私の推し活 3
彼が忙しい時に他に目をやることはいいことだけど、だからといって彼を放っておいていいわけではない。ましてや向こうから来るのを待ってばかりいてはダメだと気づいた。
少しの時間でもいい。こうやって散歩するだけでも一日頑張れる気がするのだから。
「――セリーヌのところへは行かなかったんだな」
ゼロニスから聞かれ、静かに微笑んだ。
「ええ。まずはこうやって一緒に散歩をする時間が大事だと思ったので」
心地良い風が吹き、髪が乱れたので手で抑えた。
「昨日お聞きしましたよね? ゼロニス様と共に過ごす時間とセリーヌの芝居、どちらが大事かって」
ゼロニスは無言ですっと手を伸ばすと、私の髪を耳にかけた。その時、頬に彼の手が触れ、ドキッとする。
「どちらも比べられません。セリーヌは推しでゼロニス様は私の大事な人ですから」
正直に告げる私をゼロニスはジッと見つめる。
「ゼロニス様は毎日忙しいかもしれないけれど、またこうやって一緒に庭園を歩けたら嬉しいです」
少し照れて頬を染めるとゼロニスが笑顔を見せた。
「そうやって最初から素直になればいい」
言っていることに可愛げがなく、癪に障るがこれは彼の照れ隠しだ。その証拠にほら、ゼロニスの耳まで真っ赤だ。
無言でグッと引き寄せられる。腰に腕が回され、強く抱きしめられた。広い胸に閉じ込められ、身を任せた。
爽やかな彼の香りがする。いつから彼の胸が安心できる場所になったのだろう。すごく心地良い。
「ラリエット」
名を呼ばれ顔を上げると艶っぽい顔をしたゼロニスが私を見つめていた。右手で私の頬に優しく指を滑らせ、そのまま顎に手を添える。
クイッと力が入ったので顔を上げると、端整な顔が近づいてくる。
柔らかな唇がそっと私に落ちてくる。ゼロニスの背中に手を添え、ギュッと抱きしめた。
ゼロニスの口調とは真逆で口づけはこんなにも優しい。
しばらくすると顔を離した彼は私を見つめ、微笑んでいる。
「悪かった」
「えっ?」
「劇場を潰すとか言ってしまったこと。本心ではないから気にするな」
ゼロニスが謝っただと……?
私は感動を通り越して彼を凝視してしまう。
「なんだ、その顔は」
「いえ、珍しいことがあるものだと。あなたは本物のゼロニス様ですか?」
思わず本音が口からこぼれ落ちた。ゼロニスはスッと目を細めると、指で私の額を弾く。
「痛ッ!!」
「俺じゃなければ誰だというのだ。バカか」
直撃した箇所を手で抑える。
く~っ、そんなに力は入っていないのだろうが、不意打ちは驚くわ。
額をさすっているとゼロニスが無言で手を差し出した。
まるで私に取れと言わんばかりに。
「……なんですか? 私は額をさするのに必死なので、手は取れませんよ」
少し反抗していると、ゼロニスの眉間にしわが寄った。
「早く取れ」
「……」
それでも手をグイグイと突き出し強要してくるので、視線を逸らしていた。
「行かないのか? お前の見たがっていたセリーヌの舞台とやらを」
「!? 行きます!!」
喜び勇んでゼロニスの手をガシッとつかんだ。それも両手で。ゼロニスは私の勢いに若干引き気味だ。
「早く行きましょう!」
重ね合わせたゼロニスの手をブンブンと振った。
今からなら席が空いているかわからないが、きっと無理だろうな。初日だもの。
なんなら午後の部まで待ってても構わないけれど、ゼロニスは嫌がるかな?
私は二人で待つなら、どんな時間も楽しいと思えるんだけどな。
私の手を握り、隣を並んで歩くゼロニスの顔を見て、微笑んだ。
***
そうして開演少し前に劇場に到着した。
「ゼロニス様、こちらになります」
総支配人たち偉い方々が直々に出迎え、案内されたのが、まさかの超ビップ席。
「えっ、すごい! 遅れて来たのに入れるなんて」
しかも特等席! 興奮している私に呆れた声がかかる。
「……お前はこの劇場の持ち主が、誰か忘れているんじゃないか」
あっ、そうでした。あなた様がここでは最高権力者でした。
でも今からでも座れるということは、昨日のうちに手配していてくれたのだろうな。
ゼロニスはわざわざ口にはしないけれど、そんな気がした。
私はゼロニスの隣に腰を下ろした。もうすぐ開幕する、大人しくしなくちゃ。
「楽しみです。今日は一緒に観ることができて」
誰かと感動を分かち合えるのは良いことだ。ゼロニスの腕にコテンともたれかかると、ゼロニスはじっと私を見たあと小さく「ああ」と返事をして前を向いた。
私の腰に腕が回されると同時に幕が上がる――
***
「すごく良かった!! もう最高!!」
帰りの馬車の中で、私は大興奮。感激しすぎて涙が止まらなかった。
「素敵でしたよね?」
ゼロニスに同意を求めれば、小さくうなずいた。
「……ああ、たいしたものだな。あの演技力は」
「そうでしょう、そうでしょう!!」
ウンウンと深くうなずく。
初日に、しかも久々の超ビップ席で観ることができて、いつもよりもとても良かった。
「本当に楽しかった。セリーヌのお芝居も上手でしたけど、今日は隣にゼロニス様がいてくださったから、余計に楽しかったのかもしれないです」
本心から述べるとゼロニスもフッと微笑む。
「また連れてきてやる」
「本当ですか?」
「ああ」
ゼロニスが私に小指をスッと差し出す。私はフフッと笑う。私たちはよく、こうやって指切りで約束するようになった。
絡めた指をギュッと結び、笑顔でお互いを見つめる。
なんだか、すごくゼロニスの機嫌がいい。きっと彼も楽しかったのだろう。
よし――
この調子なら、あの件、怒られないかもしれない。
実は先日、セリーヌの新しい舞台の先行発売として色々なグッズが発売された。推しとして見逃すわけにはいかず、買いあさったのはもちろんのこと。
明日屋敷に届く予定になっているが、ゼロニスにまた、ガラクタ扱いされるのは困る。こうなったら堂々とお披露目しよう。隠すよりもよっぽどいいじゃない!
「これからも楽しみです」
私の発言にゼロニスはフッと頬を緩ませた。
――私の推し活はまだまだ続く。




