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「メイデス家の害虫を処罰しないとな」
ゼロニスの低い声が響く。
「すべて事情は聞いている。ロンバルディ家のメイドを買収し、ラリエットをおびき寄せたのだろう? 俺は一度裏切られたら、絶対に許さない。その対価は決して小さくはないぞ」
これぞ、暴君の発言。小説で読んだ暴君の行動が、ここで再現されるのか。
み、見たくない‼
「まずはその買収されたメイドとやらを探し出し、血祭りにせよ」
「はっ」
「連帯責任でそのメイドの部署全員をクビにし、総入れ替えしろ」
「わかりました‼」
お、恐ろしい命令しているんじゃないわよ!! それにフォルクも即答しているんじゃないってば!! 暴君はお控えなすって。
「さて、お前はどう処罰しようか」
フレデリックが肩をびくりと揺らす。
「メイデス家――断絶するか」
クッと笑いながら口の端に浮かべるのは残虐的な笑みだ。
ゼロニスが言うと冗談には聞こえない。
「も、もとはといえば、お前が、お前が……」
フレデリックが必死に口を動かす。ゼロニスは腕を組み、顔色一つ変えない。
「お前が僕からラリエットを奪おうとしたのが悪いんじゃないか!!」
フレデリックが叫んだ。
「ラリエットを昔から知っているのは僕しかいない。僕たちは障害にも負けず、愛を育んできたんだ」
は? なにを言っている。勘違いもいいところだ。
その時、ゼロニスのこめかみが初めてピクリと動いた。
ゆっくりと私に視線を向ける。顔は笑みを浮かべながらも、その目は決して笑っていない。視線で問い詰められている気分だ。
「そ、そんなわけないでしょ!!」
やばい、変に誤解されては、私も命の危険がある。
「私はずっとあなたが嫌いだった。ねちっこい視線も二人になりたがる時も、気の休まるときなんてなかった」
私は息をスッと吸い、一歩前に出る。
「あなたのことは義兄とも思っていない。二度と私の人生で関りたくない」
はっきり言ってやるとスッキリとした。
ああ、長年の恨みを口にすることが、こんなに気持ちいいだなんて。
「こ、この……。どこまで僕をバカにすれば気が済むんだ」
プルプルと肩を揺らし始めたフレデリックの目が血走り始めた。そして胸元に手を入れると、光るナイフを取り出した。鋭利な刃物をちらつかせ、私目がけて飛びかかってきた。
えっ……‼
避けないといけないと頭ではわかってはいるけど、体が動かない。動きはスローモーションのように感じられる。
その時、体に強い衝撃を受けた。
ゼロニスが私を突き飛ばし、フレデリックの前に出た。フレデリックのナイフがゼロニスの胸を突き刺す。
刺された箇所から真っ赤な血が噴き出した。
さ、刺された⁉
ビアンカがフレデリックを後ろから羽交い絞めにした。最初は苦しそうに呻いたフレデリックだが、抵抗むなしく五秒で意識を失った。
「ゼ、ゼロニス……」
う、嘘でしょう!? 誰か嘘だって言って!!
床に倒れ込んだゼロニスの胸からは赤い血が流れ、じんわりと服を鮮血で染める。
「い、嫌、嫌……‼」
涙をあふれさせながら、首を横にふる。
こんな結末、あってたまるか。
ヒーローが亡くなるなんて、こんなバッドエンド、私は認めたくない。これ以上の最悪な結末はないわ‼
涙がポタポタと流れ、ゼロニスの頬に落ちた。
「お願いだから、目を開けてよ」
まだ温かい体を揺さぶる。
「私、まだあなたに気持ちを伝えていない。愛しているのに……‼」
もう遅すぎるの? 私は気持ちを伝えることもできないまま、このまま会えなくなってしまうの?
そんなの認めたくない。ゼロニスに突っ伏して涙する。
ネックレスにしていた指輪が胸元からポロリと落ちる。
号泣していると、ネックレスが引っ張られる感触がした。




