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「それで、あなたがこのロンバルディのお屋敷でメイド希望ということですね」
「はい」
私の頭のてっぺんからつま先まで一通り眺めた相手は、私にソファに腰かけるように指示する。
「失礼します」
一挙一動見られているので、私は丁寧な仕草を心掛けた。
ソファに腰かける時も浅く、姿勢を崩さずに微笑んでいた。
案内された一室でメイド長と執事頭の面談を受けている最中だ。
私が事前に準備したのは推薦状だ。
もちろん、自作自演。
「メイデス家に仕えていたのですね」
「はい、そうです」
「紅茶を淹れることが得意なのね」
「はい」
にっこりと微笑む。
紅茶を淹れるのは貴族女性のたしなみとして、ラリエットはそこらへんは完璧だった。淑女のマナーは身についていたので、私も自然と体が覚えている。
私は家事全般と掃除が得意かしら。なんなら料理もできる。特技は節約料理です。なんならクズ野菜で一品作って見せましょう。まあ、このお屋敷で節約料理を披露する日はこないだろう、一生。
ラリエットの特技と私の特技を合わせたら、完璧じゃないかしら?
「採用しましょう」
メイド長は推薦状から顔を上げた。
やった、これで賃金を得られる!!
「ちょうどいま、ゼロニス様の婚約者選びが行われていて、人手が足りないの。だから、あなたにも期待していますからね」
「はい、頑張ります。よろしくお願いします」
深々と頭を下げた。
「あなた、名前は……ええと……」
「どうぞラリーとお呼びください」
再度推薦状に目を向けたメイド長に、にっこりと微笑んだ。
さっそく、翌日からの出勤となる。
支給されたメイド服を手にし、ウキウキで戻った。
やったわ、二か月間でいくら貯金できるかしら。自由を手にするための労働なら、私頑張れる気がするわ。
こんなに順調でいいのかしら?
一抹の不安が胸をよぎるが、今はこの流れに身を任せることにした。
翌日、髪をまとめ、薄く化粧をし、メイド服に身を包む。
うん、動きやすくていい感じ!!
いつもの重たいメイクも衣装も脱ぎ捨て、身も心も身軽になって上機嫌だ。
ロンバルディのお屋敷では、婚約者候補たちは何人いるのかしら? きっと五十人ぐらい?
それが全員、この屋敷に滞在しているのだから、すごいことだわ。
でも、人の多さのおかげで私のことは認識しないだろう。メイド服着て、ここら辺をチョロチョロしていても、誰も不思議に思わない。シーツ交換のメイドと思うかもね。
「おはようございます、メイド長」
「おはようラリー。時間通りね」
張り切って初出勤に向かい、最初に指定された場所は厨房だった。今日は料理の手伝いでもするのかしら?
「まずはひととおり作業をしてもらいます。そしてあなたの適性を見極めるわ」
「はい、よろしくお願いします」
深々と頭を下げた。
そして指示されたのは、料理の下準備だった。
「ここにあるジャガイモを洗って。次に皮を剥いてカゴに入れて料理人に渡してちょうだい。時間勝負よ」
「はい、わかりました」
皮を剥くなら任せて。自炊をしていたのだから、包丁だって使えるし。
そしてカゴいっぱいに盛られたジャガイモを片づけた。
「あら、包丁を使う手際がいいわね」
「ありがとうございます」
褒められて嬉しくなる。
「まだまだあるから。厨房から外に続く扉から出て、ジャガイモを運んできて」
次にメイド長から指示されたのはジャガイモを運ぶこと。
これはさすがに腰にくる。カゴにたくさん運びたいが、重いので何往復もした。
そして運ぶ、洗う、皮を剥く、を何往復したかわからない。
料理人の「もうジャガイモはいらない」の一言で、私の作業は終わった。
さすがにこれだけのジャガイモの皮を剥くのはきつい。
しばらくジャガイモは見たくないぐらいだ。
「では、次はついて来なさい――」
クルリと背を向けたメイド長のあとに続いた。
案内された先は、調理場の隣にある部屋だった。
私の背より高い棚があり、缶がぎっしりしまわれている。ここは茶葉の保管室だろう。
「ここには紅茶の葉が入っています。あなたの推薦状に紅茶を淹れるのが得意、と書いてあったわよね?」
「はい」
ラリエットの作法として染みついているから、アピールしたまでだ。
「では紅茶を淹れてみてちょうだい」
「私がですか?」
「ええ。今後、お客様がきたときなど、対応できるか確かめたいの」
「わかりました」
メイド長に言われ、準備をする。
紅茶を淹れるには食器を選ぶところから始める。
たくさんある食器は、見ているだけで楽しい。
メイド長のイメージでカップとソーサーを選ぶ。お湯でカップを温める。
一杯分の茶葉をポットに入れ、沸騰した熱湯を注ぎ、フタをする。時間をはかり、茶葉をしっかり蒸らす。
まだよ、まだ慌てちゃダメ。ちゃんと時間を守ることで、美味しくなるの。長すぎても短すぎてもダメよ。そしてちょうど良いタイミングでカップに注ぎ入れる。
「どうぞ」
メイド長は一口飲むと、うなずいた。
「美味しい。あなた、上手ね」
褒められて嬉しくなる。
「これなら任せることができそうね……」
メイド長がぼそりとつぶやいたので、首を傾げた。
「あなた、今日の午後、ゼロニス様に紅茶をお出しして」
「えっ……!?」
唐突に言われ、驚いて言葉が出なくなった。




