第57話:守られる理由
セドリック・ルーンは、眠れなかった。
机の上に置かれた紙束が、夜の静けさを重くしている。
質問の写し。拘束記録。規則の抜け穴。
(……名前を出す、か)
自分で選んだ。
誰かに押し出されたわけでもない。
だが――選んだ瞬間から、逃げ道は消えた。
扉が、控えめに叩かれる。
「文官長補佐」
「入れ」
若い文官が、顔を出す。
目が泳いでいる。
「……上から、伝言です」
「何だ」
「“守る”と」
短い言葉。
だが、含む意味は重い。
「誰が?」
文官は、一瞬ためらい――答えた。
「文官長ご自身です」
セドリックは、椅子にもたれた。
(……そう来たか)
守る。
それは、庇護でもあるし、拘束でもある。
(盾になる気だな)
その朝。
詰所の前に、見慣れない人影が立った。
背筋の伸びた男。文官服。
セドリック・ルーン本人だった。
列が、ざわつかない。
だが、視線が集まる。
「……責任者だ」
「来たのか」
治安官が、慌てて姿勢を正す。
「文官長補佐!」
セドリックは、手を上げた。
「形式はいい。
今日は、私が答える」
空気が、少しだけ張る。
最初の男が、前に出る。
「質問です」
「どうぞ」
「誤認で拘束された場合、
あなたは、どう責任を取りますか」
逃げ場のない問い。
セドリックは、息を吸った。
「記録を残し、
同じ判断が起きないよう、
規則の修正案を提出します」
「それだけですか」
「……それだけです」
正直だった。
男は、しばらく見つめ――頷く。
「分かりました」
(通った……?)
セドリックの喉が、鳴る。
次は、女。
「質問です。
あなたが間違えたら、
誰があなたを止めますか」
一瞬、場が静まる。
セドリックは、目を伏せた。
「……止められません」
ざわめきが、起きない。
代わりに、覚えられる。
「だから」
顔を上げる。
「私は、
ここに立ちます」
「隠れません。
名前を引っ込めません」
「間違えたら、
ここで、そう言われる」
沈黙。
それから、老女が一歩前へ。
「質問です」
声は、穏やか。
「あなたは、
なぜ“守られている”のですか」
刃のような問い。
セドリックは、少し考え――答えた。
「……守られているのではありません」
「必要とされているだけです」
「誰に?」
老女が、問う。
セドリックは、詰まった。
その瞬間。
少し離れた場所で、アリエルは、因果が揺れるのを見た。
(……言う)
セドリックは、視線を上げる。
「王宮に」
「そして――」
一拍。
「あなたたちに、です」
老女は、微笑んだ。
「そうですか」
それだけ言って、列を離れる。
列は、短いまま。
だが、誰も去らない。
ローレンが、低く言う。
「……意外と、悪くない答えだな」
「ええ」
アリエルは、静かに頷く。
(守られる理由を、
自分の口で語った)
その夜。
王宮内で、小さな動きが起きる。
「補佐を、引っ込めた方がいいのでは」
「いや、今引くと、
“逃げた”と取られる」
守る派と、切る派。
拮抗。
(……盾が、効いてる)
アリエルは、因果の流れを読む。
(でも、長くは持たない)
名を出した者は、
いずれ――選ばされる。
守られる理由が、
十分かどうか。
街は、まだ静かだ。
だが、今日の静けさは、昨日と違う。
人は、見た。
責任者が、
前に出て、
逃げなかったところを。
それだけで、
物語は、一歩進むのだった。




