第62話:合議の沈黙
合議は、音を立てない。
誰も怒鳴らず、誰も命じない。
その代わり――決まらない。
王宮北棟の小会議室。
長机の両側に、五人。
文官二、治安二、そしてセドリック・ルーン。
「では……本件は」
司会役の文官が、言葉を探す。
「現場判断に委ねる、ということで」
誰も反対しない。
誰も賛成もしない。
(……それは、決定じゃない)
セドリックは、胸の奥が冷えるのを感じた。
「確認します」
静かに口を開く。
「現場判断とは、
昨日までと同じ、という意味ですか」
沈黙。
治安側の男が、曖昧に頷く。
「……大枠では」
「大枠、とは?」
言葉が、止まる。
(来た)
アリエルは、因果の端で、糸が絡むのを見ていた。
(合議は、
責任を薄めるが――
判断も薄める)
司会役が、咳払いをする。
「では、
“慎重に運用する”という表現で」
紙に、そう書かれる。
(……逃げだ)
会議は、三十分で終わった。
何も決めずに。
その日の午後。
詰所の前。
札は、掛かっている。
質問受付時間:申刻。
列は、二人。
少ない。
だが、消えていない。
最初の男。
「質問です」
セドリックは、前に出る。
「どうぞ」
「合議になったと聞きました」
「はい」
「では、
昨日のような解放判断は、
もう個人ではできませんか」
(核心)
セドリックは、背後を見る。
文官。
治安官。
誰も、頷かない。
「……合議が必要です」
男は、頷いた。
「時間は?」
「……未定です」
それだけで、
男は、引いた。
怒らない。
声も荒げない。
(覚えたな)
二人目は、若い女。
「質問です」
「どうぞ」
「誤認だった場合、
誰が謝りますか」
空気が、僅かに張る。
セドリックは、答えかけ――止めた。
(……合議)
司会役が、口を挟む。
「その点も、
現在検討中です」
女は、少し考え――言った。
「分かりました」
去り際、
一言だけ残す。
「……誰も、謝らないんですね」
小さな声。
だが、重い。
列は、終わる。
ローレンが、低く言う。
「合議、
早速、効いてきたな」
「ええ」
アリエルは、因果を見る。
(判断が、
“空中”に浮いた)
夕方。
市場の隅で、
治安兵が立ち止まる。
二人の若者。
ひそひそ話。
「……虚偽か?」
「分からん」
治安兵は、無線石に触れる。
(……合議だ)
指示を仰ぐ。
返答を待つ。
その間に、
人が集まる。
「どうした」
「何かあったのか」
時間が、伸びる。
結局――
何も起きない。
治安兵は、去る。
(……判断不能)
その夜。
王宮に、報告が上がる。
――現場にて、
――判断遅延により、
――一時的な混乱あり。
文官長が、眉をひそめる。
「……想定より、遅いな」
「合議ですから」
「……そうだな」
だが、声に、迷い。
セドリックは、机に手を置いた。
(合議は、
“止める力”はある)
(でも――
“救う力”がない)
窓の外。
街は、静かだ。
だが、その静けさは、
前とは違う。
待たされる静けさ。
人は、学ぶ。
「聞いても、
すぐには動かない」
「なら……」
その先を、
誰も口にしない。
アリエルは、外套を整えた。
(次は、
“待てない人”が出る)
それは、怒りか。
善意か。
焦りか。
合議の沈黙は、
必ず、誰かに破られる。




