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お義母様、それは私が殺しましたが、何か問題でも?〜復讐完遂令嬢は次の人生を無双する〜  作者: 和三盆


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第10話:裁きの席、紅の問答

王座の前は、いつもよりも静かだった。

石の床に映る光は鋭く、会議室の空気を霧のように冷やす。王は玉座に座り、額に刻まれた皺が深く刻まれている。ヴァレンは机の端に寄り、セリオンは後方で腕を組んでいる。貴族たちの視線は針のように刺さり、誰もが「次の言葉」を待っていた。


アリエルは帳簿を携え、足を進めた。ドレスの裾は軽やかに床を擦る――だがその動きは、決して柔らかさを装うためのものではない。彼女の身体は、今や計算機であり、刃であり、舞台でもあった。


「侯爵夫人リディア・レオノール、侯爵家に代わり申すことがありますか」

王の声は冷えた銀のようだ。


リディアは咳き込み、顔を上げる。髪は整えられ、着飾った姿は変わらない。だが瞳の奥にあるものは、遥かに荒れていた。彼女の視線はアリエルに吸い寄せられ、そこに微かな恐怖と誇りが混ざっている。


「陛下、我が家は――」

言葉が出かけて、リディアはふと詰まる。席の端で囁き合う貴族の声が、刺になる。


アリエルは一歩前へ出る。部屋の温度は、彼女の到来と共にさらに冷えた。


「臣は、証拠を提出します」

彼女の声は澄んでいて、会場のざわめきを削ぎ落とす。手を伸ばして帳簿を差し出す。紙の端が光を受け、細かな字が確かな刃のように浮かび上がる。


王はその帳簿を受け取り、頁を繰る。ページの裏に隠された転記、微細な印章の欠片、異常な送金の流れ。王の指先がある一行で止まったとき、室内がまたひとつの息を飲む。


「これは……」

ヴァレンの低い声が床にうずたかく。セリオンの顔色が変わる。誰の頬にも、血の色ほどの温度は残されていない。


「証拠は明白だ。家令マリオ・デュランが、侯爵家の公金を利用し、外部へ不正な送金を行っていた。更に、その一部は王宮の関係者へ――」

アリエルは一つ一つの単語を、床に打ち付けるように、ゆっくりと述べる。言葉は毒にも武器にもなる。


だが、王は静かに顔を上げた。彼の瞳がアリエルを捕らえる。そこにあったのは、単なる驚きではない。計算済みの動揺でもない。もっと重い、国の重責が滲んでいる。


「確かに、状況は深刻だ。しかし――」

王は言葉を切る。王の周りで、誰かが手のひらを擦り合わせる音がした。策略を練る音だ。


「もしも、この件が真にただの不正であれば、裁きを下すのみで済む。だが、もしこれが……一連の企みの一片であり、他国の干渉や貴族間の政略が絡むならば、我々は容易に判断できぬ」


会場で誰かが小さく息を漏らす。アリエルの胸の中で、針が刺さるように冷たい思考が走った。彼女の提出した帳簿は刃だが、同時に香炉にもなりうる。燃やし方次第で、誰かを焼き尽くすか、煙に巻くか。


「陛下、私の望みは明瞭です」

アリエルは一歩前へ。声が震えたのは一瞬だけ。すぐに彼女は収めた。「不正を行った者に相応の裁きを。侯爵家の名誉を守るために、真実を白日に晒してください」


王はアリエルを見つめたまま、長い間沈黙した。やがて彼は立ち上がる。玉座の前をゆっくりと歩き、周囲の者たちを見渡す。


「よかろう。だがこの裁きは、公正であると同時に慎重でなくてはならぬ。真実の全てを確認した上で、断を下す」

王の決定は公正を装い、同時に手綱を強く引いた。ヴァレンは小さく頷いた。セリオンは顔を強ばらせたが、同意する。


その場で臨時の審議が宣された。王の側近、近衛、侯爵家の代表、そして数名の中立的な法務官。だがアリエルの心には、別の影が落ちた。黒鴉の札の厚さ、嘆きの書記官の囁き。刈り取る命の数は、次の人生を蝕むと約束された。だが今は、その数を数える暇はない。


審議は二日後に開かれることになった。会場が解けると、群衆のざわめきが王宮の廊下に溢れた。アリエルが一歩下がると、背後でリディアが複雑な表情を見せる。彼女の顔には怒りと哀れみが交錯している。だがそれは、アリエルの意に沿う演出でもあった。


──外に出ると、セリオンが彼女に近づいた。声は低く、影のように柔らかい。


「侯爵令嬢、陛下の判断は暫定的だ。君の提出した証拠は重い。ただし、王宮の動きは速い。君の手は清らかだが、周囲は必ずしもそうではない。気をつけよ」


アリエルは短く笑った。笑いは歯の隙間から零れる月光のように冷たい。


「ご忠告、感謝します。ですが私は自分の刃を信じます。証拠は私の手から出ました。真実は真実として、日光に晒すのみ」


セリオンの口元に、かすかな苦さが残った。彼は何かを言いかけ、やめた。言葉は空気に溶ける。


──翌日、屋敷に戻ると、報せが来ていた。マリオは公の場で再び告発され、拘束はさらに厳格になった。だがそれ以上に、別の動きがあった。王宮からの使者が、セリオンの名を呼び、彼を召喚したのだ。


アリエルの胸に、予感が冷たく広がる。召喚の意味は単純だ。王は動き、秩序を確かめる必要がある。だがセリオンを呼ぶことは、彼女の提出した証拠が王の深部へと届いたことを示す。


夜、窓辺に戻ったアリエルは短く息を吐いた。庭の白い影が風に踊る。嘆きの書記官の声が、夢の外側から囁く。


『一つ刈り取った。だが針はまだ刺さる。数を数えよ、アリエル。君の選択は累積する』


彼女は指先で帳簿の端を撫でる。インクの匂い、紙のざらつき。刈り取った命の重みはまだ見えないが、彼女は確かに感じている。それは夜毎に増す重さであり、やがて彼女を押し潰す重力だ。


「まだ、終わらない」

アリエルは自分に言い聞かせる。声は小さく、それでも確かだ。


遠く王宮の塔から、薄く鐘が鳴る。音は次の朝を予告する。針はまた一つ、動いた。

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