第80話:別の手段
数字は、四日目も伸びた。
微増。
だが、否定できない。
――滞留時間、増。
――取引件数、増。
――苦情件数、減。
報告書は、静かに机へ置かれる。
治安責任者は、しばらく黙っていた。
「……偶然ではない」
誰も答えない。
「だが」
視線が上がる。
「市場が落ち着いたのは、
巡回の緩和ではなく」
「緊張が“慣れ”に変わった可能性もある」
若い文官が、眉を寄せる。
「慣れ、ですか」
「恐怖は、持続しない」
「鈍る」
「だから数字が戻った、と?」
「証明はできない」
責任者は、淡々と言う。
「だが否定もできない」
空気が、変わる。
議論の軸が、
数字から“解釈”へ移った。
午後。
王宮の別室。
治安責任者は、直属の部下に命じる。
「市場外縁部を強化する」
「中心ではない」
「通路と搬入口だ」
「理由は」
「点検」
短い言葉。
だが、意図は明白だった。
中心を緩めたまま、
外縁を締める。
数字に影響を出さず、
圧を戻す。
別の手段。
夕刻。
市場。
商人の一人が、眉をひそめる。
「……荷が遅い」
「外で止められてるらしい」
「検査が増えたって」
中心は、以前より穏やかだ。
だが、流れが滞る。
目に見えない圧。
相談所に、報告が届く。
セドリックは、短く言う。
「迂回ですね」
市場の女が、息をつく。
「真正面じゃない」
アリエルは、静かに考える。
(中心は、改善)
(だが外縁で、締める)
(数字は保ちつつ、
圧を維持する)
巧妙。
怒りを生みにくい。
だが、続けば効く。
夜。
王宮。
文官長が報告を受ける。
「外縁強化?」
「点検強化とのことです」
「中心部の数字は、維持されています」
文官長は、目を細める。
「……説明は通る」
「はい」
「だが」
彼は、ゆっくり言う。
「市場全体の流れを見ろ」
翌朝の追加報告。
――搬入遅延、増加。
――小規模商人の欠品、増加傾向。
数字は、まだ小さい。
だが、芽はある。
文官長は、紙を閉じる。
「……これは、検討外だ」
治安責任者が、視線を向ける。
「市場全体の安定が目的だ」
「中心部だけではない」
沈黙。
責任者は、淡く笑う。
「責任を、取りたいのですか」
「取らせたいのだろう」
文官長は、動じない。
「なら、表でやれ」
その一言で、
空気が張りつめる。
別室の策は、
机の上に引き上げられた。
相談所。
アリエルは、報告を聞き終える。
「中心は、戻った」
「ええ」
「でも、外で止まる」
彼女は、窓の外を見つめる。
「なら」
「次は、“流れ”です」
市場の女が、首を傾げる。
「中心じゃなく?」
「流れが止まれば、
中心も止まる」
一拍。
「提案は、まだ終わっていません」
提案は、紙だけではない。
状況を、更新すること。
数字を、更新すること。
対立は、表に出ない。
だが、深くなる。
中心か。
外縁か。
解釈か。
事実か。
机の内側は、
静かに割れ始めている。
そして市場は、
まだ気づいていない。




