第52話:禁止された瞬間
「――本日より、“話すだけ”の行為も禁止する」
布告は、一文だった。
理由も、説明もない。
だからこそ、分かりやすい。
王都の空気が、ぴしりと張り詰めた。
「……え?」
パン屋の前で、老婆が声を落とす。
「話すだけ、だったのに……」
昨日まで、人は少しだけ息をつけていた。
三つまでの困りごと。
小声。短時間。
それすら――駄目だと言われた。
(来た)
アリエルは、人混みの端で布告を見つめる。
因果が、一斉に跳ねた。
怒りではない。
恐怖でもない。
混乱。
ローレンが、低く言う。
「潰しに来たな。完全に」
「ええ」
アリエルは、視線を下げる。
「そして、最悪の潰し方です」
禁止は、分かりやすい。
だが、守りきれない。
誰もが、誰かと話す。
暮らしそのものを止めなければ、完全な禁止は成立しない。
(つまり――)
「選別が始まる」
ローレンが、同じ結論に辿り着く。
「見せしめだ」
その日の昼。
市場の一角で、兵が立ち止まった。
二人の男が、壁際で話していた。
「……税がさ」
「うちもだ」
それだけ。
「解散しろ」
兵の声は、淡々としている。
「話してただけだ!」
「禁止だ」
周囲が、凍る。
一人が、叫びそうになり――
隣の女が、袖を掴んだ。
(……止めた)
怒鳴れば、捕まる。
分かっている。
男たちは、散った。
だが、その背中に残る因果は、深く、鋭い。
(傷だ)
アリエルは、目を閉じた。
(これは……長く残る)
その夜、紙が貼られた。
昨日と、ほとんど同じ場所。
――今日は、話しません。
――代わりに、置いていきます。
紙の下に、小さな箱。
中には、折り畳まれた紙。
言葉はない。
声もない。
(……静かな反撃)
ローレンが、息を吐く。
「誰が考えた」
「誰でも」
アリエルは、そう答えた。
「禁止が広すぎると、人は隙間を探す」
箱は、増えた。
市場。路地。井戸の横。
兵は、最初、戸惑った。
「これは……集会か?」
「違う。誰も話してない」
「じゃあ……」
命令が、追いつかない。
(王宮は、“声”を止めたい)
アリエルは、因果の流れを見る。
(でも今、止まっているのは――
言葉だけ)
箱を開けた若い兵が、紙を一枚読む。
――子どもが、眠れない。
彼の因果が、揺れた。
(……彼にも、家族がいる)
ローレンが、囁く。
「これは……効くな」
「ええ」
アリエルは、静かに言う。
「話さない。集まらない。
でも――残る」
その瞬間、王宮から新たな命が走る。
箱の撤去。
紙の回収。
だが。
撤去された場所の翌日、
別の場所に、また箱が置かれた。
いたちごっこ。
だが、今回は違う。
民は、もう学んでいる。
怒鳴らない。
集まらない。
でも、諦めない。
(……閲覧数が落ちるときって)
アリエルは、ふと考える。
(物語が、現実から離れたときだ)
今は、違う。
小さくて、地味で、
誰にでも分かる。
禁止された瞬間に、
何が起きるか。
それを、ただ描いている。
アリエルは、外套を翻す。
(次は……
王宮が“この静けさ”を恐れる)
声がないからこそ、
数えられない。
数えられないものを、
権力は、何より嫌うのだから。




