第49話:代表という名の檻
代表は、翌日に現れた。
正確には――用意されていた。
王宮前広場。
昨日まで紙が貼られていた掲示板は撤去され、代わりに整えられた演台が置かれている。白布。王家の紋。警備兵の列。
そして、中央に立つ男。
「民意代表、エドガル・ハインズです」
よく通る声。
姿勢は低く、笑みは柔らかい。
(……綺麗)
アリエルは、人混みの後方から男を見た。
因果は、太く、しかし不自然に整えられている。切れ目がない。ほつれもない。
――磨かれた因果。
「我々の声は、王宮に届きます」
男は、胸に手を当てる。
「混乱を避けるため、私が責任を持って集約し、届けることを約束します」
拍手が起きる。
安堵の音。
(そう……怖いのは、怒りより安心)
ローレンが、低く言った。
「民は、代表を欲しがる」
「ええ」
アリエルは、目を細める。
「自分で考え続けるのは、疲れるから」
エドガルは、紙束を掲げた。
「すでに、百を超える要望が集まっています」
どよめき。
「食料、医療、税制……すべて、順番に解決します」
順番。
その言葉に、因果が沈む。
(……檻だ)
整列。待機。
静かで、正しい。
アリエルは、一歩前へ出た。
今回は、隠れない。
「質問を」
声は通らない。
だが、近くの人が振り向き、伝わり、波紋になる。
エドガルが、気づいた。
「どうぞ」
余裕の微笑み。
「その紙束は、どこから来ましたか」
「民の皆さんから」
「昨日の掲示板にあった声は」
一瞬、間。
「精査の上、要点を――」
「要点を、誰が決めましたか」
静まる。
エドガルは、視線を逸らさない。
「私が」
「基準は」
「現実的かどうか」
その瞬間、因果がわずかに歪んだ。
(来た)
アリエルは、続ける。
「“現実的”でない声は、どうなります」
「保留です」
「いつまで」
「……状況次第で」
保留。
言い換えれば、無期限。
ざわめきが、戻り始める。
老女が、小さく言った。
「昨日の薬の話は……?」
エドガルは、頷く。
「承知しています。順番が――」
「その順番は、どこに書いてありますか」
アリエルは、掲示板の跡を見る。
「誰でも見える場所に」
沈黙。
(……共有を、嫌っている)
エドガルは、息を整えた。
「不安を煽るつもりはありません。ただ、秩序が――」
「秩序は、透明でなければなりません」
アリエルは、はっきりと言った。
「見えない順番は、
見えない差別と同じです」
空気が、張る。
エドガルの因果に、細い線が増える。
王宮。財務。治安部。
(やっぱり)
「あなたは、代表ですか」
アリエルは、問いを変えた。
「それとも――代理ですか」
一瞬の沈黙が、答えだった。
群衆が、気づき始める。
「……誰の代理だ?」
「王宮の?」
「俺たちのじゃないのか?」
エドガルは、声を強める。
「混乱を避けるためです!」
「避けたいのは、混乱ですか」
アリエルは、静かに言う。
「それとも――声が繋がることですか」
因果が、弾けた。
拍手ではない。
ざわめきでもない。
考える音。
ローレンが、息を吸う。
「これは……」
「ええ」
アリエルは、目を閉じ、開く。
「代表は、必要です」
群衆が、驚く。
「でも」
彼女は、一歩、エドガルに近づく。
「選ばれて、入れ替われて、見える代表でなければ」
彼女は、地面にチョークを置いた。
「ここに、順番を書きましょう」
どよめき。
「今日、ここに集まった声から」
エドガルは、後ずさる。
「それは……権限が……」
「権限は、声の数です」
アリエルは、周囲を見る。
「違いますか」
沈黙の後――
一人が頷き、
二人が前に出て、
紙を広げた。
(……檻が、開いた)
エドガルは、演台から降りた。
代表の位置では、もう立てない。
王宮の鐘が鳴る。
警告の音。
アリエルは、音を聞きながら思う。
(王宮は、次に――
力を使う)
それでも。
声は、今日、入れ替わった。
代表という名の檻は、
少しだけ、歪んでいるように感じた。




