50
恐怖を感じ手にしていた手紙を、思わず強い力でテーブルに叩きつけた。
嘘よ、そんなはずがないわ。
ここにまで来れるはずがないもの!
それは義兄フレデリックの字に似ていた。
テーブルに叩きつけられた封筒をジッと見つめる。
嫌な予感がする……。
仮にこれがフレデリックからの手紙だとしたら――
まさか、この部屋に入りこんだの⁉
その可能性が脳裏に浮かんだ瞬間、バッと背後を振り返る。キョロキョロと部屋の中を見渡し、誰もいないことに安堵して、小さく息を吐き出した。
完全にラリエットのトラウマとなっている人物、義兄フレデリック。
初めて会った時から、どことなく苦手だった。そしてすぐにその勘は当たっていたと実感したわ。
ある時、私のクッションがなくなった。最初は特に気にも留めなかった。すぐさま新しいクッションが準備されたから。でもフレデリックからこっそり耳元で『ラリエットのクッションを使っているんだ』と言われた時、最初は意味がわからなかった。
『ラリエットの匂いがするから。添い寝しているみたいで心地良いんだ』
満面の笑みを浮かべながら続けられた言葉に、心底ゾッとした。
それから――
両親が領地の視察で留守にした時など、彼は特に大胆な行動に出るようになった。
私が湯を浴びていると、フレデリックは堂々と浴室の扉を開けたり、酷い時には寝室に入りこもうとした。
私は恐怖と戦い、いつも気を張っていた。
それこそ、両親が留守の時は湯を浴びない、寝室はいつもと違う部屋を使うなど、対策をとっていた。
今思えば、あのねちっこい視線によく耐えていたものだ。
義母はいつも私の態度が悪いせいだとなじった。だが、義母も危機感を抱いていたのだろう。もっとも義母の不安は、かわいい息子が義娘に誘惑されてしまう、といった見当違いな方向だったが。自分の大事な息子が加害者側だとは、考えもしない人種だった。
だから義母が説得し、フレデリックが留学に行くと決まった時は、天国かと思ったぐらいだった。
私はこの隙に絶対、メイデス家から逃げ出して見せる、そのためにはゼロニスの婚約者に選ばれると意気込んでいた。
だがその結果、本来なら早々に本編から退場したラリエット。
ラリエットの背景を知ってしまった今は、同情した。
それもあり今回、私が記憶を思い出したのも意味があるように思えた。
もうラリエットをバットエンドにはしないわ、絶対に。
深呼吸をし、封筒に手を伸ばす。
まず内容を確かめなければ。
父が倒れたからメイデス家に帰ってこいとか、情に訴える作戦か。それとも気持ちの悪い恋文か。
どちらにせよ、気は進まない。
だが、恐る恐る封筒を開ける。
そこには予想もしなかったことが書かれていたので、目を見張る。
『セリーヌ・バーデンと無事に会いたければ、地図の場所へ一人でおいで。他言した時は、賢い君ならわかっているよね』
セリーヌですって……⁉
脅しともとれる一文。
この字はフレデリックで間違いない……。
私は手紙をテーブルの上に放り投げ、セリーヌの部屋を目指す。
まさか、嘘よね?
ダイニングに姿を見せなかったけれど、ちゃんと部屋にいるわよね、お願い……‼
祈る気持ちでノックをするが、返事はない。待ちきれず、ドアノブに手をかけた。
「セリーヌいるの!?」
部屋の中はガランとして、彼女の姿はなかった。
「いたら返事をして」
部屋の中心まで足を進め、声を張り上げるも返答がない。人の気配がないので、やはりいないのか。
もしかして――
私はセリーヌの部屋から出ると、急いでダイニングへと足を向けた。
ひょっとしてセリーヌは遅い朝食を取っているんじゃないかしら?
ダイニングは人がまばらに残ってはいたが、セリーヌの姿は見えなかった。
落胆し、その足で庭園へ向かう。私たちが二人でよく歩く道順を一通り歩くが、セリーヌの姿はない。もう一度、セリーヌの部屋へ行ってみるが、戻ってはいなかった。
もしかして私の部屋を訪ねているとか? 行き違いになっただけだったりして?
淡い期待を持ちつつ、自室に戻る。
やっぱり、セリーヌの姿が見えず、私は落胆する。
テーブルの上に無造作に置かれた手紙。再度手を伸ばし、もう一度読んだ。
セリーヌはもしかしてフレデリックと共にいるのだろうか? でもどうして?
考えても答えが出ない。
このロンバルディの屋敷に忍び込み、セリーヌを誘拐したとも考えにくい。
一番可能性があると考えているのは、フレデリックが嘘をついて私をおびき寄せようとしている、ということ。
だからセリーヌの姿を確認できたら、それだけでも安心できたのに……。
深く考え込み、痛いぐらいに唇をギュッと噛みしめた。




