表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/8

2love letter


「ん?これは……また遺書?前と同じ場所に隠すなんて、うっかり? それともわざと?」 



 夜の書斎には、月明かりが窓から差し込んでいる。荷物の用意を終えたものの、やはりこの機会をのがす気にはならず彼女は家探しを始めた。

 そして見つけてしまった。マヒルの遺書だ。

彼のように命懸けの任務に就く者にとって、遺書を書くのはもはや習慣のようなものだ。


 長年の習慣を突然手放すことをしない性格だから、書いているとは思っていたけれど、こんな時に見つけてしまうとは。 

 分厚い封筒の束を見つけて、思わず小さな笑いが浮かぶ。他の人であれば悲しみにくれるだろうが、これは二人にとって大切な思い出の品の一つだ。

 

「相変わらずマメなんだね、こういうところは特に」


 

  

「機密書類を見られて、コンプライアンス違反はごめんだからな」と書斎にドアロックが設けられていた。

 彼が作るパスワードには癖がある。むしろ、破られても構わないとすら思っているのではないかと思わせた。彼女のモラルがそれを許さなかっただけのことだ。

 

 室内には段ボール箱も大量にあるが未開封のものばかり。前に見た時と違い、この部屋は秘密基地のように雑多な印象に変わっている。 

 ……他のものに気を取られている場合じゃない。まずは、見つけたものを確認しなくては。

  

 過去に書かれたマヒルの遺書たちは、臨空の家に保管されている。

それを初めて見た時、彼女はようやく自分の気持ちに気づいた。

彼を「兄」としてではなく、「失いたくない人」として愛していると。

 


 宝物を見つけたような気持ちで、封筒を束ねる紐を解いて行く。

いつも『プレゼントを開ける時が一番ドキドキする』と言う彼のセリフを思い出して思わず笑みが浮かぶ。

 


 

 そこに記されていたのは、相変わらず他愛もない日々のことばかり。

けれど、ある時期から明らかな変化があった。


 「愛してる」の文字が、優しく柔らかい文字で文末に添えられている。


 時には些細な喧嘩のことも、くだらない愚痴も書かれている。どんな内容であれ最後は決まってこう締めくくられていた。

『オレの気持ちを受け入れてくれた事は、奇跡だったと今でも思う。

 ごめんな、こんなものを書き続けて。もちろん死ぬつもりなんかないから。

 でも、お前を独りにする事が起きてしまったらと思うと……本当に怖いよ。

手紙にこんなこと書くべきじゃないって分かってるけど、どうしようもなく愛してる」



 何通かを読み終え、深く息をつく。

 これは時間のある時にじっくり読むべきだ。一つ一つの遺書(ラブレター)に込められた想いをきちんと受け止めたい。そう思ってカラフルな便箋をカバンにしまっていく。


 ふと、最後の一つを摘もうとした手が止まった。

 

 ――どうして……こんな色をしてるの?

 

 驚きは声にならない。

 目の前にあったのは、他のどれとも違う黒一色の封筒。その封が静かに破られる。




 ――これを今見ているのなら、この手紙は本当の意味で遺書だ。今までとは比べ物にならない程危険な任務に向かうと決まった。他の遺書を探しも無駄だ、全部捨てておくように言ってあるから。


 ……オレを、忘れてくれ。それが最期の願いだ――


 



 力強く刻まれた筆致を、震える指先でなぞる。 

ここまでの言葉を書かせるような任務に向かっていた彼は、怪我をしたとしてもそれでも生きて帰ってきてくれた。

 

 それだけで奇跡だったのだ、と今更実感が湧いた。


 


 デスクに広げた封筒の中に、もう一通異色のものが目にとまる。それは純白の封筒で宛名もなく、まさかの指紋認証ロックが施されていた。




「こんな事もあろうかと用意しておいてよかった。きっと本人の指紋でも開くよね?」


 病室で密かに採取していたマヒルの指紋を移したテープを取り出し、ロックを解除する。

そして、開かれた封筒から衝撃の事実が明らかになる。


 

 ――リアム、副官であるお前にオレの研究を託す。奴らと接触し、彼女の安全を最優先で守れ。リストの順番通りにコンタクトし、N109区の男は最終手段とする――




 副官とは、リアムのことだ。

 マヒルの補佐を務める彼は、私の知らない何かを知っている。そして、マヒルは私ではなく彼にすべてを託した。

 

「『研究』ってなに?あなたがいなくなった後、私を誰かに託してそこから遠ざけようとしたの?」


 呟いた声は、密やかで痛みを感じさせる音をしている。 


――守られるだけではイヤだった。隣に立ち、共に戦っていくと誓ったはずなのに。 

 それでもなお、彼は最後まで私を〝守るだけの存在〟として扱った。


 

 彼女自身はまだ、何も知らない。マヒルが何を『研究』していたのか。どんな仕事をしてきたのか。

そして、その秘密は永遠に明かされる事はなかったのかも知れない。





「そう、マヒルは……あの頃から何も変わってなんかいなかったんだね」




 月明かりの中で項垂れる姿は、誰に見られることもない。彼女は身のうちに湧き上がる思いをそのまま吐露し、拳を強く握った。


 ……こうしていても、何も変わらないでしょ。

 何食わぬ顔で荷物を届け、できるだけ早くこの謎を解き明かそう。

休んでいる暇などない。立ち止まっていては、何も守れないんだから。

  

 心の中でそう呟き、覚悟を定めた彼女はすべてを鞄へと詰め込み、勢いよく立ち上がる。

しかし、閉まりきっていなかった鞄から、それらが床にこぼれ落ちてしまった。

 心の中身が全てこぼれ落ちたような悲惨な状況に、嫌気がさした。



  

 「ああ、もう……」


 散乱した封筒を拾い集めながら、デスクの下へと目線が届く。

そして、そこで彼女は再び見つけてしまう。


 それは他と同じく愛らしい色の封筒で。けれど明らかに“隠したい”場所に、こっそりと貼り付けられている。

一目では見つからないデスクの裏に。


「……まだ私を追い詰める気?」



 

 怒りと哀しみが胸の奥で交錯する。先ほどと違い、簡単に開いた封は簡素で特別なガードもない。

 中に入れられているのは便箋ではなく一枚の紙のようだ。3つに折られたそれを開くと彼女の膝が崩れ落ちる。

 

 もう、立ち上がれる気などしなかった。 


 

「……っ、マヒル……マヒル……、」




 今度こそ、彼が思い描いた夢に全身が押し潰される。涙も、嗚咽も、音にならない。


 


 隠された封筒の中にあったのは――

緑色の文字で印字され、彼の名前だけが記された『婚姻届』だった。



 

 

 

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ