第31話:炎上する王宮、暴かれる“影の主”
夜空を裂いた爆音は、まるで城そのものが悲鳴を上げたようだった。
そして、あの瞬間を境に、王宮は完全に「戦場」へ変わった。
火の粉が舞い、瓦礫が落ち、叫び声が交錯する。
アリエルは外套の裾を押さえながら、崩れた廊下を駆け抜けた。
(間に合わせる。どんな地獄でも進む。今日だけは。)
心に刻んだ決意は燃え上がり、揺らぎはしなかった。
セリュスによる襲撃は、想像を超える速さで拡大していた。
彼が単なる暴走者ではなく、緻密に準備された“影の主”であることは、刻一刻と明らかになっていく。
アリエルの耳に、黒鴉の報告が走り込んだ。
「北塔の兵、三分の二が“事前に回収”されています。セリュスの命令で密かに異動させられていたようです!」
「嘘でしょ……そこまで根を張ってたの……?」
驚愕はあったが、恐怖ではなかった。
むしろ、ここまで見事な布石を打てる相手なら、今日の“舞台”は最高にふさわしい。
セリオンが剣を抜きながら隣に立つ。
「彼の狙いは王、そして――君だ。アリエル」
「わかってる。でも私は逃げる気はないわ」
「逃がす気もない」
短いやり取りの中で、二人の呼吸がぴたりと噛み合った。
壁は焦げつき、赤い光が差し込む。
王ラドウィンの周囲には数名の近衛しか残っておらず、空気は血と灰の匂いで満ちていた。
そこへ、ついにセリュスが姿を現す。
白髪に返り血を浴びた彼は、狂気とも神性とも取れる目で、王を見据える。
「ラドウィン……君には王の才がない。民さえ守れぬ王など不要だ」
「セリュス、正気ではないぞ……!」
「正気だ。誰よりも冷静だ。この国を変えるためには腐った臓腑を切り捨てねばならない」
その瞬間、アリエルが帳簿を掲げて歩み出た。
火光を背負ったその姿は、炎の女神のように鮮烈で、場の空気を一瞬で塗り替える。
「腐った臓腑? あなたが一番腐っているわ、セリュス・グランヴァン。
あなたの裏帳簿も、密約も、兵の異動も、全部ここにある」
帳簿が開かれ、衆目の前にさらされる。
セリュスの笑みがわずかに揺らぐ。
「……君か。すべてを暴いたのは」
「ええ。あなたが張り巡らせた影の網は、全部計算済みよ」
「ならば君を――ここで消す」
空気が震えた。
彼が一歩踏み出した瞬間、近衛と黒鴉が一斉に動き、剣戟が炸裂する!
火花が散り、玉座の間は戦場と化した。
アリエルはセリオンに手を引かれ、玉座の裏手に宝物庫へ通じる通路を走る。
だがその目は揺らがなかった。逃げるためじゃない。
「アリエル、宝物庫に避難を――」
「違うわ。宝物庫じゃなくて、あの“地下記録庫”よ」
セリオンが目を細める。
「……まさか、あれを使う気か?」
アリエルは頷く。
「セリュスを倒す証拠は揃っている。でも彼を完全に封じるには、“あれ”が必要なの」
“あれ”――それは、この国が創建された時代から伝わる機密文書群。
王家の血筋にのみ開示される「継承の記録」。
そこにセリュスの祖家の“ある秘密”が書かれているのを、アリエルは既に掴んでいた。
(これを公開すれば……彼は、立てない)
ラスボスの核を撃ち抜く“裏設定の証拠”。
なろう読者が大好きな“因縁の真相”そのものだ。
扉をくぐった瞬間、ひんやりとした冷気が二人を包む。
古書の香りが重く漂い、無数の巻物と書簡が積み上げられている。
アリエルは迷わず最奥へ進み、一つの封印箱を開いた。
そこには、血で書かれたのかと思うほど黒々としたインクの記録があった。
セリオンが息を呑む。
「……これを公にすれば、セリュスは……」
「王位継承権も、軍の統括権も、すべて失う。
彼の祖家が行ってきた“王家の影の簒奪計画”が暴露されるから」
「国が揺らぐぞ」
「でも、止められるのはこれしかない」
アリエルは記録を抱え、再び地上へ戻ろうと歩き出す。
その足は、決して震えていなかった。
(もう止まらない。終わらせるのは、私だ。)
セリュスと近衛の戦いは激化し、火の粉が舞う。
王ラドウィンも剣を手にし、最後の抵抗を続けていた。
そこへアリエルが姿を現す。
彼女は手に持った“継承の記録”を高く掲げた。
「セリュス! あなたの“影”の歴史を、ここで終わらせる!」
その瞬間、彼の瞳が初めて大きく見開かれた。
観衆が息を呑み、世界が一瞬止まったように静かになる。
アリエルが記録を読み上げる――
「あなたの家系は二百年前から王家の簒奪を企て、密かに軍制を歪めてきた。
今代でその計画を完遂するつもりだったのでしょう?」
セリュスの顔から血の気が引く。
「それを……どこで……!」
「王国最深部の記録庫よ。あなたの“影”よりも、王家の“光”のほうが強かっただけ」
観衆がざわめき、武器を握る手が揺れる。
セリュスは、ついに追い詰められた。
アリエルは最後に、静かに告げる。
「あなたが壊そうとしたこの国を、私は――守る」
その言葉が落ちた瞬間、黒鴉と近衛が一斉に動いた。
セリュスは剣を振るうが、彼の動きはもはや切迫しており、かつての鋭さはない。
決着は、すぐについた。
崩れ落ちるセリュス。炎に照らされた玉座の間。
そして、肩で息をするアリエルの姿。
王宮の長い長い夜が、ゆっくりと終わりを迎えようとしていた。




