第14話:沈黙の王城、動き出す影
王城という場所は、妙に“息づいて”いる。石の壁は無口だが、そこを行き交う人々の気配が脈動のように広がって、アリエルの肌を細かく震わせた。
今日は――王の非公式会合の日。
本来なら、貴族でも簡単に入れない領域。しかしアリエルの足取りは迷いがなく、むしろ舞台に上がる役者のように堂々としていた。
(私は“巻き戻された”人生を生きている。その特権を最大限に使うだけ)
歩くたび、彼女の中で心音が一定のリズムを刻む。怖くないと言えば嘘になる。だが、その恐怖さえ今は味方にできる。
やがて広間の前に立つと、近衛兵が二名、槍を交差させて進路を塞いだ。
「身分と用件を」
「侯爵令嬢アリエル。王に献上する資料があります」
近衛兵が互いに視線を交わす。そのとき、後方から低く落ち着いた声。
「通せ。私の許可だ」
セリオンだった。
留置服から正装に戻ったその姿は、以前よりも重みが増しているように見える。彼の目だけが、昨日より鋭い。
「令嬢を会合の前室へ案内しよう」
その声に従い、アリエルは広間の隣にある小部屋へ促される。扉が閉まり、外の騒めきが薄れると――部屋の奥に、見覚えのある顔がいた。
「……殿下?」
第一王子ラドウィン。アリエルを処刑台へと追いやった張本人。背筋の冷たい緊張が、一筋走る。
だが、彼の表情は予想外のものだった。
険しい。迷いを孕み、何かを飲み込んだ顔だ。
「アリエル・エルネスト。お前と会うのは……正直気が重い」
「私もです、殿下」
二人の視線が交わる。空気に薄い刃が立つ。
ラドウィンは深呼吸して言った。
「セリオンから聞いた。王国に“腐敗の影”があると。だが……お前は復讐のために情報を歪める女ではないのか?」
ああ、来たか――とアリエルは心の中で笑う。
読者が初めてこの王子を見る場合でも、今の言葉で「この男が彼女を追い詰めたのか」と直感できるように、あえて過去描写を最小にする。新参者が迷わない“導線”。それでいて古参読者には「ついに対面か」と胸に刺さる。
アリエルは一歩前へ。
「殿下。私はあなたを恨んでいます。でも、それと“事実”は別です」
胸元から資料を一枚取り出した。王城の金庫番号、流出した古代魔具、資金の流れ。王族の知らぬところで動いた“腹黒い仕組み”を示すもの。
ラドウィンは紙をめくり、そして凍りついた。
「これは……父上の直轄部署か……?」
「そうです。殿下は気づいていないだけ。王家の周囲には、意図的に“あなたたちに見せない仕組み”が作られている」
沈黙。
セリオンが続けた。
「殿下。アリエルの情報が正しければ、今夜の王の会合は“浄化”ではなく“隠蔽”の相談になる可能性があります」
ラドウィンの拳が震えた。
「……王国を腐らせていたものを、さらに守るというのか?」
「ええ。そして、殿下が知らないうちに、あなたにも“形だけの罪”が押し付けられる可能性がある」
アリエルの声は淡々としているが、その裏には確かな怒りがある。
(私の人生も、あなたたちの都合で“形だけ”で奪われたんですよ)
ラドウィンはその視線に、何かを悟ったようだった。
「……分かった。会合で、私が父上に問いただす。お前たちは動くな。私が責任を負う」
アリエルは静かに息を吸い――微笑んだ。
「殿下。もしあなたが“王家の正義”を示すなら、私はあなたを敵とは呼びません」
ラドウィンの瞳が揺れた。
それは、初めて見せた“少年”の顔だった。
会合の扉が開き、王子が中へ入っていく。重厚な扉が閉まった瞬間、アリエルとセリオンは深い沈黙に包まれた。
「……本当に任せて良かったのか?」
「いいえ。任せていません。ただ、“王子にしか触れられない領域”があるだけです」
セリオンの唇がわずかに上がった。
「相変わらずだな。冷静で、そして……大胆だ」
「褒め言葉なら受け取っておきます」
やがて、部屋の奥から微かな魔力の振動が響く。
会合が――始まった。
アリエルは思う。
(さて、王家の“真実”を暴く最初の一手。誰が最初に折れるのかしら)
その顔は、美しい冷笑を浮かべていた。
そして――その夜、王城の奥深くで、王国史に残る最初の“歪み”が音を立てて動き始めているのだった。




