第68話:急ぐ理由
王宮が動いたのは、
早すぎるほど、早かった。
朝。
相談所の扉が開く前に、
封蝋付きの書簡が届いた。
赤ではない。
黒でもない。
ただの白。
それが、逆に不穏だった。
セドリックは、無言で封を切る。
中の文面は、短い。
――拘束案件につき、
――本日中に再確認を行う。
――対象者は移送済み。
(……移送?)
空気が、僅かに沈む。
ローレンが、低く言う。
「早いな」
「ええ」
アリエルは、因果の流れを追う。
(成功例が、
王宮を焦らせた)
(“遅い”と見られるのを、
恐れた)
昼。
相談所に、
あの男が来る。
昨日と同じ服。
同じ顔。
だが、
目だけが違う。
「……何か、
分かりましたか」
セドリックは、
一拍、置いてから答える。
「王宮が、
再確認に入ったと」
男の肩が、
わずかに落ちる。
「……それは」
「良い知らせ、
ですよね」
(……信じたい)
「妹さんは、
移送されたそうです」
「どこへ?」
「……詳細は、
まだ」
男は、
黙った。
喜ばない。
だが、
否定もしない。
(希望に、
しがみついている)
午後。
王宮内。
文官長は、
机を叩いた。
「時間を、
かけすぎるな」
「成功例が、
基準になる」
「同じ対応を、
求められるぞ」
部下が、
慎重に言う。
「……ですが、
拘束案件は」
「分かっている」
文官長は、
言葉を切る。
「だからこそ、
急げ」
(……急ぐ理由は、
民じゃない)
アリエルは、
静かに思う。
(“見られている”からだ)
夕方。
相談所に、
使者が来る。
「本日のうちに、
一度、面会が可能です」
男の顔が、
ぱっと明るくなる。
「本当ですか」
「条件付きですが」
条件。
その言葉に、
皆が反応する。
「記録立ち会い」
「会話内容は、
後日、精査対象」
「時間は、
十五分」
(短い)
だが――
ゼロではない。
男は、
深く頭を下げた。
「……ありがとうございます」
(成功例が、
効いている)
夜。
面会は、
王宮の一室で行われた。
妹は、生きていた。
痩せてはいるが、
歩ける。
二人は、
抱き合わない。
声も、出さない。
ただ、
目を合わせる。
十五分は、
一瞬だった。
「……待って」
妹が、
小さく言う。
「私、
何もしてない」
男は、
頷く。
「分かってる」
「……信じて」
「信じてる」
それだけ。
引き離される。
だが――
戻ってきた。
相談所に戻った男は、
深く息を吐いた。
「……生きてました」
それだけで、
場の空気が変わる。
(成功だ)
(……半分は)
アリエルは、
因果の奥を見る。
(急いだ結果、
“見せるところ”だけ、
整えた)
(中身は、
まだだ)
王宮は、
“動いている”と示した。
市民は、
“繋がった”と感じた。
だが――
拘束は、解けていない。
夜更け。
文官長は、
報告を閉じる。
「……とりあえず、
鎮まるだろう」
だが、
その声に、
確信はない。
成功は、
期待を育てる。
急ぎは、
歪みを残す。
セドリックは、
記録の余白に、
小さく書いた。
【面会可】
【未解放】
(次は、
“なぜ解放されないのか”)
その問いは、
必ず、
誰かの口から出るはずだ。




