第48話:管理される声
王宮は、沈黙を選ばなかった。
それは譲歩でも、反省でもない。 管理という名の、反撃だった。
翌朝、王都の各所に掲示が出た。 簡潔で、礼儀正しく、そして冷たい文言。
――民意収集局、設置。 ――要望・苦情は指定様式にて提出のこと。 ――無許可の集会は秩序維持の妨げとなる。
(……来たわね)
アリエルは、掲示の前で立ち止まった。 紙の端から、細く硬い因果が伸びている。王宮の糸。昨日までとは違う編み方。
「分かりやすい手だ」 ローレンが言う。 「声を“聞く”ふりをして、箱に入れる」
「ええ」 アリエルは頷いた。 「刈られるよりは、閉じ込められる方が静かですもの」
人々は、安堵していた。 列ができ、用紙が配られ、番号札が渡される。 怒鳴り声は消え、代わりにため息が増えた。
(静か……でも、薄い)
因果は、薄く引き延ばされている。怒りも不満も、希釈され、個別化され、互いを見失っていく。
そのとき、若い男が声を上げた。 「昨日の紙は、どうなるんだ?」
係員は、微笑みを崩さない。 「正式様式ではありません。参考資料として――」
「参考?」
周囲が、耳を澄ます。
「じゃあ、あれは声じゃないのか?」
空気が、少しだけ戻る。
(ここ)
アリエルは、一歩前に出た。 台にも、掲示の前にも立たない。列の中。番号札を持つ人々と、同じ高さ。
「声は、提出した瞬間に弱くなります」
係員が、ぎくりとした。
「誰かに“処理”されるから」
ざわめき。
「でも」 アリエルは、列の先を見る。 「共有された声は、強くなる」
「共有……?」
彼女は、昨日の紙束を思い出す。
「名前を伏せたままでいい。内容だけ、ここに残す」 彼女は、掲示板の横の空白を指した。 「誰でも読める場所に」
係員が、遮ろうとする。 「それは規則違反――」
「規則は、秩序のためにある」 アリエルは、穏やかに言った。 「秩序が声を消すなら、規則が間違っている」
沈黙。
一人の老女が、紙を取り出した。 「……ここに、貼っていいかい」
係員は、答えられない。
老女の因果が、揺れ、周囲に伝わる。
二枚、三枚。 列の中から、紙が増える。
(閉じ込める箱に、穴が開いた)
ローレンが、息を吐く。 「また、やったな」
「今回は、壊していません」 アリエルは、小さく笑った。 「透かしただけ」
王宮の糸が、強く張る。 遠くで、誰かが走る音。
(次は、代表を立てるか。監視を強めるか)
どちらでもいい。 声は、もう一度、繋がった。
アリエルは、貼られた紙を一枚読む。
――子どもの薬が、足りない。
彼女は、目を閉じた。
(守る)
刈らせない。閉じ込めさせない。
王宮が管理を選ぶなら、 彼女は――循環を選ぶのだった。




