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お義母様、それは私が殺しましたが、何か問題でも?〜復讐完遂令嬢は次の人生を無双する〜  作者: 和三盆


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第1話『処刑台で、神に出会う』

処刑の鐘が三度鳴るたびに、観衆の声が薄く引き伸ばされる。

アリエル・レオノールは石畳の冷たさを膝で確かめながら、周囲の喧騒を遠い雑音だと切り捨てた。風が、彼女の黒いドレスの裾を嘲るようにめくる。胸の内は、焼けた鉄のように静かだ。怒りは既に計算済みの道具となっていた。


「恥ずかしげもなく吠えるわね、貴族の娘が反逆だなんて。」

継母リディアの声は笑みを纏っている。義妹セリーナは父の腕の陰から興奮気味にこちらを見下ろしている。王立兵士の刃が太陽を反射し、群衆の視線は刃先に沿って彼女の喉元へ集まる。


それでも、アリエルは微笑んだ。口元だけの柔らかな嘘――それが一番、相手の心をかき乱す。


第一の鐘が鳴る。群衆の鼻先に、処刑のための台が組まれる音。

第二の鐘が鳴る。近しい者の顔が、遠景から絵画のように重なる。

そして、第三の鐘が鳴る――その瞬間、空が裂けた。


音は瞬時に蒸発し、風は止まり、群衆の口元の笑いも、刃の冷たさも、すべてが凍った。空中に黒い影が降り立つ。顔はない。ただ、古びた羽と、墨を吸ったような筆だけを持っている。嘆きと紙片の匂いが世界を漂わせた。


『終わりにするには惜しい物語だね。書き直すかい?』

声は風でも人でもない。だが、アリエルの内側に深い共鳴を起こす。


彼女は目を細める。冷たい石畳に映る自分の瞳が、いつもより赤く見えた。

「代償は?」と、問いは短くて正確だった。


『君がこの人生で刈る命の数だけ、次の人生の針が深くなる』

その説明に、観衆の顔が少しずつ影を取り戻すのが見えた。だが世界はまだ半分凍っている。継母の唇は口紅の赤だけを鮮やかに保ち、セリーナの指先は微かに震えている。


アリエルは笑った。音が戻る前の、ほんの一瞬の静寂に含まれた笑い。

「いいでしょう。来世の苦しみは、後で請け負えばいい。ただし条件は一つ。私は――美しく、正しく、終わらせるわ」


筆が動くとき、血と時が交差した。世界が引き戻される刹那、アリエルはある決意を固めた。失った名誉を、取り戻すのではない。奪われたすべてを、同じ痛みで返す。だが返し方は、形を変える。暴力だけではない。策略、嘘、信用の剥奪、そして――必要なら刃。


気づけば彼女は十五歳の自室の鏡の前に立っていた。窓の光は柔らかく、朝食の皿の縁にパンくずが残る。幼い頃の肖像画が壁で穏やかに微笑んでいる。外面は何も変わっていない。だがアリエルの瞳の奥にある火は、誰にも見せない絵画のように深く燃えていた。


(まずは情報だ。継母の強み、義妹の恐怖、父の孤独。傍観者の名前と、噂の根源を全部掘る。信用は通貨。敵の信用を刷り替えるために、私は銀行家の顔をする。)

このモノローグは心の中でいつもより冷静に、寸分の迷いもなく組み立てられる。復讐は激情ではない。復讐は数学だ。


鏡越しに、自分の唇に微かにある傷跡を見つける。かつて夜半に切ったものだ――忘れられた刃の感触。それは覚悟の証。過去を変えるための小さな証拠。


午後になると、噂が早くも動き始める。継母が取り仕切る午後の茶会、義妹の婚約披露。城の廊下は誇張された無関心で満ちている。アリエルは招かれた振りをして、黒い手袋の下に指先で何かを確かめた。それは薄い紙片。嘘の証書を書くときに使う特別な紙――彼女の作り物だ。


茶会の椅子に座ると、リディアは自然に毒のような賞賛を撒き散らす。周囲はうっとりと頷くが、その眼差しはいつもと違う。自信の代償に作られた人形のような笑顔だ。


アリエルはゆっくりと茶をすすり、視線を義妹に合わせる。セリーナは新しいリボンを弄びながら、裏に隠した不安を振り払おうとしている。彼女の手にのみ、かすかな震えがある。その震えが、後の糸口になるだろう。


「お義母様、今日のお手製の紅茶は格別ですわ」

アリエルの声音は柔らかい。だがその柔らかさが、リディアの心に小さな亀裂を作る。亀裂は、時間をかければ大河をも壊す。


夕暮れ、城の中庭でひとり、アリエルは空を仰ぐ。嘆きの書記官の言葉が耳鳴りのように残っている。来世の針。数えるべき命。彼女は内側で計算を始める。誰を、いつ、どのように降ろすか。数ではなく形で、傷を与える方法を選ぶ。


その夜、床につく前に彼女は短く呟く。声は布団に吸われて、誰にも届かない。

「明日から、計画を始める。血も嘘も、全部私の手で整える」


窓の外で、遠く鐘が一度だけ鳴った。だが今回は、恐怖の鐘ではなく、合図のように聞こえた。

アリエルの掌の奥で、昔の刃が微かに温かい。彼女は目を閉じる。復讐は始まった――静かに、確実に、そして美しく。


(明日の標は――リディアの信頼を削ぐ一枚の書面。表向きは小さな誤謬、だが裏には致命の嘘を仕込む。彼女の信用は、私にとっての貨幣だ)


夜は深まり、城が眠るとき、誰も知らない小さな音が一つだけ廊下に落ちた。それは紙の擦れる音。未来を紡ぐ最初の一行が、黒いインクで乾いていく音だった。

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