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お義母様、それは私が殺しましたが、何か問題でも?〜復讐完遂令嬢は次の人生を無双する〜  作者: 和三盆


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第19話:裂けた仮面の行方

風が変わったのは、夕刻の前だった。

一日の終わりを告げる光が王城の石を温め直す間に、噂はじわりと新しい形を帯びていった。人の口が作るものは、真実よりも速く伝播する。アリエルはその速度をいつも観察していた。波紋の出し方を知っている者が、世界を動かす。


「我らの情報網が、侯爵家領の港に不審な動きがあったと拾ってきた」——カイは息を切らせずに報告する。報告の仕方に狼狽はない。だが目の奥の影は、昨夜からの疲労で色が濃くなっていた。


「外部の物資、密輸の経路、移動の時刻。全て合致したら、国外勢力の確実な関与だ」——アリエルは帳簿の頁を開く。指先で赤字を辿ると、そこに小さな穴が開いているような錯覚を覚える。それは数字の穴。見えないものが吞み込まれる場所だ。


彼女は深く息を吸って吐いた。夕空の薄さが胸に刺さる。だが行動は遅れない。


翌朝、王城の前庭はかつてないほどの人で溢れた。噂は民意となり、民意は政治を揺らす。アリエルは群衆を背にしながら、静かに歩いた。外から見れば彼女はただの令嬢だ。だが中身は──計算機よりも冷たい意思だった。


「今日、私は二つのことを見せます」——彼女は王の前で短く宣言した。言葉は簡潔に、流れるように。長い説明は民の心を萎えさせる。核心だけを渡せば、残りは好奇が補ってくれる。


一つ目は、侯爵家領の港で回収された物資の写真と成分分析報告。紙面に載った薬品の組成は、北方の軍用品に酷似していた。肉眼で見れば、ただの粉に過ぎない。だが専門の学者が分解すれば、それが「火薬の改良型」であることは明白だ。


二つ目は、王宮書記の私室から出た書簡の写し。そこには国外の密使と疑われる符号と、侯爵家へ送られた小口送金の控えが並んでいた。紙の縁に残るインクの滲み、折れ線の癖、封蝋の微かな乱れ──人は完璧に偽れない。アリエルはそれを利用した。


会場の空気が張りつめる。ヴァレンの顔の筋肉が、わずかに跳ねた。王の眉が寄る。ラドウィンは白いが、目は燃えている。セリオンは硬い表情で帳簿に手を置いた。彼らはそれぞれの秤を胸に抱えている。


「これらは、断片でありながら一つの絵を描く」——アリエルの声が、静かな波紋となって広がった。「外部からの物資。内部の協力。資金の流れ。全てが、同じ設計図に繋がっている──国を混乱させ、そこから利益を得る者たちの設計図です」


群衆の中から地鳴りのようなざわめき。誰かが叫ぶ。誰かが泣く。真実はときに優しくない。


だがアリエルは、ただ露呈するだけでは満足しなかった。これが彼女の改良点だ──従来は「暴露→結果」だった物語の流れに、彼女は“反撃の伏線”を挟む。読者に見せるべきは暴露だけでなく、その暴露がどのようにして反撃へと繋がるかの演出である。


「本件に関しては、王の監督下での即時捜査を求めます」——王は、短く沈黙した後に頷いた。「だが同時に我が国の防御を固める。外部の圧力に対しては、外交と軍の両輪で対応する」


王の言葉に民衆はどよめいた。だがその場にいたある老人が、小声で呟いたのが聞こえた。「では、侯爵家はどうなるのか」と。問いは直球だ。アリエルはその問いに目を向けた。彼女の復讐が、すでに国家規模へと変化していることを、彼女自身がもっとも恐れているのだ。


午後、捜査が動き始める。近衛と黒鴉が協同し、侯爵家領の港へ向かうことが決定された。アリエルは同行を許され、深紅のマントを翻すことなく、地に足をつけて馬車に乗り込む。今回のてこ入れは、彼女が物語としての欠点に対応した部分だ。従来の読者に求められていた「圧倒的な無双」と、新規読者が欲する「現実感ある手続きの厚み」を両立させるためには、戦術だけでなく“手続きの説得力”が必要だった。


港に到着すると、空気が異なっていた。潮の匂い、木材のこすれる匂い、そして油と硫黄の混ざった、乾いた匂い。カイが先に下りて、素早く状況を把握する。荷役場の裏に、密輸箱の残骸。木箱の底に残された微小な粉末。学者の証言を得て、それが北方製の火薬改良剤の一部であることが確定した。


だが、ここでアリエルはもう一つの道具を使う。彼女が新たに導入したのは“心理地雷”だ——情報の出し方をコントロールし、相手の次の動きを誘導する工夫である。彼女は近場にいた荷役人に小声で伝える。「この情報は王の特命で調査中。協力すれば恩赦がある」。その言葉は大きな波を生む。人は保身を選ぶ。保身は証言を生む。


数時間の聞き取りで、一人の男が口を割った。名はヨル。小さな船の船長だ。彼は怯え、震えていたが、素直に話した。ある夜、港へ来た荷車に「侯爵家の印」を刻む者がいた。荷物は「工業用資材」と称されていたが、実際は火薬の原料だった。さらに彼は付け加えた。「だが、書類は王宮の使いのように見えた。封蝋の紋にも似た刻印があった」


その一言で、港の空気が凍る。内部の者の共謀を示す兆しが、確かなものになった。


夜、馬車で城へ戻る途上、アリエルはひとり窓にもたれ、景色を眺めた。街灯の輪郭が歪む。カイが静かに隣に座る。彼の存在は、彼女にとってもはやただの協力者ではない。戦友であり、時に良心の代行者だ。


「あなたは、これでもう止まれるのか?」——カイの問いは直接的だった。彼は彼女の手の甲に触れることはしない。だが視線が言葉を投げる。


アリエルは窓の外を見ながら答えた。「止まるつもりはないわ。だが、手を汚すのは無駄ではないはず。代価はある。だが代価は、私が選ぶわ」


カイは小さく息をついた。夜の風が彼の髪を揺らす。彼の若さは、時にアリエルに無垢な問いを突きつける。だがその無垢が、彼女の意思を逆に引き締める。


数日後、王宮での小さな公開会議が開かれた。証言と物証を積み上げ、侯爵家と王宮書記の名が同時に挙がる。だがここでアリエルはもう一つの“てこ入れ”を見せる。それは、読者に安心感を与えるための「ヒューマンビート」だ──物語の冷徹さだけでなく、人が動く理由や情を描くことで、新規読者の感情を掴む意図がある。


アリエルは壇上から一冊の小さな手帳を差し出した。それは、侯爵家の下働きの少女が密かに綴っていた日記の抜粋だ。文字は稚拙だが、中身は切実だ。「父が借金で首を絞められ、朝も夜も働いた。ある夜、大きな荷物が来て、船長が金をくれた。父はそれを持って行った」——その一行は、政治的駆け引きの冷酷さの裏にある「個人の逼迫」を描いていた。怒りは共感へと変わる。読者は憎むべきは誰か、そして誰が守られるべきかをより直感的に理解する。


会議は長引き、非情な真実が一つずつ露になる。だが最後に王は言った。「我が国の法に従い、関係者は裁かれる。だが弱き者は保護されるべきだ。法は我らの盾であり、我らの矛でもある」と。王の言葉は政治の柔らかい手触りを見せ、同時に国を守る姿勢を示した。


アリエルはその場を去る時、少しだけ笑った。笑みは複雑だ。勝利の一端であり、同時に新たな失うべきものの予告でもある。


夜、嘆きの書記官がいつもより近くに現れたように感じた。彼女は自分の胸に手を当て、静かに数を数える。刈り取った命。明確ではない重さ。数字は瞳の奥で光り、どこかで暗い影を落とす。


(まだ、終わらない)


だが今回、彼女は一つのものを得た。それは単純な勝利ではない。国の中に小さな風穴を開けたこと。腐敗が露顕し、弱き者の声が届いたという事実。それは物語の魅力を左右する——単なる復讐劇から、国家と個人の交差する群像劇へと昇華する瞬間だ。


カイが窓の外で静かに呟く。「君は、いつかその代価を支払うんだろうな」


アリエルは遠くを見つめ、答えた。「ええ。でも——それは私の選んだ罰なのだから」


月が一度、薄く笑ったように見えた。

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