8 共鳴の砲声
「――当艦はこれより緊急離陸を行う。深空トンネル中域まで、光速運航予定である。
UTC 21:00/SS着艦予定。なお、艦内待機レベルはDEFCON3とする」
艦内のアナウンスが終わり、離陸した艦はあっという間にカーマン・ラインへと達した。
マヒルの直轄部隊八十名を乗せ、彼の専用宇宙艦が深空トンネルを光速で駆け抜けていく。SSまでは数時間で達する予定だ。
なお、この〝中域〟とは遠空艦隊が探索を済ませた範囲での単位であり、これを成し遂げられるものは他にない。
通常なら宇宙船が光の速さで移動している間、地上では百年単位で時が進む。
しかし、深空トンネル内に時空の歪みが存在しているおかげで相対性理論の影響を打ち消し、時間破綻を防いでいる。
未知の領域が多い深空トンネルを征くためには、遠空艦隊のような高性能の宇宙船と軍隊を持たなければならない。そして、それを以て挑んでも深空の最果ては未だ未踏の地である――
人類の限界に挑み続ける遠空艦隊、マヒル執艦官が持つ艦船内の専用執務室内は穏やかな空気が流れている。
マヒルの妹……晴れて仮の隊員となった彼女は、リアムとデスクに並んで勉強中だ。
「――不正解です。宇宙は微弱重力があります。太陽系の端まで行ってもゼロにはなりません」
「うっ、そうでした……」
「宇宙は水中と同じ中性浮遊の性質で、パイロットが水中訓練をするのはそのためです。マヒル執艦官がいらっしゃればこのように無効化されますが」
「ここだけに引力制御を使ってるわけじゃないだろ」
「マヒル執艦官は船全体にもEvolを使われていらっしゃるのですから、私は感謝を述べるべきでした。申し訳ありません」
「フン」
リアムに皮肉を投げかけられたマヒルは、涼しい顔でホログラムスクリーンを立ち上げ、艦内の動力をチェックしている。『妹を甘やかすな』と暗に言われても気にしていない。
宇宙に出れば万有引力の影響は減り、重力から解き放たれるがゼログラビティにはならない。
よって、超長距離を光速で移動する場合、本来ならば船内の人間は恐ろしい程の加速重力を受ける。
だが、それは彼の異能力で中和されているようだ。
「勉強はここまでにしましょう。SSに着くまで、船の説明をいたします」
「はい」
彼女は、リアムから資料を受け取る。
表紙に『機密事項』と赤い文字で書かれ閉じられた数枚の紙には、恐ろしい密度の文字が並んでいた。
「この宇宙艦船『ペルセウス』はマヒル執艦官を艦長とした、独立体系指揮下にあります。
本船は放射線を防ぐ防護プレートを装備しており、深空トンネル内航行中に磁力を集積・動力に変換を行います」
「動力で荷電粒子を偏向させるんですよね?防護プレート、ってこれですか?」
「はい」
彼女が指差した複数ある船窓は、灰色のプレートで覆われて外の景色が見えない。トンネル中域まではこの状態が続くようだ。
宇宙には強力な放射線が複数存在する。それを防護プレートなしに浴びれば人は急性放射能汚染状態となり、酷い被ばく状態で死に至る。
本来ならば放射線の少ない軌道を選び、それを抑制するのが定石とされる。
しかし、こうして船の外側を全て覆えるほど防護プレートを装備していればその必要もなく、最短ルートを取れる。
ちなみに放射線防護用品はかなりの高級品だ。ハンター協会でも、いまだに支給はされていない。
「艦内に於いても磁力の集積が終われば、地上と同じ引力を得て地に足がつくようになりますから」
「へぇ……でも、これじゃ実感が湧かないですね」
「おほん!お前は水中訓練すら受けてないんだから、ここからしばらく出るなよ。三半規管の調子が狂うし、吐いて服を汚すと処理に苦労するぞ」
「無重力で吐瀉物を漂わせるのは流石に気が引けるね。宇宙だと洗濯ができないんだっけ?」
「できなくはないが、基本的に着衣は着捨てる。船倉の1/3はゴミ箱だ」
「そっか……お風呂も入れないんだよね?」
「頻繁には厳しいな」
彼女はポケットに入れた防臭スプレーの残量を手先で確認した。先ほどからリアム.マヒルの両名から男性サロンのひどい移り香が漂っている。
……背の高い二人に使えばすぐ無くなるだろう。任務の長さを思えば、使うわけにもいかない。
戦いに向かう最中でも、好きな人のそばにいるならば身綺麗でいたいと思う彼女は思い悩んでいた。
「さっきから何でそんな見てくるんだ?」
「私に同じ目線を送らないでいただけますか」
「…………」
二人を見比べた彼女は『我慢する』という選択肢を選んだ。部屋に漂うくらいだから相当強い臭いなのだが、服を着替える機会があるならその度にマシにはなるだろう。自分が使う分の確保が最優先だ。
説明を続けますよ、と呆れた顔になったリアムの声で姿勢を正した。
「深空トンネル中域ステーションでは、武器弾薬の補給を行います。そして未知境界線へと向かい、ワンダラー殲滅線となります」
「ステーションから目的地はどのくらいの距離なんですか?」
「航行時間100分程度です。小隊が消えたのは90分の場所ですが」
「前回の遭遇時に敵数の確認はできたんですか?」
「視認数は30万相当です。レベル的には大したことがないのですが、あまりにも数が多く通常装備では殲滅に至っていません」
「なるほど……あの、今回はそれを改善できているんでしょうか」
リアムは頷き、2枚目のページを示す。そこには『電磁砲』の名があった。電磁力を使った武器なら、宇宙空間では弾薬に事欠かない。ただし、使用にはかなり問題があるとされている武器だ。
「改造型レールガンは超長距離射撃、高速攻撃が可能です。炸薬を必要としませんので弾薬種別が豊富ですよ」
「へぇ……でも、30万匹のワンダラーに電磁砲を浴びせ続けるとして、宇宙空間では磁場干渉が物凄いですよね、弾がまっすぐ飛ぶんです?」
「ですから、マヒル執艦官が重宝されるのです」
「まさか……Evolで操作するとか?」
「はい。他にも磁力干渉・力場操作のevolを持つ隊員がいますが、マヒル執艦官が主戦力です」
「武器の存在意義……あります?」
「あります。ただし、これは補助目的で使用します。
レールガンでワンダラーをひとまとめにして、星の磁場展開を一箇所で展開。その後ハンターさんのように戦闘、撃破という手順ですから」
対ワンダラーのハンターとして仕事をしていた彼女は思わず『へぇ』と呟いてしまった。要するに砲撃戦ではなく、ハンターと同じやり方を採用しているということだ。
レールガンを照射することにより、複数のワンダラーをまとめられると言うのは新しい情報だった。
だが、横目でそれを見ていたマヒルがトントン、と机を指先で叩く。
「今の話は地上でのハントには活かせないぞ。宇宙空間のみの適用で、様々な放射線・磁力・いろんな要因が合わさってレールガンが使えるだけだ」
「なるほど、地上で働くハンターは相変わらず1匹ずつ倒すしかないって事だね」
「そのあたりは宇宙でも変わらない。レールガンを使っても星の磁場がまとまるだけで、中にいるワンダラーは融合したりしなかったりだ」
「え、じゃあ結局消耗戦ってこと?」
「そうだな」
マヒルの怪我がいつまで経っても無くならないのはこのせいだったのかと彼女は納得した。深空トンネルの管理空域を巡航しているうちは、ワンダラーとの遭遇も避けようがあるかもしれない。
だが、新人執艦官で先駆の役割を持つ彼は、常に危険に晒され続けているという事だ。
――そこで、ふとした疑問を抱く。
ペルセウスの船員は総勢八十名。もしハンター協会が30万ものワンダラーに遭遇したとして、その人数で対応するとは思えない。
あまりにも少ない戦闘員の数に眉を顰めると、勘づいたリアムが頷く。
「ペルセウスの搭乗人員が少ないのは理由があります。駆動エンジン自体が国家レベルの機密事項だからです」
「え?」
「これ以上は伝えられませんが、駆動エンジンに由来する砲撃で一気大量撃破が可能となっています。こちらもプロトタイプから改造を施しましたので、今回は戦闘作業が格段に減りますよ」
「…………もしかして、この船自体が大砲だったりします?」
「おや」
「へぇ、よく分かったな?」
リアムとマヒルは顔を見合わせ、驚きの表情を浮かべた。彼女の推察は見事的中していたようだ。
本人は過去に放映されたアニメのネタを披露しただけだったが、リアムはそれを知らないのだろう。マヒルだけがニヤついている。
あの顔は『新しいおもちゃ』を手に入れた時のよくない笑顔だ。長年の学びから得た経験でよく知った彼女は、口の中が苦くなったような気がした。
「素晴らしい推察ですね、おっしゃるとおりです。前回の敗退を機に新兵器として搭載された……」
副官の妙なスイッチを押してしまったようだ。彼は勢いよく喋り出し、プリントを指差しながら矢継ぎ早に喋り出す。
彼女は自分の失態を呪いつつ、リアムの話を止めようとしないマヒルを睨みつけた。
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――艦内のランプが赤色灯を灯し、緊急事態を知らせている。外敵からの衝撃で揺れる船内を歩き、マヒルはコントロールルームへと足を踏み入れた。
外部スクリーンからの映像が360度に渡り投影され、漆黒の宙と船に齧り付くワンダラーたちが見えている。
コントロールルーム内の人員は気絶してしまっている。飛び抜けて屈強なはずの舵手、砲手、通信主すら全員応答がない。
「――マヒル!控え室もだめ、みんな気絶してる!」
「……、こちらも全滅でし……た」
「きゃっ!?リアムさん!!」
顔色が悪く、息の荒いリアムは膝を地に落として気絶してしまった。そばにいた彼女は体を支えて背を壁に預ける。
「やれやれ、こんな影響が出るんじゃ今後の作戦には主砲を使えないな」
「マヒル、これからどうするの?」
「今、この船内で戦えるのはオレたちだけだ。主砲が今後使えなくなるなら、思いっきり使っちまおう。
ワンダラーを壊滅させることに変わりはない。船はオレが操縦する。お前は副操縦士兼砲手だ」
「はいっ!」
彼女はセンターコンソールの椅子に腰掛け、足を組んでスクリーンを冷めた目で見るマヒルを眺めた。執艦官の黒い制服が彼の怜悧な横顔をさらに酷薄に見せている。
マヒルに口頭で指示を受けながらパネルを操作すると、システムが立ち上がった。画面上に遠空艦隊のロゴである飛行機のマークが映し出され、文字が次々と浮かんだ。
――コードネーム『Resonator』:極限型共鳴振動兵器――
共鳴振動……?これが新しい武器なのだろうか。マヒルに聞いてみたいが、機密だと言っていたし、教えてもらえるかはわからない。厳しい表情を浮かべたマヒルは地上に報告の無線を送り、重いため息をついた。
現状は先ほどまでの平穏な空気が恋しく思えるほど、追い詰められた盤面になっている
――SSを出てすぐ、ペルセウスはワンダラーの大群に遭遇した。苦労して打ち立てた宇宙基地は自己防衛のために磁場出力のシールドを張っているが、いつまで持ち堪えられるかわからない。
ここを壊されるわけにはいかず、応援要請をしたが……果たして応援が来るのかは不明だ。わざわざ死地に向かうような勇気のある執艦官がどれだけいるのか、あのサロンの面々を見ていれば自然とわかる。
レールガンを撃ちつつ、艦船主砲を早速使う羽目になったのだが……主砲が撃たれた瞬間、船内の人員が気絶してしまったのだ。
マヒルが唇を開き、閉じる。彼は口端を上げ、不安そうにしている妹を見つめた。
「今回のこのザマは、主砲の影響だ。……ここから先は独り言だからな、艦を降りたら忘れてくれ。
――ペルセウスのメインエンジンは『水』を動力としている」
「……え??水?水素じゃなくて?」
「H2Oの液体呼称である水だよ」
水で……動くエンジン??そんなものが存在するなんて聞いたことがない。
はるか昔、化石燃料を主としていた時代にそんな都市伝説があったけれど。
「水動力エンジンは昔から存在していたが、経済を壊す物だから隠されてきたんだ。
水素や原子炉では空飛ぶ爆弾になっちまうだろ?安全な動力だし経済的だよな」
「たしかに、ね。それで、みんながこんな風になったのは何故?」
「水を原動力としているのは、そこから発生する周波数を主砲としているからだ」
「はい?」
「こんな話を聞いたことはないか?『がん細胞を、特定の周波数で破壊できる』って」
「!!」
絶句した彼女は以前、エンジョイ臨空という情報サイトに掲載された記事を思い出した。
当時は『最先端技術』もしくは『与太話』として話題になりはしたが、それ以上の続報はなかった。
EVERが、コアテクノロジーによる『人が死なぬ技術』を発表したことによりかき消えたのだ。
本当かどうかはわからないが、それは特定の周波数・音の振動を与えたがん細胞が死滅したという研究結果の発表だった。これは他の技術にも応用できる。
例えば、異化の病に苦しむ人たちにも。もしかしたらEVERに潰されたかもしれない世紀の発見だったはずだ。
「水はただの燃料じゃない。『水素結合』の中に生じる量子揺らぎを増幅し、共鳴振動に転換してる。それが主砲の音波エネルギーだ。
つまり水が砲弾になるんじゃなく、水から出る周波数が砲弾の〝種〟になる」
「待って……それなら、この人たちはその周波数を受けて気絶したってことになるよね。ワンダラーを壊す弾が船員たちの何に感応したの?マヒルはもう、分かってるんでしょう?」
制帽を深く被り、マヒルはコンソール下部から上昇してきた操縦桿を握る。まるで……プロペラ機を操るように船を動かし、船首を上げて宙に漕ぎ出した。
「セベシングだ」
「…………」
「オレが摂取していない物、船員が摂取している物で共通するのはセベシングしかない」
「そう、なんだね」
「皮肉だよな、自分の心を贄にして得たものが……こんな現実だなんて」
マヒルの顔を見れないまま、彼女は唇を噛み締める。
セベシングは、チューリングチップを埋めた人たちが定期的に摂取している薬剤だ。
セベシングがもたらす『安定』は、より〝傀儡としてコントロール〟しやすくなるようにという効能が発揮されているように彼女は思う。
『人の心が生む感情、心の叫びを塞ぐようにしてしまう物』と彼女は結論づけている。マヒルも同じらしい。
恋をしていたマヒルは、その想いをコントロールされたくなくてセベシングを服用していなかった。
そして……それは、新しい事実に結びついてしまう。
セベシングはワンダラー由来の薬剤だという事。ワンダラーの核、コア結晶、命と言えるその物質が関わっている。
だからこそワンダラーのコアを砕く周波数が、セベシングで安定化した神経にも共鳴してしまうのだろう。
「オレは……何かを思い出すたびに誰かの悲鳴が頭の中に蘇る。
何のためにそんな事をしてきたのかも思い出した。正直自分が嫌いになりそうだ」
「どうして?」
「どうして、って……」
「聖人君主でなければダメなの?それとも、まだ孤独なヒーローになりたい?」
「…………」
「死んだ人は戻ってこない。過ぎた時も同じだよ」
「お前が、オレの仕事をどこまで知っているのかはわからない。でも『兄ちゃん』がこんな奴で良いはずがないだろ?」
「どうして?」
「………………」
『どうして?』と繰り返す妹は、マヒルをチラリとも見ない。パネルに表示された主砲の説明文を必死で読み続けている。
兄を見つめる瞳の色は変わらず、何かを知っているとしても彼女は彼女のままだった。
巨大ビジョンに映し出されたワンダラーは移動の圧に耐えかねて船を離れていく。だが、SSから離れなければこちらからも攻撃はできない。じわじわと防護シールドを剥がされ、船内の放射線メーターは限界区域直前まで迫っていた。
逼迫した盤面にも関わらず、二人は冷静なまま。そして、船外の状況も把握しているのに今話しているのは全く関係のないことだった。
「もう、お仕事のことはほとんど思い出したの?」
「あぁ」
「そっか。じゃあ、言わせてもらうね。私はあなたの秘密を全て暴いたよ。
マヒルが『秘密の任務』を請け負っていた事、チューリングチップの支配を逃れるために研究をしていた事、それが意外な成果を見せている事も」
「オレは、人殺しだ」
「だからなんだって言うの?」
迷いのない声が、凛として響き渡る。
マヒルは何を言えばいいのかわからず、うつむいた。彼の目にパネルに表示された航路図が映る。
もう、SSからの距離は十分取れた。説明を読み終わった彼女は手際よく『レゾネイター』の起動を済ませていく。
兵器本体は超高出力波動発生器と周波数解析ユニットで構成されている。
目標であるワンダラーが標的としてロックされ、分析が始まった。
――有効周波数分析開始。完了まで2%――
機械的な音声がコンソールパネルから発される。マヒルは艦船の機首を上げ、瞬時に背後へと旋回した。
主砲のエネルギーチャージが始まり、水滴の音が館内に響き渡る。発射へのカウントダウンが始まった。
同時に妹は兄を見据え、唇を開く。
「マヒル、チューリングチップについてあなたの意見を聞かせて」
「チューリングチップは、身体機能を向上させる人体改造チップだ。
極度の興奮状態になると起動し、電気パルスで脳信号を遮断して、強制的に落ち着かせることもできる」
「そして、最終的にEVERの思い通りに動く駒にするんでしょう」
――24%──
「そうだ。脳内の記憶を含め、その人を動かすもの全てを支配して自我をなくす。
オレはまだ、大切なものを手放してはいない」
「……うん」
「セベシングはチューリングチップによる自我への侵食を進め、人体が出す拒絶反応を止めて傀儡になろうとする作用を助けるものだ。それから、感情の抑圧にも作用する」
「感情を抑制されるなら、Evolも抑え込まれるんだね?」
「…………」
「私たちが持つ異能力であるEvolは、ひっくり返したらloveだよ?感情が異能力に関係性があるなんて、他にも気づいた人はいるはず。
……ねぇ、マヒル。私はあなたがしてきた事を全部知って、その上でこう思ってるの」
――63%――
「私の兄さんは、享楽で人を殺したりしない。妹を守るためにいつも自分を犠牲してきた。
誰より優しくて、頼もしくて、私の大切な人だよ」
「罪人でもか」
「罪人だって、なんだって構わない。兄さんは、兄さんだから」
「……生きる価値が、兄ちゃんにあると思うのか?」
――80%――
二人は真剣な表情で見つめ合う。交わされる言葉は今までのどれよりも重く、双方の心の中にしっかりと爪痕を残していく。
「マヒルが人を殺したなら、これから血塗られた道を行くなら。屍の上に立ち続けるなら、立ち止まってうずくまることは許されない」
――90%――
――操舵固定、周波数分析完了――
コントロールルーム内の照明が落とされ、マヒルが握った操舵レバーが固定される。大量のワンダラーが船首の砲台に取り付き、防護シールドを次々と破壊していった。
収束された周波数のエネルギーが青い光を放ち、ついでオレンジ、紫、白へと変わっていく。
「マヒルは生き残って『研究』を続けなければならない。その手で消した命の責任を取るなら、研究を完遂しなければならない。
人の命を贖えるものなんかない。あなたが死を望んでも、私が許さないから」
――共振臨界点確認、周波数固定完了、カウントダウン開始。
10.9――
青白い光輪が兵器砲口周辺に広がり、それが徐々に一つの円に形作られる。
眩い光に映し出された彼と、彼女の瞳のにはその光が宿った。
「私がそばにいる。いつまでも守られてばかりではいてあげないから。
あなたと二人で罪も生きる意味も分け合って、全部をきちんと終わらせる。それが私たちにできる、ただ一つの事だよ」
「……お前には、なんの罪もないだろ」
カウントダウンの数字が減っていくに合わせて『妹』は『兄』に手を差し出す。決意のこもった眼差しと、全ての愛情を込めた笑顔で。
――8.7.6──
「独り占めなんてずるいと思わない?私は、マヒルが背負っている『全部』が欲しいの」
「……どう……して?」
二人の手が重なり、スイッチに触れる。マヒルは彼女の肩を抱き、頰をすり寄せた。
兄妹のEvolが共鳴し、レゾネイターの周波数を増大していく。キラキラと輝くふたりの感情は、まるで海堂の花びらのように宇宙を舞った。
――……4.3.2.1……――
「それはきっと……兄さんが想像する以上に、私があなたの事を 」
――0――
レゾネイターの発射スイッチが押され、低周波の唸りが生まれる。振動を船全体に震わせながら光が一直線に放たれた。
発射直後に全ての音が増大された周波数に掻き消える。目標が崩れるまでは、戻らない。
彼女が発した言葉もまた奪われて、マヒルには届かなかった。