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【書籍化】悪役令嬢に転生した私が、なぜか暴君侯爵に溺愛されてるんですけど  作者: 夏目みや
第六章 対決

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「……この指輪、身につけていたんだな」


 驚いて口をあんぐりと開けると、ゼロニスが満面の笑みを私に向けていた。


「婚約発表はいつにする?」


 満足そうに口端を上げるが、めちゃくちゃ上機嫌な顔をしていた。


「やっと言ったな、愛していると」

「え……」


 血にまみれた手を伸ばし、そっと私の頬に触れる。

 ふと甘い匂いがすることに気づく。これは――

 私はゼロニスの上着をバッと脱がし、刺された箇所を確認した。


「えっえええ……」

「積極的だな」


 ゼロニスはクスリと笑うと起き上がる。


「そっ、それ……!」

「ああ、街に到着してすぐ、目についたから買っておいたんだ。これが好きだっただろう?」


 ゼロニスが胸ポケットに入れていたのは、ブラッディメリーのジュースだった。

 前に街で一緒に飲んだ、ビニールに入れられた真っ赤な血のような色をしている。


「こ、これだったのね……」


 私は強張っていた全身から力が抜けた。


「よ、良かった、死ななくて」


 安心したせいか、涙が止まらなくなった。ぐずぐずと涙が流れる。


「ラリエット」


 ゼロニスはそっと手を伸ばし、私を引き寄せた。顎に手が添えられ、上を向かされた。


 端整な顔が視界に入ってきたと思ったら、柔らかな唇の感触があった。

 突然だったので目をパチパチと瞬かせている私を見て、ゼロニスはクスリと笑う。


「ラリエット」


 再度私の名を呼ぶと、再び唇を奪った。

 背中に手が伸ばされギュッと抱きしめられたところで、我に返る。


 周囲に視線を向けるとフォルクが視線を逸らした。

 ビアンカもフレデリックを羽交い絞めにしたまま、視線を明後日の方向へ向けた。


 注目を浴びていたと知り、顔が真っ赤になった。


「もう、それどころじゃないはずです!!」


 私は叫びながら、立ち上がった。


 * * *



 あの後、宿は閉鎖されフレデリックは拘束された。騒ぎどころの話ではなかった。


 結論から先に言うと、フレデリックは隣国へ行くことになった。……一生。


「そんなに隣国へ行きたければお前一人でいけ。そして二度とこの地に戻ってくるな」


 ゼロニスいわく、自分にしては極甘の温情だそうで、フレデリックに条件をつけた。


「この国に戻ってきたらお前の命はないと思え」


 二度と戻ってこないことを約束した上で、命だけは取らずに追放した。フレデリックもさすがに自分の命がかかっているとなれば、二つ返事で了承したらしい。


 私はこれでもう、フレデリックの顔を見ることがなくなった。


 そしてメイデス家は――


「長男の罪を背負い、二度とラリエットに接触を図ることは許されなくなった」


 ゼロニスは口の端をニイッと上げた。


「父親は娘だからと渋る態度を見せたが、メイデス家の断絶か娘をあきらめるかと選ばせたら、あっさり決めたそうだ」


 そりゃそうだ、あの父だもの。娘よりも自分の保身が大事な人だから、聞くまでもない。


 明るい日差しの入り込む執務室。ゼロニスは目を通していた報告書をテーブルに置いた。


「どうだ。これで問題はすべてなくなっただろう」


 にっこりと微笑むゼロニスは私の淹れた紅茶のカップに口つけた。


「そ、そうですけど……」


 ソファに座り、手をモジモジといじる。


「なんだ、不服か」


 ゼロニスは目を細めてジロリとにらむとカップをテーブルに置く。スッと立ち上がるとソファに座る私に近づく。隣に腰を下ろし、体を近づけてくる。


「どこに問題がある。言ってみろ」


 私はあの日から忙しくて言いそびれていたことがある。今なら言えるチャンスだわ。ゴクリと喉をならす。


「あの日、助けに来てくれてありがとう」


 ゼロニスは一瞬、驚いたように目をパチパチと瞬かせた。


「あなたに来てもらわなかったら、今頃隣国に拉致されていたかもしれないじゃない。だからありがとう」


 目を真っすぐに見つめ、本心からの感謝を告げる。

 ゼロニスはいきなり前を向くと、手で顔を覆い、深いため息をついた。


「まったく……」


 ゼロニスがつぶやいた横顔が、あれっ?


「耳が真っ赤」


 ポツリとつぶやくとゼロニスがパッと顔を向ける。


「悪いか!!」


 開き直ったゼロニスの顔を直視すると真っ赤になっていた。もしかして照れているの?


 私も反射的に赤くなる。だけどそんな彼の一面もかわいいと思ってしまう。

 クスリと笑ったことでゼロニスはムッとして唇を尖らせた。


 そっと頬に伸びる手、そして近づいてくる端整な顔立ち。

 私に優しく口づけを落としたので、息をのんだ。


「俺を笑ったその唇への罰だ」


 ゼロニスは微笑むと腰に腕を回す。力強く抱きしめられ、胸がドキドキする。


「だが、お前が無事で良かった」


 耳元でささやかれる優しい声。いつから私は彼の胸がこんなに安心できる場所になったのだろう。


「勝手に抜け出して悪かったとは思うけど……。絶対助けに来てくれるって自信があったの」


 ゼロニスはクスリと微笑む。


「当たり前だろう。だが、二度は勘弁だ」


 回された腕にギュッと力が入るのを感じた。


「さて――約束を破った罰を償ってもらおうか」

「え……」


 私はぎくりとして頬が引きつった。


「なにかあれば相談すると約束したはずだろう」

「それは……」


 ゼロニスは留守だったから仕方ないじゃない。だからこそ、わかりやすいようにして出てきたでしょ。


「これから剣一万本で突き刺す」


 止めてくれ、拷問どころの話じゃない。


「それとも唇に口づけを一万回、これから長い人生で払っていくのでは、どちらがいい?」


 ゼロニスはずるい。答えはもう決まっているようなもんじゃないか。


「こ、後者で」


 顎に手が添えられたまま返答すると、ゼロニスは優しい笑みを浮かべた。


 その時、扉が控えめにノックされる。


 ゼロニスは宙を見つめ少し考えたが、返答する。静かに開かれた扉から現れたのはフォルクだった。

 ゼロニスはフォルクに近寄り、扉の近くで二人で話し込んでいる。

 見守っているとゼロニスがフッと視線を向けた。


「セリーヌに会いに行くか?」


 その名を聞き、心臓がドキッとした。今回の件でバーデン男爵も罰を受けることになると、聞いていたからだ。


 セリーヌは私のことを恨んでいるかもしれない。


 でも逃げてはいられない。

 ごくりと息を飲み、決意する。


「行きます」


 ソファからスッと立ち上がった。

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