第69話:話してしまったこと
妹が、話したのは――
予定外の場だった。
面会の翌朝。
相談所の扉が開く前から、人が一人、待っていた。
昨日の男ではない。
妹本人だ。
髪は整えられ、外套も新しい。
だが、指先が、白い。
「……ここで、
話してもいいですか」
本屋の主人が、静かに頷く。
「座って」
椅子に腰を下ろした瞬間、
彼女は言った。
「私、
虚偽情報なんて、言ってません」
(……来た)
アリエルは、因果が跳ねるのを感じた。
「何を、言ったんですか」
市場の女が、柔らかく聞く。
「……質問です」
彼女は、そう言ってから、
一瞬、笑った。
「“どこまでが本当で、
どこからが噂ですか”って」
空気が、凍る。
「誰に?」
セドリックが、低く問う。
「……治安兵に」
「立札の内容が、
日によって違ったから」
「混乱してるって、
思っただけです」
(……それだけ)
(それだけで、
“虚偽”)
沈黙。
誰も、否定できない。
「拘束された時、
何と言われましたか」
「……“判断を惑わせる”って」
彼女は、視線を落とす。
「……私、
惑わせたんでしょうか」
答えは、
誰の喉にも詰まる。
(言葉が、
罪になる瞬間)
アリエルは、胸の奥で息を整える。
「ここで話した内容は」
セドリックが、慎重に言う。
「王宮にも、
共有されます」
彼女は、即座に頷いた。
「……構いません」
「もう、
黙るのは嫌です」
(選んだな)
相談所の空気が、
一段、変わる。
昼。
王宮に、
新しい記録が届く。
――拘束対象者、
――質問内容を明示。
――悪意の確認なし。
文官長は、
紙を読み――止めた。
「……“質問”か」
部下が、恐る恐る言う。
「規定上、
処罰対象では……」
文官長は、
手を上げる。
「分かっている」
「だが」
一拍。
「前例になる」
(……ここだ)
アリエルは、因果が二股に分かれるのを見る。
(解放すれば、
質問は許される)
(続ければ、
“質問=危険”になる)
夕方。
相談所に、
治安部の文官が来る。
「……事実確認です」
形式的な声。
だが、
視線は、彼女に向く。
「あなたは、
混乱を招く意図がありましたか」
彼女は、
はっきり答えた。
「ありません」
「ただ、
分からなかっただけです」
沈黙。
文官は、
紙に何かを書き――言う。
「本日は、
ここまで」
去り際、
小さく付け足す。
「……不用意な質問は、
控えてください」
(言った)
(言ってしまった)
その夜。
市場で、囁きが広がる。
「質問しただけで、
捕まったらしい」
「でも、
解放されるかもって」
「……じゃあ、
どこまでならいいんだ」
答えは、
ない。
だが――
話は、止まらない。
妹は、
相談所を出る前に、
セドリックを見る。
「……私、
間違ってましたか」
セドリックは、
首を振った。
「いいえ」
「あなたは、
早かっただけです」
彼女は、
少しだけ笑った。
夜。
王宮では、
会議が続く。
「解放すべきだ」
「だが、
線引きが」
「質問を、
どう扱う」
答えは、
出ない。
成功例は、
ここまで来た。
急ぎは、
ここで詰まる。
アリエルは、
外套を整える。
(“話してしまったこと”は、
もう、戻らない)
(次は、
誰が口を塞がれるか)
それとも――
誰が、
塞げなくなるのだろうか。




