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「私、驚きましたわ。部屋にお義兄さまからの手紙があったのですから。あれは――」
「フレデリックだ」
ギロリと私をにらむ。ここは大人しく言うことを聞いた方がいいと判断した。
「――フレデリック」
名前を呼ぶと笑みを浮かべ、コロッと機嫌が良くなった。本当は名前さえ呼びたくないけど、我慢するのよ。おだてて調子に乗らせた方が話はスムーズにいくのだから。
「ロンバルディ家までラリエットを迎えに行ったんだ。父が病気だということにしたが、ラリエットには会わせてもらえなかった」
フレデリックは悔しそうに唇をギュッと噛みしめた。
やはり父が病気だといったのは私をおびき出すための嘘か。もっとも、それが真実だとしてもメイデス家には帰りたいとは思わなかった。――これが私の本心なのだ。
だが、ここではっきりしたのは、私をロンバルディ家から連れ出そうとしたのはフレデリックの独断だろう。少なくとも両親は関係していないはずだ。
「だがその時、ロンバルディ家のメイドを一人、買収したんだ。金を渡したらホイホイと言うことを聞いたよ。視察で留守にすると聞き、これはチャンスだと思ったんだ」
なるほど、メイドを取り込んだのね。これで納得した。フレデリック本人が侵入できるほど警備は甘くないもの。
「しかし、久々に会ったら変わったな、ラリエット」
フレデリックが私に向ける視線はねっとりとしてて、まるで舐めまわされているような不快感が背筋を這いまわる。
「その化粧、君の美しさが隠れていないじゃないか」
フレデリックの発言に耳を疑う。
「なんのために母に言って濃い化粧をさせていたと思う? 僕以外に君の美しさに気づくと悪いと思ったから、隠させていたんだ」
こいつ……‼
ラリエットに濃い化粧をするように義母に仕向けていたのは、あんただったのね。
それも自分本位な理由で。
強烈な怒りがこみ上げてくるが、グッとこらえた。
「肌に負担をかけると荒れてしまうので、たまに控えているのですわ。それに今日は急いで出てきてしまったので」
私の化粧とかどうでもいい。もっと大事なことがある。
「それよりもセリーヌの姿が見えなかったのですが、なにか知っているのですか?」
本題はここからだ。
フレデリックはニヤリと微笑む。
「大丈夫だ、彼女は別に不自由していないさ」
「どこにいるのですか?」
「会いたいのなら、会わせてやってもいい」
「お願いします。……フ、フレデリック」
私にお願いされたことで、すっかり気分の良くなった彼は席を立つ。
「じゃあ、今すぐ会わせてやる、行こう」
セリーヌに会える……!!
私も急いで席を立った。
* * *
「ここは……」
私たちはさきほどの宿に戻ってきた。
シャンデリアの輝きと足元のカーペットは高級そうで、少々気後れした。フレデリックは堂々と入ると、カウンターを素通りして二階に上がる。
えっと……。
もしかしたら部屋で二人っきりになるかもしれないと、それはさすがに危機感を覚える。
躊躇していると階段の途中でフレデリックは振り返る。
早くこいと言わんばかりに手招きした。
ええい、ここまで来ては引き返せない。
決意して階段を駆けあがった。
二階は一階よりさらに装飾品が豪華だった。赤くフカフカの絨毯の上を無言で進む。やがて、突き当たった部屋の前で立ち止まる。
この奥にセリーヌがいるの?
私はごくりと喉を鳴らした。
木目が特徴的な重厚感あふれる扉をフレデリックがノックすると、中からはくぐもった返事が聞こえた。
フレデリックが扉を開けると、部屋の中が視界に入る。
角部屋なだけあって広く、いくつか部屋が繋がっていた。大きい窓からは明るい日差しが入り込み、部屋全体を包み込んでいる。
グリーンのソファに腰かけていた人物が立ち上がり、私を見て目を丸くした。
「ラリエット様⁉」
「セリーヌ‼」
私は彼女のもとに駆け寄った。
「大丈夫!?」
彼女の全身をくまなくチェックするが、特に違和感なかったことに胸をなでおろす。
「ラリエット様、どうしてここへ……?」
セリーヌは目をまん丸にして小首を傾げた。
ああ、そんな顔をしてもかわいいな。ホッとしていると、部屋にはセリーヌの他にも人がいたことに気づく。
驚いて肩を揺らす私を見て、セリーヌがうなずいた。




