私の推し活 2
「ここ最近、構ってやれていないから悪く思っていた。少しでも仕事を早く片付けようと多少無理をしたが、そう思っていたのは俺だけだったようで、お前は一人で実に楽しそうだ」
ゼロニスは自嘲気味に鼻で笑う。
「お前はセリーヌの芝居を鑑賞するのと俺と過ごす時間、どっちが大切なんだ」
真剣な顔で聞いてくるゼロニスを前にして、言葉が出なくなる。
え、ちょっと、待って。
どっちが大事だなんて、比べられるものじゃないわ。セリーヌのお芝居はファンであり、推しでもある。
一方、あなたは――
「答えられないのか」
ゼロニスはハンッと鼻で笑い、肩を揺らす。
まずい、すっかりやさぐれモードじゃないか。
「私は――」
「もういい」
気持ちを伝えようとするとゼロニスは遮り、一方的にシャットダウンする。
あーあー。
こうなると人の話を聞かなくなる。もう、せっかちなんだから! 実に面倒くさい。
「話を聞いてください」
ゼロニスは気だるげに頬杖をつき、視線を投げるが、目つきが悪いから。いや、目つきどころか人の話を聞く態度ではないですよ。
なんでこんなにふて腐れているのか。
その時、脳裏にピンと浮かんだ。
「もしかして嫉妬……?」
半信半疑で質問し、ゴクッと喉を鳴らした。
ヒッ……。
その時、ゼロニスは頬杖をついていた顔を弾かれたように上げる。私に視線を向けるゼロニスの目から殺気を感じ、即座に後悔した。
「な、なんちゃって!!」
ごまかすため、可愛く小首を傾げた。
「黙れ。劇場を潰されたいようだな」
威圧感たっぷりの冷え切った声が響き、私はすくみあがった。
あれ……?
背筋を正し、ゼロニスを真正面から見ると頬がほんのりと赤くなっていた。
まさか……図星なの!?
ハッと気づくと両手を口で抑えた。
えっ、もしかしてもっと私といたい、ってこと? セリーヌにばかり夢中になっているからすねているとか?
彼の真意がわかると胸がキュンと高鳴った。
口調は厳しいのに、甘えているみたい。
そんなところがすごく可愛いんですけど!!
その姿に母性本能がぐりぐりと刺激される。
次第に私も顔が真っ赤になり、ソワソワしてしまう。ゼロニスも私の異変に気づいたのか、グッと口をつぐんだ。
なにこの、向き合ってお互いが照れて顔を逸らしている空間。――恥ずかしすぎる。
お互い、どう切り出すか考えていた時、ノック音がしてフォルクが戻ってきた。
フォルクは一目見て、微妙な空気が流れていることに気づいたようだった。
「美味しい紅茶はいかがでしたか」
だが気づいていないよう振る舞い、サッと話題を出してくれたので、正直助かった。さすが長年ゼロニスに仕えているだけあって頭が切れるし、気も利く。
「ええ、片づけたら、もう戻るわ」
フォルクにも手伝ってもらい、いそいそと退室した。
***
そして夕食時、ゼロニスは姿を現さなかった。
「ここ数日、お忙しかったのですが、ラリエット様と共に過ごす時間を作ろうとしていたのですよ」
その間、フォルクを捕まえて、ゼロニスの状況を確認した。
「前倒しで仕事を片付け、明日はラリエット様とお出かけしようと考えておられました」
フォルクは唇に人差し指をあて「内緒ですよ」とささやいた。
そっか、やはりゼロニスは明日、私と過ごそうとしてくれたんだ。それならば悪いことをしちゃったな。言ってくれたらいいのに。
でも明日はセリーヌの舞台の初日だなんて私が興奮して語るものだから、言い出せなかったのだろうな。
ふとゼロニスの席に視線を投げる。彼は座っておらず、席は空いている。
忙しいから部屋で夕食を取るとフォルクから聞いた。
話し相手がいないせいか、いつもより味気なく感じる夕食をモグモグと頬張った。
***
翌日、朝食を食べる前に、私はある場所に向かう。
トントンとノックをし、相手の反応を待つ。しばらくすると返事が聞こえたので扉を開けた。
「おはようございます」
早い時間から私が顔を出したことで、ゼロニスは驚いた表情を見せた。だが、昨日の空気を引きずっていなかったようで安心した。
「朝食を食べたら、ちょっと庭園をお散歩しませんか?」
ゼロニスはしばらく考えたあと、ゆっくりとうなずく。
こうして私はゼロニスを連れ出すことに成功した。
***
「わぁ、すごく綺麗に花が咲きましたね」
多種多様の花が植えられている庭園は見ているだけで心が和む。花壇ごとに彩りが決められていて、それぞれテーマがあるみたいだ。シックな雰囲気だったり、パッと目をひく色合いだったり。
朝露に濡れて輝く花々からは生命力を感じる。
「そうだな」
ゼロニスも花壇を見て頬をほころばせた。
彼とたわいもない会話をして歩く庭園は、一人で散策するよりもずっと楽しかった。
思えば、こうやってゼロニスと庭園を歩くのも久々かもしれない。忙しいだろうから誘ってはいけないと、思っていた。
だが、それは勝手な思い込みで彼は待っていたのかもしれない
特別なことなどしなくてもいいんだ。ただこうやって二人で庭園を歩くだけでもいい。そんなことに気づかされた。




