6
私の気配に気づくと、マーゴットは慌てて引き出しを閉めた。
「な、お嬢さま。もう朝食は終えたのですか?」
焦っているマーゴットを見て、スッと気持ちが冷めた。
私は無言で扉を閉めると、彼女に近づいた。
「なにをしていたの? マーゴット」
「いえ、これは……」
いくら侍女とはいえ、私のいない間にドレッサーの引き出しを開けるべきではない。そこには装飾品も数点入っているのに。
だが実は、やっぱりな、という感情がわきあがる。
それにちょうど良かったわ、このタイミングで。
「もういいわ」
フウッとため息をつき、マーゴットの目を見つめた。
「あなたクビよ。荷物をまとめて出て行きなさい」
はっきり告げるとマーゴットは食い下がった。
「そんな……!! 私は旦那さまと奥様の指示でここにきたのをお忘れですか!?」
両親の名を出せば、私がひるむと思っているのだろう。
マーゴットはこんな時でも強気だった。
でもね、今はいないの。ここには父も義母も。
つまり、マーゴットの肩を持つ権力者は存在しないのだ。
あなたの天下は終わりよ。
大きくため息をつくと、ソファに腰かけた。
「そうね、確かにあなたは義母が心を許していた侍女ですものね」
マーゴットは強張っていた顔がわずかに緩んだ。
ここで安心してもらっちゃ困るわ。
「だからこそ、あなたの裏切りを知ったら、義母はどう思うかしらね?」
「な、なにを……」
マーゴットの顔色は真っ青になっていた。
「真珠の髪飾り、琥珀のブローチ、他にも私の宝石箱に入っていたのが、いつの間にか消えているのよね」
そう、マーゴットは手癖が悪かった。
私からアクサセリを盗んだことも、一度や二度ではない。今までは確信がなかったから黙っていたが、彼女の反応を見る限り、当たりだろう。
「義母も言っていたの。サファイアのネックレスがなくなった、って……」
あの時は、私が盗んだんじゃないかと、濡れ衣を着せられたから、よく覚えているわ。
誰が欲しがるか、あんなに趣味の悪いネックレス。
しかし義母の信頼を裏切って、盗んでいたなんて、マーゴットも大したものだわ。
「私が義母に手紙を書いて真相を教えたら、どうなるかしらね?」
クスッと微笑むと、壁に備え付けられた鏡に自分の姿が映る。
わあ、悪役令嬢なだけあって、すごい迫力があるわね。この化粧だからすごみも倍に感じるわ。
自分のことながら感心してしまう。
「義母のことだから、裏切りは許さないでしょうね」
マーゴットは目を泳がせ、あきらかに動揺している。
「あなたにチャンスをあげるわ」
にっこりと微笑み、精いっぱい優しい声を出す。
「この屋敷から出て行って」
力強く、はっきりと告げた。
「義母には理由をつけて、実家に帰るかどこかに消えて。私の監視役を降りなさい。そうすれば、告げ口しないであげるわ」
マーゴットは立つ気力もなくなったのか、ふらふらと床に崩れた。
ソファから立ち上がるとマーゴットに近づき、手にした扇子で顎をクイッと持ち上げた。
さきほどハチを叩き落とした扇子だが、ここでも役に立つとは。
「そう、メイデス家に帰ったところで、あなたの居場所はないの。今なら逃げる道を作ってあげる。――この屋敷から出て行くならね」
マーゴットはブルブルと震えながら、小さくうなずいた。
私はにんまりと笑う。
「そう、いい子ね」
彼女の決断を聞き、高らかに笑いを上げた。
やったわ――!!
これで監視から逃れられる!!
マーゴットが監視役を降りたと知っても、義母にはどうすることもできない。
私がロンバルディの屋敷にいる間は手を出すことができないのだ。
***
その後、マーゴットは親が急病で看病が必要だと、嘘の理由をでっち上げた手紙をメイデス家に出した。それからすぐに少量の荷物だけを手にし、逃げるようにロンバルディの屋敷をあとにした。――最後の挨拶もなしで。
「やったわ、せいせいしたわ」
大きく体を伸ばし、ベッドに倒れ込んだ。
口うるさいマーゴットがいなくなり、精神的にも楽になる。
私付きの侍女がいなくなったわけだが、元からなんでも一人でやる習慣がついているので、特に苦にはならないだろう。
「さて、こうしちゃいられないわね」
ムクリとベッドから身を起こす。クローゼットを開けて、衣装を探す。
「よし、これでいいかしらね」
選んだのは紺色の大人しめのワンピース。ラリエットの持っている衣装はすべて派手で露出が激しい。その中でも珍しい、一枚だけ地味なのを見つけた。どうやらマーゴットの忘れ物らしい。これを上手く利用させてもらうわ。
その後は自分で用意した湯を浴びる。濃い化粧もゴテゴテに巻いた髪もすべて洗い流す。
すっきりし、軽く化粧を施し、ワンピースに着替える。
「すごい、本当に別人のようだわ」
自分でも感心してしまう。
それだけマーゴットの化粧のセンスはひどかった、ということか。
鏡に写るのは、ラリエット・メイデスと誰も気づくまい。
ストレートのサラサラした髪、薄い化粧を施すと、どこにでもいる女性に思えた。
髪を一つにまとめ、高く結い上げた。
机に向かい、便箋と羽ペンを手にした。
「よし、これでいいかしら」
封筒に便箋をしまった。
「では、そろそろ行きますか!!」
待っていなさいよ、新しい人生。
私は気合い入れて顔を上げた。