56
「どうぞ」
涙がこぼれないように上を向いていると、スッと紅茶のカップが出された。
「心を落ち着かせるカモミールティーにしました」
「あ、ありがとう」
礼を言うとビアンカはニコッと微笑んだ。
「おい、俺のは!?」
フレデリックがわめくとビアンカはスンッと無表情になる。
「私はラリエット様専属のメイドですので」
つまり、お前の分の紅茶はねえよ、ということだ。
「く、クソッ……」
ビアンカに視線を向けられたフレデリックはなにも言えずに、悪態をついた。
その様子に胸が少しだけスカッとした。
夜になり、湯を浴びるように勧められるが、フレデリックが同じ空間にいるのに、そんなことできるわけがない。
だがビアンカは胸を張る。
「大丈夫でございます。私がついております」
その言葉通り、フレデリックから私を守ってくれている。その行動が頼もしく思えた。
猫足のバスタブにつかり、ビアンカがお湯をかけ流してくれる。
「ねえ、セリーヌはゼロニスのことが好きで、私のことが邪魔だったのかな……」
バスタブの中で膝をかかえ、うつむいた。
気持ちが緩んでくるとポロッと弱気な発言が出てしまう。ビアンカもこんなことを聞かされて、困るだろうに。
「私に事情は分かりませんが――」
ビアンカは湯が入ったバケツを片手でヒョイヒョイと持ち上げる。筋肉のついた腕がたくましい。
「セリーヌお嬢さまは私に、とても大事な友人だから側を離れず、守ってあげて欲しいと依頼されました」
「ビアンカ」
「だから私はラリエット様を守ります」
力強い彼女の言葉に安堵する。
本当かな、セリーヌはまだ私のことを友人だと思ってくれているのかしら。
膝をギュッと抱え込んだ。
湯を浴びたあと、ビアンカが寝る準備を整えてくれた。本当に手際がいい。さすがセリーヌが以前、褒めていただけある。
「おい、なんでお前がここで寝るんだよ‼」
フレデリックの怒声が寝室に響き渡る。
ベッドが二つ並べられていたが、ビアンカは二つのベッドのちょうど真ん中に体を横たえた。
「私はラリエット様のお側を離れないよう、指示されています」
ビアンカが低い声を出すとフレデリックはひるむ。
相当、びびっているみたいだ。
「メイドのくせに主人と同じベッドで眠るなんて、聞いたことないぞ!!」
「ラリエット様が逃げ出さないよう、見張るように言われております」
ビアンカはため息をつくと体を起こした。
「仕方がないですね」
そう言うとおもむろにベッドを移動し始めた。
「な、なにをしているんだ」
「ラリエット様が逃げ出すことのないよう、移動させます。鍵のかかる部屋で寝ていただきます」
ビアンカは隣の部屋にベッドを移動させた。
「おい、勝手なことをするな‼」
だがフレデリックと同じ空間で眠るなんて、絶対嫌だったので、私はビアンカが運んでいたベッドに手をかけた。
「手伝うわ」
「おい‼」
「言い忘れていたけど、私、寝相が悪いしいびきもかくから……恥ずかしいの。フレデリックに、そんな姿を見られたくないわ」
はにかんだ笑みを浮かべ、体をモジモジさせた。
「そ、そうか。それなら仕方ないな」
フレデリックは納得したようだ、単純な奴め。
ビアンカと共に隣室へ移動する。
ビアンカはベッドには寝転がらず、壁を背にして立った。
「どうしたの? 眠らないの?」
「私のことは気になさらず、眠ってください」
変なの、私を監視しているはずのビアンカなのに、守られている気がするなんて。
「ありがとう、ビアンカ」
私が小さくお礼を口にするとビアンカは薄い笑みを浮かべた。窓からは月明かりが差し込む。
ゼロニスは今頃、視察先で宿泊だろう。
私が軟禁状態なことを知らないはずだ。明日、出航する船に乗せられると聞いた。
だが、私は大人しく乗せられないんだから。どうにかして隙を見て逃げ出してやる。
フレデリックと一緒だなんてバッドエンドもいいところだわ。
ゼロニスはこの状況を知ったら、迎えに来てくれるかしら? バカな真似をした私に呆れる?
それともセリーヌの方が自分には相応しい相手だと気づくのかしら。
考えていると涙がにじむ。だが、グッとこらえ、瞼を閉じた。




