第55話:答えの重さ
列は、短いままだった。
それでも、消えなかった。
治安詰所の前。
札に書かれた「質問受付時間」の文字は、朝露に濡れている。
「……今日は、三人か」
兵が、小さく数える。
多くはない。
だが、毎日いる。
(これが、重さ)
アリエルは、少し離れた場所から様子を見ていた。
因果は、昨日よりも濃い。
数ではない。継続だ。
最初の男が、前に出る。
「質問です」
若い治安官が、頷く。
「どうぞ」
「昨日の“誤認”は、どの規則に基づいた判断でしたか」
沈黙。
治安官は、紙をめくる。
用意された答えを探す手つき。
「……現場判断です」
「規則番号は?」
「それは……」
後ろで、誰かが息を呑む。
(来た)
アリエルは、視線を伏せる。
(“説明”の次は、“根拠”)
それを求められた瞬間、
答えは――重くなる。
治安官は、正直に言った。
「ありません」
一瞬、空気が止まる。
男は、怒鳴らない。
ただ、頷いた。
「分かりました」
次の女が、前へ。
「質問です。
同じ誤認が起きた場合、
拘束時間の上限は決まっていますか」
治安官の喉が、鳴る。
「……決まっていません」
列が、ざわめかない。
代わりに、記憶される。
(これだ)
ローレンが、低く言う。
「答えれば答えるほど、
王宮が裸になる」
「ええ」
アリエルは、静かに頷く。
「でも、黙れば――
昨日に戻る」
三人目。
老女が、一歩前に出る。
「質問です」
声は、震えていない。
「……私が誤認されたら、
誰が“誤認だった”と判断してくれますか」
治安官は、言葉を失った。
上官を見る。
上官は、視線を逸らす。
(……答えがない)
アリエルは、胸の奥が冷えるのを感じた。
(これは、想定していない質問)
老女は、待つ。
責めない。
詰めない。
ただ、答えを待つ。
「……上申します」
治安官は、そう言うしかなかった。
「誰に?」
老女は、優しく問い返す。
「……王宮に」
「誰に?」
沈黙。
列は、短い。
だが、その沈黙は、長い。
(答えの重さが、
王宮を引きずり出してる)
その日の夕方。
札が、書き換えられた。
――質問受付時間:申刻。
――回答は後日となる場合があります。
逃げではない。
時間を買った。
ローレンが、息を吐く。
「一歩、下がったな」
「ええ」
アリエルは、紙を見る。
「でも、引き返してはいない」
その夜、王宮の一室。
机に積まれた質問の写し。
規則集。
未記入の報告書。
(……現場が、悲鳴を上げてる)
アリエルは、因果の先を読む。
(答え続けるなら、
誰かが“責任”を背負わなきゃならない)
責任は、肩書きを呼ぶ。
肩書きは、名前を呼ぶ。
(次は……
名が出る)
街では、まだ静かだ。
だが、その静けさは、逃げではない。
人は、もう知っている。
質問すれば、
すぐに解決しなくても――
痕が残ると。
アリエルは、外套を整えた。
(答えの重さに耐えられない者から、
落ちていく)
それは、暴力ではない。
革命でもない。
ただの――日常の圧だ。




