第16話:静かなる狼煙、真夜中の証明
王城の夜は、昼よりも饒舌だ。
人の気配が消えた分、石壁が語りはじめる。
足音、空気の揺らぎ、そして――誰かが嘘をついたあとの“沈黙”。
アリエルは、塔の最上階にある臨時の調査室で、灯りの芯を指でつまんだ。蝋燭が小さく揺れるたび、影も一緒に揺れる。影は語る。
(この部屋の誰が、味方で、誰が裏切り者なのか)
机の上には、昼の会合で提出した帳簿の“別写”がある。
本物はセリオンの元へ預け、王家の保全のために封印された。
だがアリエルがここに置いているのは――“さらに深い層”の証拠だった。
(刺客の混乱は想定内。だが……あれは、ただの妨害じゃない。あの一発には――もっと厄介な意図があった)
扉が軽く叩かれた。
物音の軽さで気配が分かる。
「――入って、カイ」
黒鴉の青年が姿を見せた。
いつも無表情な目が、今夜は少しだけ陰を帯びている。
「アリエル。さっきの会議室の清掃で、妙なものが出た」
「妙なもの?」
彼は革袋を机に置いた。
中には――短い筒状の部品がいくつも入っている。
銃の部品。だが、それは“既存の王国製の銃”とは違う。
「……見たことがありません」
「だろうと思った」
カイは低く続けた。
「これは国外製だ。北方の傭兵国家〈ザクセン連邦〉が用いてる簡易式の散弾銃の一部だ」
アリエルの眉がひくりと揺れた。
(国外……? 王城内部の腐敗と、国外勢力が結びついている?)
「ただの妨害じゃなかった。――“介入”だ」
空気が一瞬で冷える。
これは新規読者向けにも“スケールの拡大”を直感させる要素であり、同時に古参読者には物語の核心に踏み込んだ手触りを与える。“腐敗”は内側だけではない。外からも染み込む。
アリエルは深く息を吸った。
「……となれば、王家の審議を混乱させたのは、国内の黒幕だけではない。誰かが、国外の勢力と繋がっている」
「そういうことだ」
カイの声が暗い。
影が彼の横顔に落ちて、まるで“決着の予兆”のようだった。
アリエルは机に視線を落とし、帳簿の端を軽く弾く。
「動機は二つ。
一つは――王国の支配構造を壊すため。
そしてもう一つは……」
「“君”を消すため、だろうな」
アリエルは視線を上げた。
カイは、珍しく感情のある声で言った。
「アリエル。君は国内の腐敗の核心へ辿り着いた。国外勢力から見ても邪魔だ。
もし王家の腐敗が露呈すれば――王国全体の政治が揺らぎ、周辺諸国が介入しやすくなる」
「王国の腐敗を隠したい勢力」
「王国の腐敗を逆に利用したい勢力」
「両方にとって、君は最も危険な存在だ」
沈黙。
夜風が窓から入り、蝋燭をゆらりと揺らす。
揺れの度に、アリエルの横顔に微細な影がかかる。
(……殺される可能性。今さら怖がるほど、私は甘くない)
アリエルは笑った。
「なら、正面から出迎えてあげましょう。
――王家も、国外勢力も、黒幕も。まとめて“因果断絶”してあげる」
カイは目を丸くしたが、その後すぐに低く笑った。
「本当に……君は恐ろしい」
「そうでしょう? でも、あなたも相当よ?」
軽口のようで、互いの覚悟を確かめる一言。
だが次の瞬間、空気が一変する。
塔の下階から、爆ぜるような音。
そして――緊急の喇叭が鳴り響く。
カイが即座に窓へ駆け、アリエルも後を追う。
城壁の方角、赤い光が点滅している。
「……外郭門の爆破?」
「いや、違う。これは――内部の仕掛けだ」
その時、セリオンの声が塔に響いた。
「アリエル! 至急、会議室へ戻れ! 王子が――刺された!」
時が止まる。
アリエルの心臓が、一瞬だけ冷水に沈んだ。
「……まさか、別動隊まで?」
カイは短く頷いた。
「この国の“腐敗”は、もう外の風に触れたんだ。隠しきれないほど深い」
アリエルは振り返り、帳簿を掴んだ。
「行きましょう。守るための証拠も、暴くための証拠も、全部――ここにある」
そして、
「ラドウィン王子を救う。
彼が“王家の正義”を選ぶと言ったのだから――私はその選択を守る」
塔の階段を降りるアリエルの足取りは、剣より速く、炎より鋭い。
今この国で、誰よりも“運命の速度”を速めているのは彼女だった。
外の鐘が鳴り響く。
王城は、いよいよ――戦場に変わる。




