エピローグ
広い劇場に心地良い声が響く。
ため息が出そうになるほどの美貌は、皆がうっとりするほど。
舞台の上で視線を釘付けにしているのは、セリーヌだ。
ゼロニスはセリーヌを劇場へスカウトした。その結果、一か月もたたないうちに看板女優へとなった。
セリーヌの出る舞台のチケットは満員御礼でプレミアがつき、値段も高騰していると聞いた。そしてすでにファンクラブなるものもでき、すごい勢いで会員を増やしているとか。
舞台に立つセリーヌは堂々として、生き生きとしている。
今、上映している『侯爵の溺愛』とは、侯爵とメイドの身分違いの恋がテーマだ。
侯爵家での仕事を辞め、街で働くメイドを、侯爵が街まで探しにくるというストーリー。
……ん、どこかで聞いたような話だな。
そんなセリーヌの舞台は、今日は貸し切りだ。ロイヤルボックスに座り、私とゼロニスの二人で見ている。
「とっさの判断で悪女を演じ、危機を救った機転の良さとその演技力を見越したのだが、想像以上だったな」
ゼロニスも自分の判断に狂いはなかったと、満足そうだ。
私は舞台に立つセリーヌを見て感動している。
セリーヌは今、看板女優としての道を着実に歩んでいる。
セリーヌの父、バーデン男爵は遠い田舎に引っ込むことになり、セリーヌはこの劇場で暮らしている。
「人気が出ると変な輩も増えるが、ビアンカがいれば大丈夫だろう」
ビアンカはセリーヌの付き人と護衛を兼ねて世話を焼いていると聞いた。
「それは頼もしい人選ね」
ビアンカがいれば、へんな虫などつかないだろう。
「すでにバルド伯爵やマクシ伯爵などはセリーヌに本気になり、連日通っていると聞いた。薔薇の花束を持参してな」
すごく高いチケットなのに、お金持ちだな。
でも、セリーヌの魅力にひきつけられるのは仕方がない。だって本来ならヒロインですもの――
ふと聞いてみたくなった。
「あなたは?」
手に顎を乗せて鑑賞していたゼロニスが、ゆっくりとこちらを向く。
「セリーヌを綺麗だと思わない?」
思うに決まっているだろうが、でも、なぜ私を選んでくれたの?
「……まぁ、顔の造形は整っているだろうな」
ゼロニスは考えながら口にする。
「だが俺はあいにく、整った顔というのは見慣れているからな」
ゼロニスはフッと微笑む。
「毎日鏡を見ているものでな」
あーはいはい、そりゃ自分の顔を毎日見ていれば、ちょっとやそっとの美しさにはなびかなくなるものかしらね。
「だが、なぜだろうな。俺にはお前の方が美しく思えるんだよな」
赤面しそうなセリフを急に吐いてくるものだから、動揺してしまう。
「ど、どうも……」
「なぜだと思う? 俺にとって、お前がすごくかわいいと思えてしまうのは」
真顔でジッと見つめられて言葉に詰まる。
「ど、どうと言われても……」
それを私に聞く⁉ ゼロニスは返答を待ちながら、私の顔を見つめる。
こうなればもうやけよ。
「それは愛ですね、愛」
おどけながら答える。
「そうか、俺は自分の目が悪くなったのだと思ったぞ」
なにげに失礼だな、ゼロニス。
頬を膨らませるとゼロニスはクッと笑う。
「俺の周りで、感情を素直に出す奴はあまりいなかったから、単純に最初は興味だった。名前を変えて側をウロチョロしているのも気になったし」
メイド時代のことを言っているのだ。
「だがな、次第に目が離せなくなったんだ」
顔を近づけたゼロニスはフッと微笑む。頬に手が添えられ、優しく口づけを受けた。
「ちょ、お芝居見ましょうよ‼ ほら、セリーヌを見て」
物語もクライマックスだというのに。
それにここはロイヤルボックスで、私たちからセリーヌのことがよく見えるということは、逆からも見えているということだ。
舞台のセリーヌに目をやると、美しい顔に笑みを浮かべた。
やっぱりセリーヌは美しい。彼女の今後を全力で応援すると決めた。
「……終わったか」
いきなりスッと立ち上がったゼロニス。
あっ、ちょっ、なにする気!?
これから舞台女優たちの挨拶が始まるんだから、まだ終わってはいないわよ。
ちょっと、座りなさいってば。
マイペースなゼロニスの上着を引っ張る。
えっ、まぶしい。
目を細めると同時に、いつの間にかスポットライトを浴びていた。
突然のことだったので、目をぱちくりとさせた。
ゼロニスはいきなり膝をつき、私を下から見上げる。
「ラリエット・メイデス」
「は、はい」
突如名前を呼ばれたので、反射的に返事をしてしまう。
「改めて言う、好きだ」
下から真っすぐに視線で射抜かれる。
「俺と婚約してくれ」
真剣な表情を向けられ、胸がドキドキした。それと同時に嬉しいという感情がわきあがる。差し伸べられた手を取ると、ギュッと握られた。
「――はい」
返事をするとゼロニスはフッと微笑んだ。
舞台ではセリーヌが笑顔で拍手をしていた。
「で、でもどうしてここで――」
機会はいくらでもあるのに、なぜここで求婚したのだろう。不思議に思っているとゼロニスは目をパチパチと瞬かせた。
「前に言ってたじゃないか。皆の前で求婚されることが素敵だと」
あっ……‼
そうだった。でもよく覚えていたな。
「言っただろう? お前の望みはなんでも叶えてやる」
優しげな笑みを浮かべ、頬に手を添えるゼロニス。私は彼の目を見つめる。
最初は暴君だと思っていた。なるべく距離を取るようにしたけど、なぜかいつも側にいた。近くにいると段々彼のことが見えてきて、私も自然と好きになったの。
「じゃあ、これからもずっと側にいて欲しい」
想いを告げるとゼロニスは一瞬、言葉に詰まった。だが徐々に頬が赤く染まる。そんなところも――
「……かわいい」
「は? お前は俺をバカにしているのか?」
私がぼつりとつぶやいた言葉をゼロニスは聞き逃さなかった。
顔を真っ赤にして怒るけど、きっと照れ隠しだ。
私はこれからも続くゼロニスとの未来を夢見て、にっこりと微笑んだ。
―― Fin ――
お付き合いいただきありがとうございました!




