表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/65

8

「ゼロニス様の紅茶をお出ししていたメイドが、今日は体調悪くて休みなの。だから困っていたの」


 ゼロニスと接点を持つのは困る。できれば関わりたくない。


「そんな大役、新人の私には厳しいと思います」


 これは断るに限る案件だ。


「ゼロニス様と直接関わる仕事は、賃金が二倍になります」

「やります」


 ああ、とっさに返答してしまった。

 お金につられた私のバカァ!!


「では、頼みましたよ。午後の休憩の時間に焼き菓子と共にお出しして」

「はい」

「そんなに緊張する必要はないわ。気に入らなければ、二度と呼ばれないから大丈夫よ」


 すっごく不穏なんですけど。

 むしろ二度と呼ばれない方がいい。だが、メイドの仕事をクビになるのは困る。

 今の私の姿を見ても、庭園で会ったラリエットと同一人物だと気づかないだろう。


 だったら、この一回で済むのなら、頑張ろう!! 今日だけだし、賃金のため! 強いては自立のため!!

 自分自身に言い聞かせた。



 さて――。


 気を取り直して、紅茶の準備をしますか。

 カップとソーサーは私好みの、金の縁どりがされている豪華なカップを選んだ。


 実はゼロニスは甘党だ。これは読者だったからこそ、知っている情報。

 甘い焼き菓子を好んで食べており、甘い紅茶も好きだった描写もあった。


 だったら、なおさら、これなんかいいんじゃないかしら?


 一つの紅茶の缶を手に取った。


 ***


 予定時刻になり、カートを押して広い廊下を歩いた。

 事前にメイド長から教えられた部屋の前にたどり着く。立派な扉の前に立ち、深呼吸をする。


 大丈夫、落ち着くのよ、ラリエット。

 ただ美味しい紅茶を淹れたらおしまい。

 それにメイド長が言っていたじゃない。ゼロニスはメイドにきさくに声をかけてくるような人じゃないって。

 

 もともと貴族から見て、メイドは空気に等しい。つまり、特に気にするでもなく、ただそこにあるのが普通ってこと。ただ黙って紅茶を淹れたらそれでおしまい。任務は完了、賃金二倍。これほど美味しい仕事はないわ。


 自分自身に言い聞かせ、スッと拳を作る。

 ゆっくりとノックをすること三回、しばらくすると、扉が内側から開いた。

 顔を出したのはゼロニスのお付きのフォルクだった。

 ゆっくりうなずくと、私を中に招き入れた。


 部屋に入ると、窓を背にしてゼロニスが椅子に腰かけて書類を見ていた。

 長い足を組み、太陽の光を浴びて、サラサラと輝く金の髪に、快晴を思わせる青の瞳。


 彼の姿を視界に入れると緊張が走る。


 大丈夫、下手なことしなければいいだけ。


 小説の中ではラリエットを追いやった相手なので、恐怖心がないと言えば嘘になる。

 でも今の私はただのメイドだもの。


 部屋の中央のソファの前、大理石のテーブルの上にレースのテーブルクロスを敷く。カートからティースタンドを取り出し、木苺のタルト、マドレーヌ、フィナンシェといづれも美味しそうな焼き菓子を並べた。ティーカップにお湯を注ぎ、温める。


 紅茶の葉をポットに淹れ、お湯を注ぐ。蒸らす時間はよく考えて――


 やがてタイミングを見て、紅茶をカップに注ぎ入れる。

 周囲に紅茶の香りがする。

 ティースタンドと紅茶のカップを並べると、ゼロニスにそっと頭を下げる。


「準備が整いました」


 メイド長はこの言葉を合図に、そのまま部屋から退室していいと言っていた。

 無事に任務を終え、ホッとして顔を上げる。

 するとそれまで、部屋に入ってきたメイドになど、ちっとも興味なさそうだったゼロニスが真っすぐにこっちを見ていたことに気づく。


 頬杖をつき、ジッと見ている。まるで私の行動を監視しているかのようだ。

 いつから見ていたのだろう。なにか変な態度をとってしまったのだろうか。


「もうそんな時間か」


 ゼロニスはポツリとつぶやく。


 なんだ、ひとり言か……。話しかけられたわけじゃないことを知り、安堵する。

 どうやら仕事に没頭して紅茶の時間を忘れてしまっていたらしい。

 根を詰めすぎるのも良くないので、適度に休憩を取るといい。

 では私はこれにて退室しようと、カートをグッと押した。


「待て」


 その時、まさかのゼロニスからの声がかかり、立ち止まる。

 驚いて顔を向けた。ゼロニスは椅子から立ち上がると、ソファに移動する。

 カップを手にすると、無言で紅茶を飲んだ。

 

 引き止められているこの状況だけど、なにを言われるのかしら。

 緊張で心臓がドクドクと音を出す。


 ゼロニスはカップの中味をまじまじ見つめると、再び紅茶を口にする。そして次はティースタンドの焼き菓子に手を伸ばす。


 ああ、やっぱり甘党って本当だったんだ。


 小説の中だけで見た描写だけど、実際に目の前で見ると、絵になるじゃないか。


 イケメンが甘い焼き菓子を食べている。

 とても可愛い――

 そこでハッとした。


 なに言っているの。相手はあのゼロニス。イケメンだけど自分に盾突く奴は容赦なくつぶす。にらまれたら終わりで平穏な道は望めない、あのゼロニス・ロンバルディよ。


 現に小説の中のラリエットはゼロニスの不興を買い、断罪されたじゃない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ