第79話:机の内側
検討会は、公開されない。
扉は閉まり、
窓も閉じられる。
机の上には、三つの案。
一つ目。
巡回人数を維持したまま、時間帯を再配分。
二つ目。
市場中心部のみ、常駐から巡回型へ。
三つ目。
現状維持。ただし「説明強化」。
どれも、撤退ではない。
どれも、勝利でもない。
「……二つ目は弱い」
最初に口を開いたのは、治安部門の責任者だった。
「中心部を緩めれば、
“押された”と見られる」
文官長は、静かに言う。
「押されたのではない」
「“検討”だ」
「言葉の問題ではありません」
責任者は、資料を叩く。
「現場は、
言葉で動きません」
沈黙。
若い文官が、控えめに言う。
「ですが」
「市場の滞留時間は、
事実として落ちています」
「取引件数も」
「相関は、明確です」
「偶然だ」
「三週連続で?」
空気が、重くなる。
机の内側で、
初めて、視線がぶつかった。
午後。
相談所。
アリエルは、いつものように帳簿をめくる。
「今日は、静かですね」
市場の女が、湯を置く。
「嵐の前かも」
セドリックは、言葉を選ぶ。
「王宮内部で、
揉めているはずです」
「受理した以上、
動かざるを得ない」
アリエルは、頷く。
(外の声は、
届いた)
(次は――)
(内側の均衡)
王宮。
「一つ目で行こう」
文官長が言う。
「人数は維持」
「時間帯をずらす」
治安責任者は、眉をひそめる。
「効果は、限定的です」
「市場中心部の圧は、変わらない」
「変えすぎる必要はない」
文官長は、静かだ。
「“段階”だ」
「最初から大きく動けば、
戻れなくなる」
「戻るつもりですか」
その問いに、
一瞬だけ沈黙が落ちる。
「戻らないための段階だ」
若い文官が、息を飲む。
「数字が改善すれば」
「次がある」
治安責任者は、椅子にもたれる。
「……失敗したら?」
「そのときは」
文官長は、視線を落とさない。
「現状維持の責任を、
誰が取るかが明確になる」
重い言葉。
机の内側で、
初めて責任が名指しされた。
夕刻。
市場。
巡回の時間が、ずれた。
いつもいる時間に、兵はいない。
別の時間に、現れる。
人々は、戸惑いながらも、
足を止める時間が少し伸びる。
「……減った?」
「いや、時間が違うだけだ」
「でも、なんか」
「息がしやすい」
小さな変化。
だが、
確かにある。
夜。
報告書が、王宮に戻る。
――中心部滞留時間、微増。
――取引件数、微増。
「……偶然か」
治安責任者が呟く。
若い文官は、淡々と答える。
「三日連続なら、
傾向です」
文官長は、目を閉じる。
「続ける」
短い決断。
大きくはない。
だが、引き返さない。
相談所。
アリエルは、灯りの下で言う。
「外は、まだ変わらない」
「ええ」
「でも」
彼女は、窓の外を見る。
「机の内側が、
揺れた」
それは、
見えないが、確かな変化。
対立は、表に出ない。
勝敗も、宣言されない。
だが――
現状維持が、
“選択肢”から外れ始めた。
ゆっくりと。
音もなく。




