苑島は混乱し闇雲に頭を振り乱した。

それが幸をそうした。

苑島の頭部が勢いよく神岡の顔面にヒットした。

神岡が「あぎゃ」とうめき、苑島の体を解放した。

苑島はそのまま前のめりに倒れ、膝をつき、傷ついた顔面を抑えぜえぜえと肩で息をした。

神岡は苑島の背後で顔を抑え「痛いよ〜」とうめいていた。

に、逃げるなら今しかないわ。

もはや苑島の神岡に対する敵意は完全に消えていた。

代わりに湧いてきたのはとてつもない恐怖。

今はいっこくも早くこの化け物から離れたかった。

苑島は残る全ての力を振り絞って立ち上がった。

そして神岡から離れるべく走り出す。

道はどうでもよかった。

ただ神岡から離れられさえすればそれでよかった。

苑島の足音を聞いた神岡が「あ、待って〜!」と言って走り出しかけて足を止め、何かを見つめた。

神岡の視線の先には苑島の落としたハンドガンが落ちていた。

それを見た神岡は不気味に「てっぽう」と呟きニヤリと笑った。

苑島は必死に走っていた。

その時背後から彼女を追う足音が聞こえてきた。

そして「肉、肉」という不気味な声も。

該当する者は神岡しかいなかった。

うそ!来ないでよ!

苑島は走る速度を速めようと努力した。

その時バカーンという銃声が聞こえた。

同時に右足に痛みを感じた。

「あぐう……」

足を撃たれよろめいた。

しかしそれでも止まるわけにはいかなかった。

「止まって……たまるかぁ!」

自身を奮い立たせる様に苑島が叫んだ。

そして2発目の銃声。

今度は左肩に痛みを感じた。

「ぐううう……」

恐怖と痛みから倒れそうになった。

だめ、倒れちゃだめ。

すんでのところでなんとか体制を保った。

背後から聞こえてくるのはそんな苑島をあざ笑うかの様な「きひ、きひ」という笑い声。

痛む足を引きずるように再び走り出す。

奥の方に何か部屋が見えた。

あれは……なに?

よく見るとどこの部屋が分かった。

ホールだ。

ほ、ホール……あそこにたどり着けば……。

ホールの放つ明るい光が今の苑島の唯一の希望だった。

しかしその希望を断ち切るかのように三発目の銃声。

今度痛みを感じた場所は腹。

以前の2発よりも痛みは大きかった。

も、もう少し……。

徐々にホールが近づいてきた。

背後で4発目の銃声。

しかし今度は軌道をそれ壁に当たった。

それは奇跡といってもよかった。

奇跡の助けもありなんとかホールにたどり着いた。

やった、やった!

階段を駆け降りるべく走り出した。

背後で5発目の銃声。

苑島は再びの奇跡を期待した。

しかし二度と奇跡は起きなかった。

弾丸は苑島の頭を貫通した。

え……?う、そ?

そこで苑島の意識は消えた。

苑島の体はそのまま直進し階段の手すりを支える柱に激突した。

その反動でぐらりとエビ反りに倒れ、ゴロゴロと階段を転がった。

宮下と川島は銃声を聞きホールにやって来た。

「川島さん、二階からです」

宮下が二階を見上げながら言った。

「ああ、そうみたいだな」

言いながら警戒態勢をとる。

その直後二階通路から苑島が走り出てきた。

苑島は体のいたるところから出血していて、足を引きずるように走っていた。

その顔は、まるで何かに追われているのかまさに必死の形相だった。

そして銃声。

弾丸は苑島の頭部を貫通した。

苑島の体はわずかによろめき、そのまま階段を支える柱に激突した。

その体は反動で倒れ、ごろごろと階段を転がってきた。

そして宮下の目の前で止まった。

「ひろみさん……!」

苑島の死体を目の前にして宮下が叫んだ。

苑島の死が意味することは一つ。

苑島が死んだ今、生き残っているのは宮下と川島のペア、そして狂気に満ちた八人目神岡。

それは化け物との戦いを意味していた。

「おい、お出ましだぞ」

川島がショットガンを構えながら言った。

宮下が顔を上げると、階段の最上段に神岡が立っていた。

「あの人が……」

「ああ、八人目、神岡恭一だ」

神岡の口元が不気味に緩んだ。

川島がショットガンのスライドを操作した。

*モニタールーム

「おい」

セレブの一人が呼びかけてきた。

「何です?」

イスを回転させてそちらを向く。

「あの神岡とかいう奴、どうして弾丸を避けられるんだ?超能力の類か?それとも最新の生物兵器か?」

ジョニーに質問したその男は興奮した声で言った。

神岡の秘密が気になるのか、セレブ達全員が同じ様な表情をしていた。

「超能力なんてもんじゃありませんよ」

ジョニーがちがうちがうと言うように手を振った。

「じゃあなんだ、やっぱ生物兵器か?それとも特殊訓練を受けた一等兵か?」

「それもハズレです」

「じゃあなんなんだよ、早く教えてくれよ」

他のセレブ達もうんうんとうなづいた。

「答えは単純ですよ、超能力や生物兵器なんかじゃありません、あれはただ単に弾丸の着弾位置を予想して発砲される前に回避しているだけです」

「そんなことが可能なのかよ?第一そんな冷静に着弾位置の予想なんて……」

「出来ますよ、神童なら」

「神童ならなんであんなに狂ってるんだよ」

「話すと長くなるかもしれないですがいいですか?」

ジョニーが念を押すように言った。

「ああ、いいから早く続けてくれ」

男が急かすように言った。

「じゃあいきますよ」

ジョニーは深呼吸をすると話し始めた。

「彼はあの神岡正敏曹長と生け花の達人、上原千里の間に生まれました」

神岡正敏曹長はテロのせん滅から警備まで様々な問題をテキパキと解決する神の申し子と言ってもよいほどの活躍を見せる軍人だった。

一方上原千里は生け花の達人で、手先がとても器用だった。

この二人の長所を受け継いだのが神岡恭一だった。

「神岡曹長ってあの東京駅のテロで死んだ?てことはあのテロが原因なのか?」

20XX年八月十日、東京駅のいたるところにテロリストにより爆弾が設置された。

その爆弾は最新型の小型で、見つけることは困難だった。

しかしその小さな体に秘めた爆発力は波半端のものではなかった。

そのため壮大な被害が出た。

「まあ、待ってください、話は最後まで、みなさんもご存じの通り神岡曹長はとても愛国心が強く、とても仕事に専念しており休む時間など滅多にありませんでした、そんな時ようやく休みが取れ、曹長は家族との大切な時間を過ごすため伊豆への旅行を計画しました、しかしその日は不幸にも東京駅テロの日と重なってしまったのです、家族と共に新幹線へ乗り込もうとしたまさにその時爆弾が爆発しました、千里さんは爆弾に体を吹っ飛ばされ即死し、奇跡的に生き残った曹長と恭一君も大けがを負いました、しかし曹長は翌日爆薬の成分で癌を発症し数日後亡くなりました、唯一生き残った恭一君も脳に深い損傷を受け彼の時間はそこで止まってしまいました、つまり彼のその時点での年齢、今の彼の時間は7歳で止まってしまっているんです、彼はもともと神岡曹長の才能を受け継いだ天才でしたから武術を教えればすぐにマスターしました、それこそ達人を倒してしまうほどにね、当初我々は彼を兵士にするつもりでした、しかし脳に深い損傷を負っているためそれは叶いませんでした、そこで我々は彼を今回のゲームに参加させることにしたのです」

そこでジョニーは息を大きく吸い込んだ。

「神岡君の秘密お分かりになっていただきましたか?」

「ああ」

「それは良かった」

そう言うとジョニーはイスを回転させモニターに視線を向けた。

神岡がゆっくりと銃身を持ち上げた。

しかし神岡が発砲するより早く川島が引き金を引いた。

ドーンという射撃音と共に銃口からショットシェルが飛び出す。

よし、勝負は終わった。

川島がそう思ったのもつかの間、神岡が「ひゃっは!」と笑いながら階段から飛び降り、弾丸を回避した。

二階から飛び降りただと!?

神岡がいた階段の最上段はほぼ二階と同じ高さ、そんなところから飛び降りれば下手すれば足を痛めるかもしれないし、何より着地直後の隙が出来るはずだった。

しかし川島の考えは裏切られることになった。

神岡が飛び降りた先には木々が生い茂っていた。

その中の一本の枝につかまり、勢いを殺してから着地する。

それらの行動が一瞬と思えるほど神岡の動きは素早かった。

床に生える草をかき分け、神岡が川島達の目の前に現れた。

その手からハンドガンは消えていた。

さっきの着地の際に落としたようだ。

こいつは強敵だ。

川島の長年の勘がそれを告げていた。

もちろん川島にもそれなりの武術の心得はあるわけだが、それでも神岡に勝る気がしなかった。

しかし戦ってみないことには始まらない。

スライドを操作し空の薬莢を放出する。

銃口を神岡に向け引き金を引く。

しかし次の瞬間川島は目を見張ることになった。

神岡が弾丸を避けた。

「な……んだと」

こんなことがあり得るのか?あいつ弾丸を避けたんだぞ!?そんなの二次元にしか存在しないんじゃないのか?

川島は軽いパニックを起こしかけていた。

そんなことをしている内に神岡が目の前に迫っていた。

「く……!」

あわててスライドを操作し銃口を向ける。

引き金を引き絞った。

無論弾丸は神岡を捕えることが出来なかった。

そればかりか神岡がショットガンの銃身を掴んできた。

思わず舌打ちをする。

神岡はショットガンの銃身を勢いよく回転させた。

「うおっ……!」

それにつられて川島の腕も回転する。

しかしそれは人間の体の構造上不可能なことだった。

そのため腕の回転が限界を迎えた時、川島はバランスを崩して転倒した。

ショットガンから手が離れる。

「あぐっ……!」

後頭部を床に強打する。

「いひひ……けけ」

神岡が不気味に笑いながらショットガンの銃口を川島に向けた。

「川島さん!」

叫びながら宮下が軍用ナイフを構えて神岡に突進して行った。

「きき……」

神岡は不気味に笑いながらショットガンを捨てた。

宮下の襲撃に備えるためだろう。

「うおおおおおおおお!」

刃が神岡に近づく。

しかしその刃が届くことはなかった。

神岡は宮下の攻撃をすーっと避けると無防備なその顔面に張り手を食らわせた。

「うぐっ」

宮下がバランスを崩して倒れる。

「くひひひひひひひ……」

神岡が不気味に笑う。

しかしその笑いが突然途切れた。

そして宮下を見つめながら言った。

「マ……ママ……」

「え?」

宮下にはその意味がまったく分からなかった。

ただ分かるのは神岡から感じられる『純粋な狂気』。

宮下と神岡の母である上原千里は瓜二つと言ってもいいほどそっくりだった。

こんな偶然、いや不運があるのだろうか。

神岡には宮下の姿が母親の千里に見えていた。

そう、愛しの母親に……。

「ママ……」

ゆっくりと宮下に歩み寄る。

その時神岡の背後で一発の銃声。

しかし死角からの攻撃であるにも関わらず神岡はそれを避けた。

「う〜ん?」

神岡がゆっくりと振り返る。

川島がハンドガンを神岡に向けていた。

ズボンからもう一丁も抜き、二丁拳銃を構える。

「何が言いたいか知らないが、おいたもほどほどにな」

川島が不敵な笑みを浮かべる。

しかしその頬を冷や汗が伝った。

「お……い……た……?」

神岡の眉が釣り上った。

「ぼくおいたなんかしてないのに!」

神岡は突然叫ぶと川島に向かって突進した。

「ちっ」

二丁拳銃の引き金を引く。

三回ほど連続で引いたがその合計六発の弾丸はみな神岡に避けられた。

まずいぞ……。

神岡の姿が目前に迫る。

神岡は川島の腕を掴むとありったけの力を込めてひねった。

それがあまりにも素早い動作で行われたため抵抗する間が無かった。

二丁のハンドガンが床に落ちカタンという音を立てる。

ボキリ、ボキリと何本か骨が折れる音がした。

すさまじい怪力だった。

「うぐあああああああ!」

口から悲鳴が漏れる。

「くく……ひひ」

「川島さん!」

宮下がデリンジャーを取り出し神岡に向けた。

慎重に照準を合わせ、引き金を引く。

思っていたよりも大きな射撃音がした。

無論神岡はその弾丸を避ける。

「うひひ……ママ……」

神岡が宮下の方を向く。

「こ……来ないで!」

再びデリンジャーの照準を合わせる。

「だりゃあ!」

川島が神岡に上段蹴りを放った。

しかし神岡はそれを軽々と避け、川島のもう一方の足に強烈な回し蹴りを叩き込んだ。

足に激痛が走る。

「あぐう……!」

バランスを崩し、足元からガクリと折れるように倒れる。

「くきき……」

再び神岡が宮下の方を向く。

「ママァ……ママァ……」

神岡が手を伸ばして宮下に迫る。

「来ないで!」

恐怖に耐え銃口を向ける。

「な……ん……で……な……の……?……ママァ」

神岡がゆっくりと近づいてくる。

「いや……来ないで!」

遂に宮下は恐怖に負け走り出した。

神岡から逃げるべく階段を駆け上がる。

「待ってよママァ!」

神岡がそれを追う。

「いやぁ!、あっ……」

宮下は段を踏み外して転んだ。

それは恐怖からくる異様なまでのプレッシャーのせいでもあった。

宮下が恐る恐る振り返ると目の前に神岡が立っていた。

「逃げないでよ……ママ」

神岡がニヤリと笑う。

「いやあああああああ!」

喉の奥から悲鳴が漏れる。

神岡の放つ狂気は他の参加者のいずれのものとも比べものにならないレベルだった。

「くそ……!」

川島は毒づくと痛む足に鞭打ち立ち上がった。

「うぐ……」

足に電流の様な痛みが走る。

しかしそんなことを言っている場合では無い。

それは川島自身が一番分かっていた。

宮下が危ない時にそんなこと言ってられるか!

自分を奮い立たせるように心の中で叫ぶ。

足を引きづりながら歩く。

川島は落ちている軍用ナイフを拾い上げた。

腕に激痛が走る。

骨が折れているから当たり前なのだが。

ナイフを拾ったのは、腕がこんな状態では銃を扱えるわけがないと判断したからだった。

「ママァ!」

神岡が宮下に手を伸ばす。

「いやぁ!」

ようやく宮下は体を動かすことが出来た。

立ち上がり階段を登りきる。

「どうして逃げるのぉぉぉぉぉぉ!!」

神岡が宮下を追う。

いや、いや……捕まりたくない……捕まるなんて絶対にいや!

足が二階廊下に入ろうとしたその時―。

「待ってよママァ!」

神岡が宮下の手を勢いよく掴んだ。

反動で体が止まる。

宮下は息を呑んだ。

ショックで声を出すことが出来なかった。

「ママ、ねえママァ、僕はママのことこんなに好きなんだよ、ママも僕が好きだよね?愛してるよね!?もちろん愛してるよね!?うん僕もママを愛してるよ!世界で一番ママがダーイスキー!」

神岡が叫んだ。

いや……気持ち悪い、なんなのこの人、捕まっちゃった……何されるの?ねえ私は何されるの?この人のママ?そんなのいや、絶対にいや!

その時。

「そうかい、俺はあんたが嫌いだぜ」

川島がナイフを勢いよく神岡の腕に突き刺した。

「いたああああああい!」

神岡が叫んだ。

放り投げる様に宮下の体を解放した。

「きゃっ!」

地面に倒れこむ。

宮下は壮大な解放感に襲われた。

しかしそれは次の瞬間に消えることとなる。

「うぐうううううう……」

神岡が怒りに満ちた目で川島を睨みつけた。

「なんだいボーヤ?」

川島が挑発する様に言った。

「うおおおおおおおおお!」

神岡が全体重をかけて川島に突進した。

「くっ……」

川島もそれに応えるべく身構えた。

そして衝突する。

力は圧倒的に神岡の方が上だった。

川島の体はどんどん押されていく。

背中が柵に当たった。

あぶねえ……これが無かったら下に落ちてたとこだ。

そう安心したのもつかの間。

次の瞬間川島の体が柵を乗り越えた。

「ちくしょう……」

川島を押したまま神岡の体も柵を乗り越えた。

二つの体が勢いよく落下する。

そしてドスンという音。

「川島さん!」

宮下は急いで柵に駆け寄り下を見た。

川島は頭から血を流し倒れていた。

血だまりがどんどん大きくなって行くのが見える。

それだけで出血量が少量ではないことが分かる。

急いで階段を駆け降りる。

「川島さん!」

川島の体に駆け寄ろうとしたその時。

「ママァ!」

倒れていた神岡が顔を上げた。

奇妙な仮面は割れており、『純粋な狂気』を宿した目が見えた。

「ママァ!」

宮下に向かって這ってくる。

「いや……」

宮下は階段に登りかけた振り返った。

「駄目……逃げちゃ駄目……」

デリンジャーを神岡に向ける。

「私はあんたのママじゃないのよ!」

引き金を引く。

弾丸は神岡の額を貫通した。

そのままガクリと倒れた。

宮下は神岡が動かなくなったのを確認すると川島に駆け寄った。

「川島さん!」

川島の体を揺らす。

「ねえしっかりしてくださいよ川島さん、ほら起きて自分の目で見てください、私たち勝ったんですよ私たち……」

川島がすでに死んでいるのは分かっていた。

分かっていたけれども……。

それでもその現実を認めたくなかった。

「川島さん……」

一気に絶望へと沈む。

これで宮下の生還は決まった。

しかしそれを喜ぶ気にはとうていなれなかった。

「おめでとうございます、宮下真由美さん」

壁の一部がくるりと回転し、ジョニーと兵士が姿を現した。

「あなたの優勝です」

ジョニーが告げる。

「川島さんが優勝するはずだったのに……」

ボソリと呟く。

「いいえそんなことはありませんよ」

「えっ?」

宮下は思わずジョニーの方を向いた。

「紅宮さん、いえ川島さんはあなたを優勝させるつもりでした」

「な、なんでそんなことが分かるんですか?」

「そりゃあ川島さんの行動を見ていれば分かりますよ、忘れましたか?彼はあなたを何度を助けました」

そういえばそうだ……。

川島さんは私を何度も助けてくれた……。

「最後に殺す相手にそこまでします?普通」

「で、でも川島さんは最後に私を殺すって……」

「確かに最初はそうでした、でもその考えは途中で変わったんですよ」

「なんでなんですか?」

悲しみをこらえて聞く。

「さあ、それは私にも分かりません、ただこれだけは分かりますね」

「なんですか?」

「彼はやさしいんですよ、とってもね、心の奥底にとても温かい物を持っている、彼みたいな人は殺し屋には向かない」

涙がこみ上げてくるのを感じた。

「川島さん……なんで私なんか……」

嗚咽をこらえながら言う。

「なんで……なんで……」

川島の死体を抱きしめる。

「川島さん……うう……」

何粒もの涙が床に落ちポツリと音を立てる。

川島の死を嘆く宮下を見てジョニーは呟いた。

「こいつバカだ」

エピローグ 惨劇の後に

ゲーム終了から3日後。

サバイバルゲームの勝者をしばらく住まわせる特別ホテル。

そこは国会の議員などが使うまさしく特別ホテルだった。

その屋上に宮下、いや(もうゲームは終わったので名前で呼ぶことにする)真由美は立っていた。

彼女が立っているのは転落防止の柵を乗り越えた先――。

あと一歩でも踏み出せば落ちてしまう、そんな場所に彼女はいた。

ガードマンがいたが止めようとはしなかった。

真由美が屋上にやってきた時に一瞥しただけ。

本当にそれだけだった。

「ごめんなさい川島さん……」

涙が頬を伝った。

美しい夜景が眼下に広がる。

「川島さんががんばってくれたのにごめんなさい……」

申し訳なさそうにうつむいた。

真由美の目の前に川島が立っていた。

足場が無いのにどうやって?

そんな議論をするのも時間の無駄ではないだろうか?

真由美が見ている川島は。

彼女の作り出した幻なのだから。

「でも私、川島さんや他の人たちの死を背負っていくなんて無理なんです……最近いろんな幻を見るんです、恐ろしい死神を見るんです、私もう無理なんです……」

「いいよ宮下、いや真由美、君は十分にがんばった」

川島がゆっくりと両腕を広げた。

「さあおいで」

「川島さん……」

一歩踏み出した。

その瞬間川島は消えた。

「え?」

高速で落下する。

「そっか幻だったんだ……でももう楽になる」

宮下は嬉しそうに目を細めた。

「これで楽になるから」

地面が近づいてきた。

*モニタールーム

「ジョニーさん」

男性職員がジョニーに駆け寄ってきた。

「ん?」

コーヒーをすすりながら振り返る。

「宮下真由美の死亡が確認されました」

「あれま」

「死因は……」

「いいよ分かってるから、転落死だろ」

ジョニーはズバリ死因を言い当てた。

「は、はい……」

言い当てられた職員はわずかに戸惑っていた。

「あのゲームの生還者はたいてい、ホテルの屋上から飛び降りるんだよ、う〜んそうだな全体の80%くらい?」

「は、はあ……」

職員は答えられなかった。

「君新人の空井君だっけ?」

「は、はい空井です」

空井と呼ばれた職員はジョニーの指摘通り新人だった。

派遣されたのは二カ月ほど前。

まだあまり仕事にも慣れていなかった。

「憶えといた方がいいよ、役に立つから」

ジョニーがコーヒーをすすった。

「報告はそれだけ?」

「はい」

「じゃあ、行っていいよ」

「では失礼します」

空井は軽くお辞儀をすると部屋を後にした。

「おっ」

ジョニーが端末を操作しモニターをズームさせた。

モニターには町の監視カメラの映像が映し出されていた。

画面に映っているのは小さな子供を連れた母親。

「なかなか美人だな、よし参加者候補に追加っと」

そう言うとジョニーは素早くその女性のデータを登録した。

「さてお次は」

ジョニーは画面を操作し次なる参加者候補を探し始めた。


どうもはじめまして作者の黒神霧人です。

この作品を読んで下さった方ありがとうございます。

グロテスクかつ崩壊した物語に顔をしかめながら読んだことでしょう。

このあとがきではメイキングの様な事を書かせていただきたいと思います。

僕は小学生の頃から小説を書くのが好きでアイデアが浮かんではそれを保存して執筆するという作業を繰り返してきました。

小説を書き始める時僕は何らかの影響を受け書き始めます。

今回の作品で影響を受けたのはバトルロワイアルなどのサバイバル映画、あるいは小説です。

影響を受け第一章を描き始めました。

僕は基本的に飽きっぽく、書き始めた小説も一章で終りなんていうこともしばしばです。

それを思うと、今回作品を完成させられたのは奇跡としか言いようがありません。

僕は小説を書く前にキャラクター作りをします。

本作の主人公である宮下真由美。

彼女の設定を決めるのには大して苦労しませんでした。

彼女の名前は僕が小学生の頃に描いていたどうしようもないホラー小説のヒロイン時木戸真由美から取りました。

今の自分から見てもすごいネーミングセンスだなと思います。

それは彼女の親友清水裕子も一緒です。

彼女の元ネタは時木戸真由美の登場するホラー小説の主人公紀尾井裕子です。

こちらもスゴイネーミングセンスですね。

次に考えだしたキャラクターが紅宮剣。

ところで皆さんこの名前読めました?

わけわからない名前ですけどこれで「あかみや けん」と読みます。

サバイバル物に着想を得た時、まずこんな物語が思い浮かびました。

デスゲームに参加させられた少女とそれを守る殺し屋。

そんな設定から彼は作りだされました。

シナリオ中盤で明らかになる彼の悲しい過去は執筆中に考えました。

そのほかの参加者は「こんなのがいいかなぁ」みたいな感じで適当に考えていきました。

中でも僕が一番気に入っているキャラクターは苑島ひろみです。

そのためか彼女はシナリオ終盤まで生き残ります。

彼女の死亡シーンを思いついた時「あれ、これよくね」みたいな感じで勝手に頭の中で盛り上がっていたのはいい思い出です。

この小説の合計執筆期間は三カ月か四カ月だと思います(クソ小説なのに長いね)。

何しろ一日十行描ければいい方で……。

そんなヘタレ作家が描いた作品ですが楽しんでいただけたなら幸いです。

もし読んで感想くれる方がいたらありがたいです。


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