第56話:名を持つ責任
名は、紙の端に書かれていた。
大きくもなく、強調もない。
ただ、他と同じ書式で。
――質問対応責任者:王宮文官長補佐 セドリック・ルーン。
「……出たか」
ローレンの声は、乾いていた。
「ええ」
アリエルは、その名を目でなぞる。
因果が、わずかに収束する。
(この人間に、集めた)
王宮は、選んだのだ。
“全体”ではなく、
“一人”に。
翌日。
質問の列は、五人になっていた。
多くはない。
だが、昨日より確実に増えている。
「責任者が決まったらしいぞ」
「名前、見た?」
「文官長補佐だって」
囁きは、噂にならない。
だが、消えない。
詰所の前に、新しい札が出た。
――質問受付時間:申刻。
――責任者:セドリック・ルーン。
名があるだけで、空気が変わる。
最初の男が、前に出る。
「質問です」
治安官は、以前より落ち着いている。
「どうぞ」
「昨日の拘束は、
責任者の判断ですか?」
治安官は、即答した。
「いいえ。
現場判断ですが、
報告は、責任者に上がります」
男は、頷く。
「……分かりました」
(通った)
アリエルは、静かに息を吸う。
(名があると、
質問が“届く”)
二人目。
「誤認だった場合、
責任者は、どう責任を取りますか」
治安官は、一瞬、詰まる。
「……記録が残ります」
「それだけ?」
「……それが、公式です」
不満は、出ない。
だが、視線が集まる。
(足りない)
ローレンが、低く言う。
「名前を出しただけじゃ、
追いつかないな」
「ええ」
アリエルは、因果を見る。
(責任は、
“取る”と宣言しない限り、
重くならない)
その日の午後。
王宮の奥で、セドリック・ルーンは、机に向かっていた。
積まれた質問の写し。
拘束記録。
規則の抜け。
額に、汗。
(……聞いてない)
彼は、書類をめくる。
(こんな形で、
前に出るとは)
扉が、叩かれる。
「文官長補佐」
「……何だ」
「次の質問です」
紙が、差し出される。
――責任者の判断で誤認が起きた場合、
――その責任は、誰が引き継ぎますか。
セドリックは、紙を見つめた。
(……逃げ場がない)
夜。
追加の布告が、貼り出された。
短い。
だが、決定的。
――誤認が責任者の判断による場合、
――当該責任者は、審査対象となる。
街が、ざわめかない。
代わりに、覚える。
「……審査、だって」
「名前、出したな」
「自分で首、絞めてない?」
(いい)
アリエルは、心の中で呟く。
(責任が、
“個人の痛み”になった)
ローレンが、言う。
「これで、引くか?」
「いいえ」
アリエルは、外套を整えた。
「ここからが、本番です」
「なぜだ」
「名を出した人間は――」
一拍。
「守られるか、
切られるか、
どちらかだから」
因果は、静かに二つに分かれる。
セドリック・ルーンが、
盾になるか。
それとも――
最初の生贄になるか。
街は、まだ静かだ。
だが、その静けさは、
確実に、王宮の内側へと
圧をかけていた。




