第51話:わかりやすい敵、わかりやすい救い
人は、疲れると難しい正しさを見なくなる。
それは裏切りではない。
生き延びるための、自然な選択だ。
王宮前の騒動から三日。
街は、目に見えて静かになっていた。
静か――だが、軽くはない。
「結局、どうなったんだ?」
「分からん。兵は引いたが……」
「声を出したら、目を付けられるって話だぞ」
噂は短く、重い。
怒りより先に、諦めが混じる。
(……減速してる)
アリエルは、パン屋の列に並びながら、因果の色を見る。
薄い。昨日より、さらに。
ローレンが、小さく言った。
「民が引き始めた」
「ええ」
アリエルは、視線を落とす。
「正しすぎた」
彼は、眉を上げた。
「反省か?」
「分析です」
彼女は、淡々と続ける。
「構造も、透明性も、代表制も……
全部、考えなければならない話」
パンが渡される。
温かい。
「でも」
アリエルは、紙袋を受け取りながら言った。
「疲れている人に、
“考え続けろ”は残酷です」
ローレンは、黙った。
(必要なのは――)
その夜、王宮から布告が出た。
――非公式集会の全面禁止。
――違反者は、治安妨害として処罰。
分かりやすい。
あまりにも。
「……敵を作ってくれたな」
ローレンが、苦く言う。
「ええ」
アリエルは、布告を見る。
「しかも、大きくて単純な敵」
翌朝。
市場の壁に、紙が一枚貼られていた。
短い文。
――集会はしない。
――話すだけだ。
人は、立ち止まった。
「……話すだけ、か」
「それなら……」
一人が、頷く。
二人目が、声を出す。
因果が、少しだけ戻る。
(これでいい)
アリエルは、遠くから見ていた。
前には出ない。
名も出さない。
ただ、理解できる形を置く。
その場に、兵は来なかった。
理由は単純。
集会ではないからだ。
話しているだけ。
二人で。三人で。
(正義じゃない)
アリエルは、思う。
(生活だ)
ローレンが、隣で囁く。
「簡単にしたな」
「ええ」
彼女は、微かに笑った。
「敵も、救いも」
そのとき、子どもの声がした。
「ねえ、これってダメなの?」
母親が、紙を見る。
「……話すだけなら、いいって」
紙には、こう書いてあった。
――困っていることを、三つまで。
三つ。
多すぎない。少なすぎない。
(数は、優しさ)
アリエルは、因果の流れが戻るのを感じる。
爆発しない。
でも、消えもしない。
王宮は、まだ気づいていない。
民が求めているのは、
裁きでも、革命でもない。
分かる形の、逃げ場だということに。
アリエルは、外套を翻す。
(次は……
“ダメだと言われた瞬間”を、待つ)
それは、王宮が再び強く出る合図。
物語は、また動き出す。
今度は――置いていかれない速度で。




