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鋭い視線に身が引き締まり、喉をごくりと鳴らした。
「なんだ、いつ出て行くかと思ったが、出て行かないのか」
「……は」
パチパチと瞬きをした。
ゼロニスは裏門から私が出て行くのを見届けようと思っていたってこと?
つまり早々に候補者選びから脱落する瞬間を、見届けようと思っていたわけ?
「い、嫌ですわ。散策をしていたらたまたま通りかかっただけです。そんな出ていこうだなんて、来て早々、思いませんわ」
そう、今はまだその時じゃないから。
お金を手にして意気揚々と出て行くんだから。口に手を当てオホホと笑って見せた。
「まあ、俺としてはいつ出て行こうが、一向に構わないがな。だが、早い方がいいぞ。その方がお互い時間が無駄にならない」
「えっ……」
ゼロニスの放った言葉を聞き、口をポカンと開けた。
「俺は別に婚約者選びなど興味がないからな」
そんなこと言って、ヒロインにガチ惚れするくせに。
いち読者だった私は知っているんだからな。
溺愛してデロデロに甘やかしてしまうくせに。
今までは女なんか~と強がっていたわりに、その変わりようが読者としては美味しかった、最高だった、ありがとう。
そうやってはっきり、きっぱり言い切っちゃうと、あとで恥ずかしい思いをするのは自分だぞ。
「特にお前みたいな、妙な格好をしている奴は論外だ」
は?
私のことを言っている?
「それは流行っているのか?」
顎でクイッと指示され、ゆっくりと視線を落とす。
露出の高い服、派手な身なりのことを言っているのであろう。間違いない。
「……まあ、私の中では」
思わず言い返してしまう。
悪役令嬢といえば、派手さが基本!! それにこれはメイデス家の義母の指示であって、私は従っているだけよ!!
だけど、なにこれ、面と向かって、失礼すぎるじゃない。
いくらラリエットの服と化粧が派手だからといっても、初対面で口にする?
デリカシーがなさすぎるじゃない。
でも、おあいにくさまで、私はゼロニスの隣など狙っていないのだから。今世で下手にラブアタックをかけなければ、ゼロニスだって私を断罪する理由がない。
「大丈夫です。私は理由があってここにいるだけですので、ゼロニス様の隣は狙っておりません」
そうよ、邪魔もしなければ、接近することもない。
「ただ、ほんの少しの期間だけ、このお屋敷に置いてください。目的を果たしましたら、この扉からそっと姿を消します」
彼の目を真っすぐに見つめる。
「そしてその後は二度とお目にかかることは、ございませんので」
そうよ、あなたはヒロインとハッピーになり、私も街に下りてハッピー。
ハッピーハッピーでめでたしめでたしウィンウィン。
すべてダブルで最&高。
ゼロニスは特に表情を変えることもない。
その時、ブブブと羽音が聞こえた。
あれは――
瞬時に体が反応する。
ゼロニスの顔の横に飛び交っていたのは大きなハチだった。
刺されたら痛い!!
気づけば私は持っていた扇でハチを叩き落としていた。地面に転がり、悶絶するハチを見て胸をなでおろす。
「ふぅ、危なかったですね!!」
刺されずに良かった。これで一安心。
綺麗なお顔が刺されては、シャレにならない。性格が悪くても、一応ヒーローだし。
「ハチは黒いものを攻撃する習性がありますからね。庭園にくるなら黒い服は避けた方が無難かもしれません」
園芸店でバイトしたことあるもんね。
得意げにビシッと指を突き付けたところで、我に返る。
どこの貴族令嬢がハチを扇で叩き落とすっていうんだ。それにアドバイスなどいらないお世話だろう。
私は即座にしゃがみ込んだ。
「まっ、まあ、私ってば、なんてことを!! ハチさん、可哀そうに!!」
「叩き落としたお前が言うか、それを」
その時、ゼロニスがフッと微笑む。
私を警戒して固く結ばれていた口元が緩み、目尻が下がった。
その微笑みはまぶしいぐらいだが、太陽が反射しているだけじゃないはずだ。
わぁ、こんな風に笑うんだぁ……
爽やかな微笑みを見てドキッとした。
だが、いけない、いけない。あの微笑みはヒロインのもの!!
スッと立ち上がると腰を折り、頭を下げた。
「お見苦しいところをお見せして申し訳ありませんでした」
ゼロニスからの反応はない。
「――失礼します」
にっこり微笑むと、その場をあとにする。
危ない、危ない、ゼロニスにうっかり会ってしまったよ。
小説内でこんな描写あったか? なかったように思えたが、基本、脇役だから特に書かれなかっただけかもしれない。
でもまあ、特に変な印象は与えなかったわよね? 断罪されるような。
気にしながらも自室へと戻ったのだった。
部屋に入る前に息を整える。マーゴットから、走るのははしたないとか小言を聞きたくないからだ。
深呼吸をし、ゆっくりと扉を開く。
するとマーゴットがドレッサーの引き出しを開け、漁っている。
えっ、なにをやっているの……!!
その場で立ち尽くしているとマーゴットはブローチを一つ、ポケットに忍ばせた。
くすねたのだ。
一連の動きを見て、スッと気持ちが冷める。
私のやることなすこと、さんざん口出ししておいて。自分のやっていることは泥棒じゃない。
頭に血が上り、わざと大きな音を出しながら扉を開いた。