第47話:声を刈る者
民の声は、予想よりも早く“形”になった。
石畳の広場。
木箱を積み上げただけの即席の台。
そこに貼られた紙切れには、拙い文字でこう書かれている。
――足りない。
――いつからか。
――誰が困っている。
アリエルが名を出してから、半日。
紙は増え、声は重なり、沈黙だったものが可視化されていた。
(……来る)
因果の糸が、ざらつく。
希望に混じる、別の匂い。
ローレンが周囲を見渡し、低く言った。
「人が多すぎる」
「ええ」
アリエルは、台の前に立つ男を見た。
旅装。
声はよく通り、言葉は簡潔。
「王宮は、我々の声を聞かない!」
「帳簿を捨てた? 結構だ!」
「ならば、我々が裁く番だ!」
喝采。
(……早い)
男の背後に伸びる因果は、太く、歪んでいる。
怒りを刈り取る者の線。
「彼、誰だ?」
ローレンが囁く。
「知らない顔」
セリオンが答える。
「だが……慣れている」
その通りだった。
男は、怒りを煽りながら、決して具体を言わない。
誰を、どう、ではなく――“今すぐ”だけを強調する。
「声を上げろ!」
「名を連ねろ!」
「今夜、王宮へ行く!」
空気が、熱を持つ。
(まずい)
アリエルは、一歩前へ出ようとして――止まった。
(ここで私が出れば、
“王宮側の人間”として切り取られる)
因果は、すでに編まれ始めている。
男が、紙束を掲げた。
「これが、民の声だ!」
歓声。
だが――
アリエルには見える。
紙に絡む因果が、途中で切られている。
拾われた声と、捨てられた声。
(選別してる)
彼は、声を集めているのではない。
使える声だけを残している。
「……声を刈る者」
アリエルは、小さく呟いた。
ローレンが、理解する。
「扇動屋か」
「ええ。
しかも、上手い」
そのとき、男の視線が――
一瞬だけ、こちらを掠めた。
(気づいた)
男は、にやりと笑い、声を張り上げる。
「ここにいるらしいな!
帳簿を壊したという、令嬢が!」
ざわめき。
「出てこい!」
「説明しろ!」
「味方なら、前に立て!」
因果が、収束する。
(……選択ね)
出れば、彼の土俵。
出なければ、逃げたことにされる。
アリエルは、息を吸った。
(切らない。
編み替えない)
彼女がやるのは――外すこと。
アリエルは、台の脇へ回り、
紙を一枚、そっと剥がした。
「これは?」
近くにいた女が、不安げに見る。
「昨日、書いた紙」
「……載ってない」
「ええ」
アリエルは、穏やかに言う。
「載せられなかった声」
女の因果が、震える。
「どうして……?」
アリエルは、男の方を見た。
「今、分かります」
彼女は、声を張らない。
だが、隣から隣へ伝わるように言った。
「ここにある紙は、全部じゃない」
ざわめきが、波のように広がる。
「選ばれた声だけです」
男が、顔色を変えた。
「何を言っている!」
アリエルは、台に上がらない。
見上げる位置にも立たない。
ただ、同じ高さで告げる。
「怒りは、正しい。
でも――」
彼女は、紙を掲げる。
「誰かの怒りだけが、
先に行くとき」
静まる。
「残りは、捨てられます」
沈黙。
因果が、男から離れ始める。
「嘘だ!」男が叫ぶ。「俺は――」
「あなたは、声を集めていない」
アリエルは、静かに言った。
「刈っている」
その言葉に、空気が凍る。
男の因果が、露わになる。
支援者。金。
王宮の外――だが、王宮と繋がる線。
「……捕まえろ!」
男が叫ぶが、
誰も動かない。
代わりに、問いが飛ぶ。
「俺の紙は?」
「なぜ、載ってない?」
「誰が決めた!」
怒りの矛先が、変わった。
(……外れた)
アリエルは、深く息を吐いた。
(これで、暴発はしない)
だが、代償はある。
因果の糸が、彼女へ集まる。
期待。責任。恐れ。
(……重い)
ローレンが、囁く。
「民は、君を見るぞ」
「ええ」
アリエルは、目を閉じ、開く。
「だから、逃げない」
男は、群衆に呑まれ、姿を消した。
刈り取られたはずの声が、
今度は――自分の足で立っている。
鐘が鳴る。
今度は、合図ではない。
集まるための音だ。
アリエルは、広場を見渡す。
帳簿はない。
裁定もない。
だが――
声は、刈られなかった。
王宮が次に動くとき、
それはもう、“内側”の問題では済まない。
彼女は、静かに歩き出す。
(次は……
声を、守る)




