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お義母様、それは私が殺しましたが、何か問題でも?〜復讐完遂令嬢は次の人生を無双する〜  作者: 和三盆


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第39話:因果は、切れると証明する

王宮は、何も知らない顔をして朝を迎えた。


白い回廊。磨かれた床。礼装の裾が静かに擦れる音。

昨日までと同じ――そう、同じであるはずだった。


だが、アリエルの目には違って見えていた。


(……騒がしい)


声はない。悲鳴もない。

けれど、空間そのものがざわついている。


人々の背後に、細く、濃く、歪んだ光の糸が見えた。

野心、恐怖、忠誠、虚栄。

それらが王宮の中心へ、まるで吸い寄せられるように流れている。


――セリウス王子の執務室。


「やはり、あそこね」


ローレンが小声で言った。

セリオンは何も言わず、ただ視線を鋭くする。


「今日は“実演”の日よ」


アリエルの声は穏やかだった。

だが、その穏やかさが逆に周囲を緊張させる。


廊下の角を曲がった瞬間、怒鳴り声が響いた。


「だから言っているだろう!

この件は“起きなかった”ことにしろ!」


扉の向こう。

王子の声だ。


「しかし殿下、北方の商会が――」


「黙れ!

帳簿を書き換えろ。因果の帳尻は、こちらで合わせる!」


アリエルは、足を止めた。


(……聞いた)


因果の帳尻。

それを“合わせる”という言葉。


彼女の中で、何かが静かに定まった。


「ここでいい」


ローレンが眉をひそめる。


「今、入るのか?」


「いいえ」


アリエルは、扉の前に立つ。

だが手は伸ばさない。


彼女は“見る”。


セリウス王子から伸びる一本の太い糸。

王家の象徴のように重く、複雑に絡み合い、

多くの人間の人生を縛りつけている。


(これが……

母が恐れ、私が殺され、戻された理由)


アリエルは、ゆっくりと息を吸った。


「――因果断絶」


小さな囁き。


世界が、一瞬だけ“無音”になる。


彼女は指先で、その糸を摘まんだ。

力は込めない。

怒りも、憎しみも使わない。


ただ、事実として“断つ”。


プツン、という感覚。


音はなかった。

だが――空気が落ちた。


同時に、扉の向こうから声が止む。


「……殿下?」


沈黙。


次の瞬間、扉が内側から勢いよく開いた。


「な、何だ……?

今……何を……」


現れたセリウス王子は、顔色を失っていた。

額には冷や汗。

視線は定まらず、まるで“何かを失った”人間のそれだ。


「殿下?」

側近が不安そうに声をかける。


「わからない……

さっきまで、確かに……」


彼は言葉を探す。

だが“理由”が出てこない。


アリエルは一歩前へ出た。


「おはようございます、セリウス殿下」


その声に、王子が反射的に身を固くする。


「ア、アリエル……?

なぜここに……」


「少し、お話を」


彼女の背後で、ローレンとセリオンが静かに位置を取る。

逃げ道はない。

だが、追い詰めているのは人ではない。


因果が、既に切れている。


(……見えている)


王子の周囲に、かつてあった太い糸はもうない。

代わりに、細く不安定な線がいくつも揺れているだけだ。


――守られていた“王子の運命”が、消えた。


「殿下は今、重要な決断をなさっていましたね」


アリエルは微笑む。


「帳簿を書き換え、なかったことにする決断」


王子の目が見開かれる。


「なぜ、それを……!」


「もう“帳尻”は合わせられません」


その言葉に、王子は理解できない恐怖を覚えた。

理由は分からない。

だが直感が告げている。


自分は、特別ではなくなった。


「……君は、何をした?」


震える声。


アリエルは、少しだけ首を傾ける。


「何も」


嘘ではない。

彼女は、何も“加えていない”。


「ただ――

あなたと“守られていた未来”の関係を、終わらせただけです」


その瞬間、遠くで鐘が鳴った。


重く、鈍い音。


それは祝福ではない。

警告だ。


王宮のどこかで、誰かが気づき始める。

“何かがおかしい”と。


ローレンが、低く息を吐く。


「……本当に、切ったんだな」


「ええ」


アリエルは、もう一度だけ王子を見る。


「これからは、選択の結果がそのまま返ってきます。

誤魔化しも、帳簿も、ありません」


彼女は踵を返す。


「それが――

あなたが他人の人生を弄んできた“因果”です」


背後で、王子が膝をつく音がした。


誰も手を貸さない。


アリエルは歩きながら、胸の奥を確かめる。

恐怖はない。

あるのは、冷えた確信だけ。


(切れる。

そして、壊せる)


母が見た地獄は、確かにここにある。

だが今度は――


終わらせる手が、ある。


王宮の回廊に、静かな足音が遠ざかっていく。

それは、革命の前触れにしては、あまりにも穏やかだった。

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