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フレデリックと一緒に明日船に乗ると聞かされたのも衝撃だったが、なによりもセリーヌの態度に胸を痛めた。
もしかして、私とゼロニスを応援しているようだったけど、本心ではゼロニスを好きだったの?
バーデン男爵とフレデリックが手を組んだことを最初から知っていたの? それでいて手を貸したの?
「おい、顔色が悪いぞ」
フレデリックが顔をのぞき込んでくるが、視線を逸らす。
うるさい、今はそれどころじゃない。
足元がおぼつかなくなったので、倒れる前に自分からソファに腰かけた。
セリーヌ……ゼロニスを好きだったのだ。だから、この件に手を貸した。
よく考えればわかるじゃない、本来ならこの物語はゼロニスとセリーヌの物語だもの。
このままロンバルディの屋敷に戻り、ゼロニスと結ばれるのかな。
そして私は隣国へ――
考えていると涙がボタボタと流れた。フレデリックはさすがにギョッとしたようだ。
「おい、どうしたんだ」
オロオロしているフレデリックの声が、雑音にしか聞こえない。
セリーヌはゼロニスを好きだったのなら、私はなんて無神経な行動をしていたのだろう。彼とのことを話したり、二人でいるところを目撃されたりもした。
本来なら結ばれていた関係、邪魔ものは私の方。
これまでのセリーヌの気持ちを考えると胸が痛む。
そしてゼロニス――
私がいなくなったあと、セリーヌと恋に落ちるのかしら。
もう会えないの?
だけど、この結末はあんまりだわ――
フレデリックと迎えるエンドなんて、バッドエンドでしかないじゃない。
だったらまた、私は抗うしかない、運命に――
泣きながらも決意していると、セリーヌが手配したメイドがすぐさま部屋にやってきた。
「お世話をさせていただきます、ビアンカです」
彼女の名前に聞き覚えがあった。確かセリーヌが姉のように慕って信頼しているメイドだ。
ビアンカは女性にしては見上げるほど背が高く、強靭な体をしていた。腕なんてムキムキで鍛冶屋のおじさんも真っ青になるぐらいの逞しさ。フレデリックより背も高く、姿を見たフレデリックは頬をひくつかせた。
もしかして私が逃げ出しやしないかと、強靭なメイドをわざわざ選んだのだろうか。自分の一番信頼しているメイドを寄こしたのだわ。――きっとそうに違いない。
そうまでして私が邪魔だったなんて……。
考えていると涙がじわりとにじむ。
その時、目の前にスッとハンカチが差し出された。
顔を上げるとビアンカはニコッと微笑んだ。強面だけど笑うと可愛いかもしれない。
「ありがとう」
礼を口にするとビアンカは一歩下がり、部屋の隅で控えている。
まさにジッと監視されている。
「おい、落ち着かないから外で待っていろ」
見かねたフレデリックが物申すと、ビアンカはスッとフレデリックに近づいた。
「な、なんだ……」
無言と無表情に圧倒され、フレデリックはタジタジになる。
「私は片時も目を離すなと、お嬢さまから命令されていますので」
職務を全うしているだけだとビアンカが主張すると、フレデリックはフン、と視線を逸らす。きっと迫力負けしたに違いない。
フレデリックの怖気づいている姿が面白い。
ふと、私はビアンカがいることで安心感を覚える。
ビアンカがいなかったら、フレデリックと二人きり。それこそ恐怖以外の何物でもない。それを見越したセリーヌが彼女をよこしてくれたのだろうか?
……まさかね、たまたまだよね。
セリーヌはゼロニスを好きだって、聞かされたばかりじゃないか。考えていると、また涙がじわりとにじんできた。




