表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
お義母様、それは私が殺しましたが、何か問題でも?〜復讐完遂令嬢は次の人生を無双する〜  作者: 和三盆


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/57

第11話:孤影の審問

王宮の石は冷たかった。冷たさは体温よりも重く、思考までも締めつける。セリオンは玉座の間の一隅に座らされ、鉄の椅子の背が背中に食い込むのを感じていた。耳には、たまに廊下を通る足音。遠い鐘の余韻が、室内の空気を薄く震わせる。


「告発された者の取り調べは、常に穏やかに行う」

王の声が低く、しかし部屋を支配する。そこにあるのは、慈悲ではなく秩序の仮面だ。


セリオンは額に冷たい汗を感じた。問いは単純だ。だが答えは刃のように鋭く、どの切り口も誰かを傷つける。彼の胸には、夜に交わした約束がまだ温かく残っている――侯爵令嬢アリエルの手を止めないと誓った日。だが王の前では、誓いもまた秤にかけられる。


「近衛幹部セリオン、問う。侯爵家の不正に関与したとの証拠が上がっている。君は何を知る?」

王の視線が、冷たい星のように一点を射抜く。


セリオンは静かに答えた。「私の立場は、王のためにある。だが真実が明らかになるなら、私情は排する――」


言いかけて、彼は気づく。言葉を繋げれば繋げるほど、言葉は自分を追い詰める。王は首を傾げ、ヴァレンは紙を擦るように手を動かすだけだ。礼節の裏にある本音を、誰もが慎重に探っている。


尋問は続いた。王側の者が差し出すのは、彼の行動記録、夜の行動、誰と会ったかの断片。すべてはセリオンという一個の人間を解体し、そこから必要な罪の欠片を取り出すための手順だった。だが彼の内面は、戦場で磨かれた鉄よりも複雑だ。秩序を守る者でありながら、偶に正義の輪郭を疑う自分がいることを認めざるを得ない。


廊下で小さな音がして、扉が重く閉まる。誰かが持ち込んだのだろう。使者が一枚の紙を王の前に差し出す。王はそれを開き、眉を深く寄せた。


「侯爵令嬢アリエルが、王の前で証拠を提出したとある。君もその場にいたのではないか?」

王の問いは、単純であり残酷だ。


セリオンの喉が鳴った。答えは真実だ。彼はその夜、侯爵家の件で現地に向かった。だがそれは命令でもあり、個人的な好奇心でもある。彼は自分を守るために、かつての仲間の顔を思い出す。幼い頃の約束が、今は遠い声のように聞こえる。


「陛下、私は……」

その瞬間、部屋の空気が変わった。扉の影に、黒いコートの端が揺れた。黒鴉の者たちだ。彼らは王の許可など待たぬ風で動く。彼らの到着が、事態の輪郭を一気に変えた。


黒鴉の代表が玉座に近づく。影の集団は礼を欠かず、しかしその礼の奥には別の秩序がある。彼の声は低く、冷静だ。


「王よ。我々は事態を把握している。だが求めるは、秩序の保全だ。公の裁断は王に委ねるが、我々には別の手段もある」

言葉は脅しではなく選択の提示だった。王は一瞬ばかり思案する。均衡を壊すか保つか。どちらを選んでも、代償は生まれる。


セリオンは拳を握りしめる。黒鴉の目が彼に注がれた。白日の下で裁かれるか、影の中で試されるか。彼は自分の欲する秤の重さを自覚していた。


「もし我々が介入すれば、君の名声は守られるかもしれぬ。ただし、同時に我々に対する借りも生まれる。王はその事実を認識するだろうか?」

黒鴉の代表は冷たく笑う。その笑みは金の鏡の冷たさに似て、周囲の心を凍らせる。


王は答えることを避け、ヴァレンが口を開いた。「王よ、秩序の観点からすれば、公然の場で裁定するのが最も透明である。しかし――」

言葉は濁る。王の側近は、既に黒鴉の存在を視野に入れている。均衡の重みが、誰を守るかを問う。


結局のところ、王は決断を先延ばしにした。二日間の拘束、監視付きの審理を命じる。セリオンは一時解放されることなく、留め置かれる。黒鴉は一人、彼に近づきささやいた。


「選ぶのは君だ、近衛。王の秤に従うか、我らの影に預けるか。だが覚えておけ、影は恩を忘れぬ。借りは必ず回収する」

その声は穏やかだが、回収の意味が重い。セリオンは答えず、ただ静かに頷くだけだった。


屋敷に戻ったアリエルは、召集と報せの重さを感じていた。セリオンが王宮に留め置かれたという消息は、彼女の計画に新たな摩擦を生じさせる。だが彼女の瞳は揺れなかった。動揺ではなく、計算の震えだ。


夜、書斎で帳簿をめくる指先が止まる。嘆きの書記官の言葉が夢の隙間にこだまする。「刈り取る命の数を忘れるな」——その言葉は時に、冷たくも温かくも響く。彼女は自分が払うべき代償を、まだ完全には測れないでいた。


窓の下に、黒鴉の小さな使者が立つ。彼は短い紙片を投げ入れ、影のように去る。紙には二行だけ書かれていた——


『救済は一つ。だが、その代価は未来に刻まれる。今は沈黙せよ。動けば、我らは君の盾となるが、同時に君の道を狭める』。


アリエルは紙を折り畳み、掌でその冷たさを感じた。救いが来るのは計算外ではない。だが救いの意味は、いつも二面性を持っている。借りは借り。代価はいつか、正確に請求される。嘆きの書記官の取引と、黒鴉の取引。二つの影が彼女の周りで踊る。


翌朝、屋敷の空気が変わった。門前には群衆が集まる。噂は刃のように鋭く、人々の口は勝手に罪を織りなす。リディアはひどく疲れて見えた。彼女の微笑は薄く、瞳にはやつれの影が差している。だがその視線は、どこか鋭く、復讐者を探す鷹のようだ。


セリオンの件は、屋敷に小さな波紋を投げかける。親しい家臣たちの視線が微妙に変わる。誰かは味方を探し、誰かは己の保身を優先する。アリエルはそれをすべて記録する。表情、視線、指先の震え。人は不安なとき、最も多くを語る。


午後になり、扉がノックされた。訪問者は一通の封筒を持っていた。差出人の印は、侯爵夫人リディアの旧知の名――だがそれだけではない。封筒を開けば、そこには一枚の写真が入っていた。夜の王宮の隅で、誰かが密かに会う姿。写真の隅には、見慣れた金の縁取りの印章。見覚えのある手跡。


アリエルは写真をじっと見つめる。顔に表情はない。だが胸の奥で、何かが確かに動いた。彼女は静かに立ち上がり、窓の外を見た。遠くに小さな影が一つ、ゆっくりと消えていくのが見えた。


嘆きの書記官と黒鴉、王と近衛、侯爵家の内部。糸が絡み合い、結び目が増える。アリエルは自分が編んだ網の中に居るのか、それとも外側から編んでいるのか――その輪郭は、夜ごとに曖昧になる。


彼女は小さく息を吐き、短剣の柄に指をかけた。鉄の冷たさが、血の熱を思い出させる。選択は常に痛みを伴う。だがその痛みを恐れては、何も動かない。


「まだ終わらない」——彼女は自分に呟く。声は闇に溶け、翌朝の光に溶けない。


セリオンの影は王宮にある。黒鴉の影は屋敷の周縁を覆う。アリエルは二つの影を自らの天秤に乗せ、次の一手を決める。


刈り取られる命は、まだ数え切れない。だが一つだけ確かなことがある。彼女の復讐は、もはや個人的な悲しみだけではない。王国という大きな舞台――その上で、彼女は舞う。舞いながら、刃を研ぐのだから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ