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案内されたのは元のセリーヌに与えられた部屋ではなく、ロンバルディ家の屋敷の奥に位置する部屋だった。重厚な扉を開けると立派な客室が飛び込んでくる。
そして部屋の中央にいたセリーヌはハッとして振り返る。
私の姿を視界に入れると顔をくしゃくしゃにゆがめ、駆け寄ってきた。
「ラリエット様、ご無事で良かったです~~‼」
そのまま私に抱きつき、ギュッと抱きしめた。
「あの場で、どうしていいかわからず、とっさに判断したのが、嘘の人物を演じることでした。私、ラリエット様をだましているようで心苦しかったのですが、不安にさせてごめんなさい」
じゃあ、ゼロニスを好きだとか言っていたのは嘘⁉
頭の切り替えが早いので、そうすることでフレデリックと父親の目を欺いたのだろう。
少しでも疑った自分が恥ずかしく思えた。
「ううん、ありがとう……‼」
そうだ、セリーヌはそんなことをする子じゃない。
「あなたのおかげで助かったの。ビアンカを寄こしてくれたおかげで」
部屋の隅に控えていたビアンカは小さく頭を下げた。
「ええ、あの場で絶対に二人にさせてはいけないと思い、ビアンカを任命したのです。うちのビアンカは役に立ちましたでしょうか?」
「役にたったなんてもんじゃないわ‼ フレデリックはビアンカに圧倒されてなにも言えなかったのだから」
セリーヌもその様子を想像したのだろう。二人で顔を見合わせ、ふふふと笑う。
「――待て」
つとゼロニスの声が響く。
腕を組みながら顎でクイッと指し示した。
「ビアンカとやら、お前に報酬をやろう。なんでも言ってみるがいい」
ゼロニスの申し出にビアンカは顔をグッと上げた。
「私はセリーヌお嬢さまとずっと一緒にいたいです」
「ビアンカ……」
セリーヌは微笑むと同時に悲しそうな顔を見せた。
「ゼロニス様」
凛とする声が部屋に響く。
「私の父とラリエット様のお兄さまが企てたことは、到底許せるものではありません。父も相応の罰を受けることになると覚悟しております」
フレデリックは国外追放、バーデン男爵も罪に問われるだろう。最悪、身分を剥奪されてもおかしくない。すでに噂になっているので貴族社会で生きていくのは厳しいだろう。
だが、そうしたらセリーヌはどうなるの?
彼女の戻る場所はどこになるの……?
ゼロニスは腕を組み、周囲を見つめた。
「婚約者選びはもう終わりだ」
あの事件以降、候補者たちが皆屋敷を出ていた。聞けばゼロニスが解散させたと聞いた。
まだ残っているのは私とセリーヌ。
ゼロニスはフッと微笑む。
「お前の居場所は考えてある」
「本当ですか?」
「ああ。そのメイドも連れて行くといい」
自信たっぷりにゼロニスは宣言したのだった。




