第63話:待てない選択
待てない人間は、
声を荒げるとは限らない。
むしろ――
黙って動く。
朝。
市場の端で、木箱が一つ、ずらされた。
それだけのこと。
だが、通路が少し広くなる。
「……ここ、通りやすいな」
誰かが言う。
別の誰かが、頷く。
治安兵は、気づかない。
合議の指示は、「動くな」だった。
(……来た)
アリエルは、因果の揺れを捉える。
(“判断を待つ”ことを、
やめた)
昼。
詰所の前。
札は、掛かったまま。
質問受付時間:申刻。
誰も、来ない。
代わりに、
人が、別の場所に集まる。
市場の裏手。
井戸の周り。
「昨日の若者の件、
結局、何もなかったな」
「判断待ち、だって」
「じゃあさ」
声が、低くなる。
「……自分で、気をつけるしかないんじゃないか」
誰も、否定しない。
(選択が、
下に降りた)
ローレンが、低く言う。
「自治、か」
「ええ」
アリエルは、静かに答える。
「でも、
まだ名前は付いていない」
午後。
治安兵が、二人の男を見つける。
路地裏。
木箱を運んでいる。
「……何をしている」
男たちは、立ち止まる。
「通路を、
自分たちで整理してるだけだ」
「許可は?」
「……必要か?」
一瞬、空気が張る。
治安兵は、無線石に触れる。
(……合議だ)
返答を待つ。
その間に、
人が集まる。
「何か問題?」
「邪魔にならないようにしてるだけだろ」
時間が、伸びる。
返答が、来ない。
治安兵は、歯を食いしばり――言った。
「……今日は、見逃す」
男たちは、頷く。
誰も、勝った顔をしない。
ただ、続ける。
(……現場が、折れた)
アリエルは、因果を見る。
(“見逃し”が、
前例になる)
夕方。
王宮に、報告が届く。
――市中にて、
――住民による自主的整理行為を確認。
――違反行為は未確認。
文官長は、眉を寄せる。
「……止めるか」
「どう止めます?」
「……合議だな」
沈黙。
セドリック・ルーンは、
机に手を置いた。
(合議は、
追いつかない)
その日の申刻。
詰所の前に、
一人だけ、立つ。
少年だ。
昨日の、本屋の娘。
「……質問、いいですか」
セドリックは、前に出る。
「どうぞ」
「父の店の前、
人が集まってます」
「話してるだけです」
「それって……
大丈夫なんですか」
(……これだ)
セドリックは、答えを探す。
合議。
規則。
確認。
どれも、間に合わない。
「……大丈夫かどうかは」
一拍。
「私が、見に行きます」
背後が、ざわつく。
「補佐、それは――」
セドリックは、振り向かない。
「記録に残せ」
「“待てない状況への対応”だ」
(……まただ)
アリエルは、因果が跳ねるのを感じた。
(個人が、
合議を追い越した)
夜。
本屋の前。
人は、静かに集まっている。
話す。
聞く。
誰も、煽らない。
セドリックは、そこに立つ。
「……ここは、
許可された集会ではありません」
人々が、彼を見る。
「でも」
続ける。
「解散命令も、
出ていません」
沈黙。
誰かが、言う。
「じゃあ……
話してて、いいんですね」
セドリックは、
一瞬、目を閉じ――頷いた。
「……今日は」
それだけ。
人は、散らない。
だが、暴れない。
(……選ばれた)
アリエルは、外套を整える。
(待てない選択は、
暴発じゃなかった)
(“自分で決める”という、
静かな一歩)
王宮は、
追いつけない。
追いつけないから――
次は、
止めるか、
飲み込むか。
その分岐点に、
セドリックは、立っていた。




